第30話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る①
結局、辺境伯様も王弟殿下もどこが駄目だったのか教えてくれなかった。釈然としない。駄目なら駄目で言ってくれないと改善が難しいのだが。
辺境伯様が口にしたのは、何か新しいものを生み出したらアデリーナさん経由で知らせるようにという事だけだった。
お二方が退室された後(物品は全て持っていかれた。ブラは置いてって欲しかった)、アデリーナさんが戻ってきてこちらを伺うような視線に気づいて、そういえば婚姻関係の話を全然していなかったなと思い出した。
せいぜい演技を実演させられたぐらいだ。
まぁ何らかのパフォーマンスが必要となれば辺境伯様から指示があるだろうという事で、アデリーナさんにはにっこり微笑んで「大丈夫です」と、どうとでも取れる事を言っておいた。
にしても、手袋が煩わしい。
石鹸やら何やら出すために一度外していたそれを再び手に嵌めると溜息が出た。
白い絹で出来た薄手の手袋なので、そこまで圧迫感はないのだが元々手袋が得意ではないのだ。前世では冬でも手袋をしなかった。
……。
しばらく手袋を見つめ、すぽん、すぽんと手袋を外して髪の色を黒く変えていた手法、水魔法の一種で中指の皮膚に肌色に似せた水を纏わせ固定するとあら不思議、何事もなかったかのように偽装完了である。
うん。最初からこれでいけばよかった。
「アデリーナさん、書くものをいただけないでしょうか?」
「どなたかにお手紙ですか?」
「いえ。資料作成です」
「資料?」
はい。と笑顔で頷いてそれ以上言わないでいると、アデリーナさんは少し思案したようだったがすぐに紙と羽ペンを用意してくれた。
貰ってから思ったのだが、自分でノートとペンを出した方が書きやすい気がした。
ちらっとアデリーナさんを伺うが、いつも通り用が無ければ下がって待機の状態だ。ざらついた紙面を指で撫でて、しばし思案。そして心の中ですみませんと謝罪し実益を取る事にした。
懐かしの滑らかな紙面のノート(表紙なしの無地)と慣れ親しんだペンを生み出してカチリとペン先を出す。
そこからは猛然と書いた。
まずは
汗を除くすべての血液・体液、分泌物、排泄物、創傷のある皮膚や粘膜は、伝播しうる感染性微生物を含んでいる可能性があるという原則に基づいて行われる標準的な予防策の事だ。
想定される状況を戦時に限定して、あり得そうなシチュエーションを羅列。その際に加護や魔法などの利用を含めた対処する手法を並行して記載。
そしてそれを踏まえた上で不潔区域と清潔区域の分け方とその考え方を記載。あとは物品の消毒と管理方法。
次に応急処置の方法、それから各種加護での治療に関する方法論(これは私の推測含めた私見込みだが)。人体構造について。治療班の構成。トリアージの有効性。etc。
思いつく限りに書きまくっているとアデリーナさんに声を掛けられた。
気が付けば外が暗い。どうやら昼過ぎからぶっ通しでずっとテーブルに向っていたらしい。身体を動かすとパキパキと音が鳴った。
「随分と熱中しておられましたが、お疲れではありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「ご無理はなさいませんよう」
心配する言葉に、ありがとうございますと礼を言って運んでもらった夕食をいただく。
まぁまだいつもより疲れやすい感じはするが、前世でデスマーチを経験していればきちんと三食食べて寝れるだけで全然平気な気がする。定年まじかのデスマーチは本当に身体に堪えた。
食後は医療関係であと何があったっけ?と考えながら、外傷以外の病気に関する加護の使い方についての推測を追加で書いた。
「医療関係はとりあえずこれで、あと加護の新しい使い方だな。
他は……さすがに陣形云々は手に負えない……いや、籠城戦ならいくつか覚えてるな。いやいや軍事は辺境伯家のお家芸だろうし……いや、やっぱり書いておこう。無血開城した逸話」
夜遅くまでずっとそうやっていると、やんわりとアデリーナさんに窘められ終了した。そして夢の中まで書いていたのには笑った。
翌日、ミスリルで生地を作れないかと試行錯誤していると、お世話になっていたあの先生が部屋を訪ねてきてくださった。
「具合はいかがですかな?」
好々爺という様子でにこにこと尋ねる先生に、私はさっそく昨日書きなぐった医療用のノートを手渡した。
「これは?」
「私が持っている医療の知識と、今後使えるのではないかと思われる加護の種類とその加護を使う際の注意点をまとめたものです」
一瞬虚を突かれたような顔をした先生だったが、ノートを開いて最初のページで眉をひそめ、そして次第に眉間に皺を寄せていった。
何度もページを戻ったり進んだりしているのは、加護の使い方や使う時のイメージの仕方などを書いたところだろう。人体の構造をざっと書いたものを要所要所で挟んでいるのでそれを参照しているのだろうと思われる。
たっぷり三十分程じっくりとノートを観察していた先生は、一旦ノートを膝の上に閉じて置くと困ったような顔をされていた。
「参りましたな……貴女が書かれたこれが正しいのかどうなのか……しかし、貴女の加護は『診る』ではないのですよね?」
「辺境伯様から何かお聞きでは」
「いいえ。伯からは大事な客人……いえ今朝は違いましたな。稀有な客人だと言われましたか」
どちらにしても加護の事は伝えていないのか。
「私の加護については辺境伯様にお尋ねください」
「承知致しました。ですがそうなると、何故こうも人の身体に詳しいのか……まさかとは思いますが」
「いえ、切り開いて観察はしておりません」
一瞬、部屋の端に控えているアデリーナさんが震えたような気がした。
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