第31話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る②

「……でしょうな。血の流れなど切り開いても見る事など出来ないでしょうし……ちなみにこの切断した場合、『繋ぐ』の加護持ちで修復可能かもしれないというのはどれほどの確証があるのでしょう?」

「断面の損傷具合と経過時間にも寄りますが、神経と血管、骨を上手くつなげば間は『癒す』の補助でかなり確率が上がると思います。実際の成功確率はやってみなければ何とも言えませんが、そこは動物実験するしかないと考えております」

「……検証に『視る』または『診る』を同伴するようにというのは確認のためにという事ですな」

「はい。出来ればどの治療方法でもですが人体の構造を理解した上で何をどうするのか明確にイメージした方が効率はあがるかと。これに関しては治療ではありませんが、各種加護の実験をしている中で確かな事だと確証を得ております」


 本当は『読む』のレティーナと『伝える』のティルナが『繋ぐ』の加護持ちと協力してくれると、実施者に『視る』加護持ちが視た事をフィードバックさせる事が可能なのだが、さすがにレティーナの読心は言えない。


「そうですな。それは私も感じた事があります」


 先生はもう一度ノートを開くと、一番初めのページで止めた。


「これを実施しようとすると、かなりの手間が発生すると思われるのですが……ここまでの事が本当に必要なのですかな?」

「今まで怪我の後、熱を出して危うくなった、または命を落とした方はおられませんか? もしくは、傷口が倦んで腐ってしまった方など」

「……おりますが」

「全てとは言いませんが、かなりの確率でこれが原因だと思われます」

「………」

「もちろんいきなりは無理だと思いますので、出来れば検証していただき取り入れられそうな事があれば考えて欲しいのです」

「だからそれぞれ検証方法まで書かれているのですか」

「思いつく限りですので、それで万全とは申せませんが……もしそれ以上に確かな方法があればそちらを優先していただきたいです」


 しばらく先生は目を閉じて考えるように黙っていたが、目を開けた時には部屋に入ってきた時のようににこにことした好々爺の笑みを浮かべていた。


「承知致しました。この老骨に鞭打ってでもやって見せましょう」


 全面的に受け入れられる事はないと考えていたので、ちょっとびっくりした。

 いいところ加護の使い方を取り入れてくれるかどうか、ぐらいで。まさか感染対策や清潔管理まで検証してくれるとは。


「ありがとうございます。助かります」


 本当に検証して結果が得られ導入されたのならば、大分怪我をした時の衛生環境は改善される。


 先生を見送って一息つこうかとした矢先、今度は別口の訪問がきた。

 誰かと思えば、なんと上下水道の技術者だった。


 辺境伯様仕事が早い!


 確かに上下水道の技術者と話させてくれるとは言っていたけれど、こんなに早くそれを叶えてくれるとは思わなかった。


 アデリーナさんがドアを開いて招き入れたのは、なんだか借りてきた服を着せられて不服そうな感じの男性だった。


 歳は四十ぐらいだろうか。もともと顎髭を生やしていたのかしきりにそわそわと割れた顎に手を当てている。上は白いシャツと裾の長いジャケットで、下はトラウザーズをサスペンダーのようなもので止めているがジャケットの着心地が悪そうにしている。四角い輪郭のがっしりした顔つきは技術者というより土木業者といった風体だ。


「あんたが上下水道に興味があるって娘か?」


 こちらに近づいてくる歩き方は蟹股で、言葉遣いも下町っぽい感じであるがそんな事はどうでもいい。

 アデリーナさんはちょっと眉を上げていたので宜しくないのだろうが、私の方が呼びつける形になっていると思うので仕方が無いと思う。


「お忙しいところ呼びつけてしまって申し訳ありません。リーンスノー・ジェンスと申します」

「全くだ。こっちはやる事が多いってのに」


 私が貴族らしいカーテシーではなく下町風に頭を下げると、ちょっとほっとしたような顔で男性はブツブツと言った。


「どうぞお座りください」

「おう」


 椅子を勧めるとどっかりと腰を落とす。その仕草が貴族ではありませんと宣言しているようなもので、ここに来てからやんごとなき御身分の方ばかりで緊張していた私としては逆に気が楽になった。


「俺はグライバルだ。上下水道について旦那から任されてる責任者だ」

「グライバルさんですね。こちらで考えられている上下水道というのはどの範囲まで考えられているのでしょうか?」

「あん? 娘っ子は上下水道を知ってるのか?」


 ものすごく胡乱気な目で見られたが、そりゃこんな小娘が口にする内容じゃないものなと軽く流す。


「基本的な事は」

「ならどういうもんか説明してみてくれや」


 口の端を釣り上げ意地の悪い顔をする男性に、私も内心口の端を釣り上げる。


「上下水道と言いますが、正確には役割としては上中下水道の三つがあり、それぞれに適した処理を施している水の道、施設の事です」


 男性の目が、私の言葉を聞いてはっきりと変わった。

 それまで面倒臭そうなのを隠そうともしなかったのに、まるでおもちゃを見つけた子供のようになった。


「ほう? それぞれの役割は?」

「上水道は主に飲用に適した水を供給する事です。中水道は、飲用には適しませんが、工業や産業など雑用に使用して問題ない水を供給する事です。下水道は生活排水や雨水などの汚水を処理場に集約し処理する事です」

「飲用に適した水ってーのは、どうやって判断する?」

「……薬で確認するか、顕微鏡で確認する? いえ、現実的ではないですし、そうなると『視る』の加護の方が確認出来るかもしれませんが、その方のコントロール次第で精度が左右されますから、やはりそこは誰でも確認できる技術にしておいた方が安全だと思うのですが……すみません、わかりません」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る