第26話 聖女(軟禁)は三者面談をする⑥

 私の過去の実験内容に、特に小動物に毒見のような事をさせていた事は非難——または気味悪がられると思ったが、そういう事は無かった。


「……参ったな。リシャール。私達は賢人を手に入れたようだ」


 いえ辺境伯様。賢人ではなく異世界の記憶を持つただの凡人です。と言うと頭を疑われそうなので黙っておく。


「ところで辺境伯様——」

「名前」


 ちょっとしつこいな……


「……ディートハルト様。もう一つをお尋ねしてもいいでしょうか?」

「あぁ二つだったね。どうぞ」

「王弟殿下に対してこの婚姻の話をしっかりとしていなかったのは、王弟殿下がこのような状況でどのような反応をするのか見るためだったのですか?」


 私の言葉に目を丸くする王弟殿下は人が良い。

 対する辺境伯様はクッと口元を歪めて笑っていた。


 その反応からして、そうだったのだろう。想像でしかないが、いよいよ事を起こそうとする段階になって有事の際にどういう動きをされるのか見て見たかったとか、そういうところではないだろうか。このお方が何の意味もなく王弟殿下の神経に障るような事をするとは思えなかったのだ。

 なんだか王弟殿下の苦労が忍ばれる。


「そのあたり理由をきちんと王弟殿下にお伝えいただけないでしょうか。

 中心的存在であるお二方が少しでもその意見を違えるような土壌を残しておくのは好ましくないと愚行致します」


 事を起こそうとしているのに内部で揉める元を作らないでいただきたいと苦言を呈せば、辺境伯様は不快になるどころかますます笑みを深めた。


「そこまで言ってくれるという事は、全面的に我々に協力してくれると捉えてもいいのかな?」


 全面的に協力。それは結婚の話をされた時からある程度決めていた事ではある。取り込まれてしまったらもはや一蓮托生だから。


 だが改めてそう言われると――テーブルの上に並べられた防刃手袋とミスリルの鎖帷子を視界に捉えた状態で言われると、事を起こせば人が簡単に死んでいくような状況に突入するんだよなと、初めてその事を現実として認識した。


 唐突であるが、私の――日本での私の祖父は、戦争経験者だった。


 もともと口数の多いタイプではないが、戦争の話となると輪に掛けて口数が減る人で、私達にその時の事を語る事はなく、しかし少々強面だが悪戯をしなければただのやさしい祖父だった。


 その話を知ったのは、記者と名乗る青年が尋ねてきた時だ。私が中学ぐらいの時だろうか。

 青年は全国の戦争経験者から当時の経験を聞いて集めて、その時の記憶を風化させないように本にまとめたいと祖父に語っていた。

 一度目に尋ねてきた時には、祖父は話したくないと首を横に振った。

 二度目も、三度目も。四度目に来られた時に、記者が他の方から聞いた体験を纏めたらしい資料を祖父に見せたらしい。それを見た祖父は、静かに首肯したそうだ。


 そうして語られた内容を、学校から丁度帰って襖の向こうで聞いてしまった私は衝撃だった。

 いつもむっつりした顔をしながらも何だかんだと心配してくれるおじいちゃんが、人を殺していたのだ。

 「間違った事をしてはいけない、お天道様が見ているよ」と言うおじいちゃんが、間違っている事をたくさんしているように私には聞こえた。


 祖父は階級で言うと本当に下の下、命令を聞く側でしかない人で、命じられればどんな事でもやった。やるようにしか教えられてこなかった。

 昨日一緒に食事をした友が翌日あっさり爆撃で死ぬ。そんな世界で命じられるままに己も人を殺す。

 時には出撃した艦隊のうち、祖父を載せる艦以外全て沈められた事もあったそうだ。一番おんぼろだったらしい祖父の艦だけが残ったは何の皮肉かと起伏の無い声で語っていた。

 本当に人の命が、考えられないぐらいに軽くて、嘆く暇も悼む暇も与えられなかった。死がすぐ隣で手ぐすね引いて待っているような、人の人格がどんどん変えられてしまうような、そんな世界。


 当時の私はまるで祖父がどこか違う世界の怪物のように思えてしまって、しばらく祖父に近寄れなかった。怖かった、というのとは少し違うのだと思う。何といえばいいのか……異形のものだったのだと気づいて、接し方がわからなくなったというか……でも祖父は、やっぱり孫をかまってくれる心配性な祖父でしかなかったのだが。今思えば随分酷い事をしてしまったと思う。


 私が働き始めた頃、テレビを見ていた年老いた祖父がポツリと言った。


 戦争なんてするもんじゃない。


 テレビでは、やや過激と言われる政党の若手議員がこのまま黙っている日本のままでいいのか、例え争おうとも気概を見せる時ではないのかと唾を飛ばしているところだった。


 たった一言だけだったが、それが祖父の心からの言葉であるのは何となくわかった。



「リーンスノー嬢?」


 辺境伯様の声で過去の記憶に囚われていた私はハッとした。


「大丈夫か? 顔色が悪いが」


 王弟殿下の言葉に首を振る。


 日本とこことでは環境も何もかも違う。

 きっと戦争のやり方も違うだろう。だけど結局、人は死ぬのだと思う。


 目の前にいるこの二人は、そういう死の上に立つ事を是としている人間かもしれない。だが、その下に積み上げられる死と、その死を作る末端の人間はどうなのだろう。一応貴族である私ですら木の葉のようにひらひらと周囲の風にあおられてこの様だ。いわんや平民においてをや。


「辺境伯様と王弟殿下は、最終的にどこを目指しておられるのですか?」


 こんな事を聞ける立場ではない。私は所詮珍しい加護を得ただけのただの駒だ。

 だが協力すると決めたのなら確認する義務があると思った。いや義務とまでは言わないが、そうしなければいけないと急き立てられるような感覚がある。

 毒を食らわば皿までとか、利用されるなら利用するとか、そんな事よりもまず人としてやる事があったとようやく気付いたようなそんな感覚。


 こんな事だから平和ボケとか言われるのだろうな……


「……どこ、ね。

 それを聞いてどうするのかな?」

「可能ならば、犠牲の少ない方法を模索したいです」


 こちらを探る様に細められた目を見据える。

 私の中に残る記憶が、ここで引くなと訴える。何故前世なんてこの世界では異物でしかないものが自分にあるのか、その意味がここにあったんじゃないのかと訴えてくる。


「君にはそれが出来ると?」

「わかりません」


 いや、本当は絶対的な戦力を見せつけられると人が戦意を喪失する事を知っているので、加護の力で近代兵器を生み出せばこちらの犠牲は少なくて済むだろう事は想像出来る。

 だけどその方法は取りたくなかった。その結果を辿った先にあるのは惨い死と長く苦しめられる焦土だ。


「ですが、何もせずただ眺めているだけというの性に合いません」


 可能ならば、双方に犠牲の少ない方法で終結してほしい。

 そう願う自分は甘いのだろう。


 なるほどねと辺境伯様は呟いて、視線を王弟殿下に向けた。


「リシャールはどう思う? リーンスノー嬢に最終目標を伝えるか?」

「それは……」

「聞いてしまえば協力していた彼女はもしもの場合確実に処刑されるな」

「………」


 悩むように眉間に皺を寄せ、視線を落とす王弟殿下。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る