第25話 聖女(軟禁)は三者面談をする⑤

 これまでの経験から言っても、その組成や構造を把握している方が魔力消費が少ないのだが、把握できていないものでも出来ないわけではない事は判明している。


 いけるか?


 手のひらを上にして、目を閉じる。

 イメージするのは銀の輝きを持つ特殊な金属。ミスリルと言われていただろうか。絶対死んだと思った一撃を防ぎ切ったあれだ。子供の頃には想像もしなかったような幻想的な世界が目の前に現れた衝撃はいまもしっかりと覚えている。


 シャラ、と涼やかな音を立てて手の上に軽いそれが生まれた。

 ちょっと魔力を持っていかれたが、たぶん出来たのではないだろうか。


 両手で広げてみると成人男性サイズの袖の無い細かい網目の鎖帷子が出来ていた。


「それは? 布では無いようだが」

「試してみないとわかりませんが、槍の一突きでも破壊出来ないと思います」


 辺境伯様に渡すと「軽い」と呟かれた。

 見た目も手触りも滑らかな金属のそれなのだが、その重量は本当に軽い。プラスチックよりも軽いと言ったらその異常性が伝わるだろうか。


「……預かっても?」

「もちろんどうぞ。そちらの手袋も性能を確認していただいて構いません。

 胸腹部の守りは最も耐久性のあるものが望ましいかと。それと、首の部分は人目につくところなので、もう少しどうにか出来ないか考えさせてください」

「ありがとう。よろしく頼むよ」


 既存の技術以上の事が出来るかもしれないと今のミスリルで分かったので、ミスリルを繊維状にして編むという方法が取れるかもしれない。そうした場合に耐久性が下がる可能性もあるので確かではないが、やってみる価値はあると思う。


「ところで最後のこれはどう使うんだい?」


 顕微鏡もきっちり確認するんだなと思いつつ、室内に飾ってある花の葉を一枚失敬して顕微鏡にセットして倍率を低めに設定する。あまり高くし過ぎると何が何やらわからないだろう。


「ここから覗いてもらうと、葉の表面が大きく見えます」


 どうぞと椅子を立って見せると、何やら面白そうな顔をして辺境伯様は移動してきて覗き込んだ。


「これは………すごいな。拡大鏡よりも大きく見えるのか」

「はい。倍率を上げるともう少し細かなものもハッキリと見えます」


 土魔法と水魔法に類するものでレンズを自力で作ってきたのだが、まさかそのものが出来てしまうとは……今までの苦労はなんだったのかと思ってしまうが、あれはあれで魔法を扱う練習になったので無駄ではないと思おう。


「リーンスノー嬢はどうしてこれを作ろうと?

 先ほどまでの物は生活に根差したもので、これだけは違うようだが」

「水の安全性について調べようと思って試行錯誤しておりました」

「……それは先代ジェンス男爵の遺言か何かかい?」


 いえ。と、こちらに視線を向ける辺境伯様に首を横に振る。


「君個人が?」

「はい。単に水を恐れる必要はないと言ったところで例の方に目をつけられるだけというのはわかっていました。

 それならば、物的証拠を出して誰の目にも明らかになるようにしてしまえば完全に否定され葬り去られる可能性は低くなるのではないかと思ったのです」


 私はもう一度花を活けている花瓶のところへと行き、硝子の板とカバーガラスを作って花瓶の水を挟みプレパラートにする。それと同時に魔法で水を出して同じくそれもプレパラートにした。


「少しいいですか?」


 辺境伯様が顕微鏡の前から移動してくれたので、二つのプレパラートを持って椅子に座り顕微鏡で倍率を高くし花瓶の水に微生物がいる事を確認し、そして魔法の水には何もいない事を確認した。

 やはり、こちらの世界でも微生物の存在は確かだった。検証する必要はあるが細菌やウイルスもきっと同じようなものだろう。


「どうぞ。今はめているのは魔法の水です。それを確認してからこちらの花瓶の水を見て貰えますか?」


 辺境伯様は私の言う通りに魔法の水を見て、それから頷いたので花瓶の水に取り換えた。


「これは……」

「これが水を恐れなければいけない原因です。この小さく動く生き物たちが私達の身体の中に入って悪さをするので、下手な水を飲むと身体を壊すのです。

 でも、通常であれば煮沸消毒すればこれらは死にますので害は無い筈なのです」

「生き物……この小さなものが生物?」

「はい。『視る』加護持ちの見え方は人によるそうですが、ひょっとしたら視えるのかもしれません。特に伝染病の原因を特定された『視る』加護持ちの方は詳しかったのだろうと思います」


 当時ミルネスト侯爵がその功績を無かったものとしたのなら、その人物は生きているのかどうか……その知識を近親者に伝えられているのかどうかもわからないが。


 辺境伯様は口元を押さえて押し黙った。


 ここまでずっと私達のやりとりを無言で見ていた王弟殿下は、戸惑った顔のままテーブルの上に並べられたものを見下ろし口を開いた。


「君は、どうやってそれだけの知識を?」

「観察と推測の繰り返しです。

 水が恐れるものと聞いて、けれど食事に使う水は恐れなくともいいのかという矛盾があったので魔法を扱えるようになってから実験を繰り返しました」


 これは本当の話。

 この世界に地球の理論が通じるのかは不明だったので、川の水、井戸の水、魔法の水を土魔法で精製したガラス瓶に閉じ込めて一週間放置して濁り具合を見てみたり、その水を小動物に与えてみたり、今度は煮沸した水で同様の事をしてみたりと、子供らしからぬ事をしていた。

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