第27話 聖女(軟禁)は三者面談をする⑦
「聞いていたとしても聞いていなかったとしても、私の場合は利用価値があれば生かされ、なければ殺されるだけかと思いますが」
「君は呆れるぐらいハッキリと言うね……怖くないのかい?」
怖いですよ。平和な時代の日本しか知らないし、こちらでもそんな命の危険を感じるような生活をしてきていない。だが、
「怖がっていても現状は変わりません。後になって後悔するよりも出来る事をするまでです」
「……君が男だったら、と思ってしまうな」
ぽつりと零した辺境伯様に、それはどういう意味だろうかと眉を上げるが答えは得られなかった。
「リシャール。話すが構わないな?」
「だが……」
「さっき彼女が言った通り、実際のところもしもの時は向こうの都合で好きなように解釈されて好きなようにされるだけだ」
しぶしぶと言う様子で、王弟殿下は首を縦に振った。
「我々はこのリシャールを王に据えるつもりだ」
王都には現王であるリューシュ王と王位継承権一位であるラウレンス王子がおられる。
それを差し置いて王にという事は、王位の簒奪に他ならない。
予想の内ではあったが、荒れるだろう目標に溜息が出そうになった。
「これは、リューシュ王の望みでもある」
陛下の?
「どういうことです?」
普通ならラウレンス王子に継承したいと思うのではないだろうか。
私の疑問に、視線を落としていた王弟殿下が手を上げた。
「その先は私から言う。
兄上は表向き宰相の言いなりになっているが、それはこの国を保たせるために否応なくそうしているに過ぎない。
義姉上、今は側妃にされてしまったラシェル妃との間に子が居ればその子を何としても確保して押したのだが……残念ながらコランティーヌとの子、ラウレンスしか居ない。そのラウレンスは当然ミルネストの血筋ではあるのだが……それ以上に、思慮が足りないのだ。
兄上もラウレンスがまともであれば後継者にしたのだろうが、教育係も全てミルネストによって固められ、傀儡としての王に祀るにふさわしいものにしてしまった」
……ミルネスト侯爵家は次もその次もずっと権力を握り続けられるように布石を打ち続けているという事か。大昔の天皇家みたいだな。あるいは中国王朝か。
「先代のミルネスト侯爵はそれでも国内のバランスを保つ配慮はしていた。
だが今代のミルネスト侯爵はその配慮がない。只ひたすら己の権勢を高めようとしてしまい国内の勢力バランスが崩れ少しずつ破綻が近づいてきているのだ」
ふいに脳裏に仕事で目にしてきた書類の事が蘇った。
私の仕事は王国全土から納められる税の確認だ。
だから、各地の税率がどの程度に設定されているのか把握している。
ある地方に関しては他の低いところと比べて税率が倍以上に設定されている事も。
それは各地の所得の違いから調整されているのだと聞いていた。それを聞いてなるほど随分と柔軟に対応しているものだと感心した記憶もある。
だが、もしやそれはそうではない?
思い返せば税率が高く設定されている所は辺境伯家とアイリアル侯爵家とそれに近い領地だったような気がする。
金は力だ。それはまごう事の無い真実の一つだと思う。だからといってまさかそんな単純な方法で己の利権を高めようと? 宰相は馬鹿か?
「だから兄上は私を指名した。
表向きそんな事をすれば反対され潰されるため裏からだがな。
ラウレンスが王太子として立つ前に挙兵し王都を制圧する予定だ」
ラウレンス王子は今年十七歳。王太子として立つのは来年だ。
それまでにという事だが、その方法が正面突破とは……
宰相を何らかの不正を糾弾して失政させた後の武力行使ではなく、最初からぶつかる予定ときた。
仮に王都を籠城戦に持ち込んだとしてもミルネスト領から挙兵されるだろうし、そうなったらそちらとは間違いなく戦闘が発生する。
どうころんでも全面戦争だ。これに辺境伯家と手を結んでいるというアイリアル侯爵家が呼応するだろし、ミルネスト侯爵家の派閥も呼応するだろうから国内大戦争状態に突入する。
「ミルネスト侯爵家に属する派閥との戦力差はあるのですか?」
「もともと武力に関して言えばこの国を守護していた我々辺境伯家に分がある」
あぁ、外敵からの進行を阻む役目がそもそもの辺境伯領の興りだから。だけどその言い方だとそこまで戦力差があるわけではなさそうだ。
「挙兵する際、何と言って挙兵するのです? そのまま行けば王位簒奪と糾弾されますが」
「兄上の証文を掲げる。私に王位を譲るというものだ」
……それ、そんなものを掲げて王都に居る陛下は大丈夫なのか? いや、大丈夫じゃない事も想定済みで陛下は証文を渡したのか? というかそこまでしないと王位を譲れないっていうところまできてるのかこの国は。どれだけ宰相に握られてるんだ……
「兄上は私が挙兵すると同時に身を隠す予定だ。そのまま居ればこちらの証文を偽だと言わせるだろうしな。身を隠せばその分向こうは混乱する」
宰相を相手に身を隠すという事が出来るのだろうか……。こちらからも諜報員が入っているという事……?
「こちらの準備はあと一月もすれば整う」
一ヶ月。予想以上に早い。いや、ずっと計画を練っていたという事なら立太子目前、ギリギリなのか。
衝突が避けられないならどうする。
兵器を導入せずに戦意を喪失させるには?
「……辺境伯様、確実にこちら側の人間で『伝える』の加護を持っている方を集められますか?」
「『伝える』? それで何をする」
「伝令兵を作ります」
辺境伯様の顔に初めて疑問が浮かんだ。
「既に伝令用の兵はいるが……それは『駆ける』の加護の方がいいのでは?」
「『伝える』は戦場の指示を通すには使えるが……」
王弟殿下も想像つかないのかこちらも疑問顔だ。
「『伝える』は音を伝えるのが本領ではありません。距離を無視して意志を伝える事にこそその力の本領があります」
「「距離を無視?」」
思わずなのか、二人の言葉が重なった。
「『伝える』の加護同士ならば距離を無視して意志を伝える事が出来るのです。片方が『伝える』でない場合は一方通行でしかなく距離も制限され、また受ける方にもある程度の技術が必要となります。ですが、互いに『伝える』の場合双方がコツさえ掴んでいれば距離を無視して意志疎通可能なのです」
傍受される心配のない無線と思っていただければその有能さが伝わるだろうか。視察に出ている兵からリアルタイムで敵軍の情報が伝わるのだ。しかもそれを得てから離れたところにいる仲間とも即座に対策会議をする事が可能となる。
これが加護のすごいところだ。
加護と魔法は知らない者が聞けば混同しやすい。例えば『燃やす』という加護だと火魔法の威力が上がるだけのように見えて魔法と加護の違いが言葉では理解できなかったりする。
だがこれが『伝える』となると、説明だけでも全く違う事がわかる。
距離を無視して相手に意志を伝える事など少なくとも今も魔法の技術では絶対に出来ない事なのだ。
魔力という燃料は同じでもその効果は雲泥の差がある。それが加護という力で、だからこそ精霊から与えられた特別な力として広く認められているのだ。
ちなみに、火魔法と『燃やす』は見れば一目瞭然。比較するならマッチの火と焚火程の火力の違いがあるし、持続時間も倍以上違う。
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