第23話 聖女(軟禁)は三者面談をする③

 室内には非常に重たい空気が流れている。


 まず私の左斜めには考えを読ませない笑みを浮かべている辺境伯様が座っており、右斜めには無表情で王弟殿下が座っている。


 片や笑顔、片や無表情。


 睨み合っているわけではないと思うが、無言の応酬を視線だけでバチバチとやっているのがしっかりと伝わってきている。


 さすがにこの間に割って入る度胸は無い。身分的にも無理だが。


 暇なので調度品の良し悪しなんてわからない癖に眺める振りをしてみる。だがここは私が軟禁されてる居室なのでもう見慣れた物しかない。


 ……どうしたものか。


 辺境伯様にとって王族である王弟殿下は内乱を起こした場合の旗頭に出来るので大事な存在の筈である。王弟殿下も後ろ盾として辺境伯様は大事な存在の筈である。二人が仲違するような事はこの派閥にとって大打撃であると予想されるので、出来れば仲良くして欲しいが。

 というか、仲違するようなら私も身の振り方を考え直さなければならない。


「説明願おうか」


 ようやっと始まったかと思ったら、低い声を王弟殿下が発した。


「何をかな? 説明するほどの事はないと思うが」


 軽く微笑みすら浮かべて辺境伯様が軽い口調で応じた。


「コレを、説明するほどの事ではないと?」


 王弟殿下の事は良く知らないが、とても怒ってらっしゃるのは感じとれた。一言で言うと一触即発。辺境伯様が軽く返したらそれだけで爆発しそうな気配すら見える。

 一晩経って怒りが収まったというより、一晩経って熟成されたのかもしれない。


「君たち両方とも了承したからね。改めて説明する必要はないと思うよ」

「ああいうのは揚げ足取りと言うのでは?」

「そうかい? なら揚げ足を取られないよう気をつけてと言うしかないな。

 それに今更言ったところでどうしようもないだろう?」


 ぐっと王弟殿下が詰まった。


 そうなのだ。今更言ったところで離婚不可であるらしいので後の祭り。何を言っても恨み節以外の何物にもならない。

 お怒りではあるらしいが、理性的でもある様子の王弟殿下にちょっとほっとする。


「どうせリーンスノー嬢を巻き込んで申し訳ないとか思って勝手に一人で突っ走っているんだろう。ちゃんとリーンスノー嬢を見て見なさい。不服に思っているような顔かい?」


 辺境伯様に促され、私を見る王弟殿下。

 とりあえずアルカイックスマイルを浮かべておく。——何故か微妙な顔をされた。東洋の神秘は私では表現できないという事だろうか。但し美人に限る的なアレで。どこの世も凡人には厳しいものだ。良く知っている。


「辺境伯様、私からも一つ質問させていただいてよろしいでしょうか?」


 幾分室内の圧も下がったので、私は抱いていた疑問を口にしてみた。


「おや、ディートハルトと呼んでくれないのかい?」


 幾分下がった筈の圧がまた上昇したような気がした。が、気づいてない振りをしよう。話が進まない。


「……ディートハルト様」

「なんだい?」


 笑みを浮かべて答える辺境伯様は、この状況を楽しんでいるのだろうか? そうだとすればなんとも人が悪いというか……


「通常の婚姻の手順を踏まなかったのは貴族院から許可が下りないと思われたからですか?」

「あぁ、それもあるな」

「も?」


 聞き返したのは私ではなく、王弟殿下。


「リーンスノー嬢の加護は、今のところ向こうには髪を生やす力だと思われているだろう?」

「その筈だ」


 王弟殿下が頷く。


「だが、向こうからすれば唐突にリーンスノー嬢を浚って返さない我々に違和感というか疑問を抱いてもおかしくない。髪を生やす力に我々も気づいたから、と想定したとしても我々の保護が厳重過ぎるしな。

 そうなると、リーンスノー嬢に何かあると思うわけだ。

 そんな中、リシャールとリーンスノー嬢の婚姻許可の申請を出せばいよいよ怪しく思われる。

 これが通常の婚姻の手段を取らなかった理由の一つ目。

 そして二つ目は、リーンスノー嬢の本当の加護が何かわかったからだ」


 本当の加護?


 どういう意味だ?と戸惑っていれば、王弟殿下が「わかったのか?」と聞き返していた。

 何かやり取りしていたのか。お二人さんは。


「リシャールの読み通りだな。『生える』加護で腕が生えるのはさすがに奇跡が過ぎる。本当の加護は『生じる』だ」

「『生じる』……聞いた事が無いな」


 私も聞いた事がないのだが……『生える』じゃなかったという事?

 

「過去の記録を調べたが、数百年遡ってみてもそんな加護は無かった。

 だが腕を生じさせた事から考えればかなり危険な事はわかる」

「……腕を生じさせたという事なら、他のものもかなりの確率で生じさせる事が出来る。か?」

「その通りだ。もしかすると、疫病すらな」


 私を置いてけぼりにして交わされる会話。だが理解が追いついてきた。


 私は加護を父の『見る』で見てもらっていたのだが、ボンヤリ父の事なのでちゃんと見れなかった、もしくは『見る』力ではそこまでわからなかったという事だろう。


 しかし……『生じる』。なかなか汎用性の高い加護のような気がする。『生える』だとどうしても生える土台が必要になるが『生じる』だとそれが要らないイメージだ。

 ……確かに辺境伯様の言う通り、使い方によって毒にも薬にもなりそうな感じである……

 

 でもそうなると……今まで欲しくても手に入らなかったあれやこれやそれなんかも出来てしまうかもしれないという事では……?


 私の中でむくむくと好奇心が沸き上がってきた。

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