第22話 聖女(軟禁)は三者面談をする②
「こちらとしてはあくまでも殿下がお許しなるならばと答えました」
冷静な声を意識して淡々と伝えると、王弟殿下は記憶を探る様に視線を落とした。
「……あれで言質を取った事にしたのか」
溜息を吐き出し肩を落とす王弟殿下。
一旦落ち着いたようで何よりだが、心なしか萎びて見える。
それも仕方がないか……最大の後ろ盾と思われる辺境伯様に事前通告なしにこんな事をされれば頭も痛くなるだろう。
「王弟殿下の同意が得られていないという事であれば、離縁していただくということでどうでしょうか」
小娘の言葉でしかないが、条件は条件だ。証文があるわけではないので弱いが、持って行き方次第では無かった事にも出来ると思うがどうだろう。
王弟殿下はちらりとこちらを見て、また溜息をついて首を横に振った。
「出来ない。精霊の許しを得て婚姻を結んだ場合、離縁は出来ないのだ」
それはまた……まるでカトリックだな。
いや、少なくともカトリックの方は本人達に離婚不可である事を明確にしているし本人達にその自覚が無いならば結婚を推奨していなかったか。
だまし討ちのような所業が許される精霊信仰とは……
「……それはまた」
深刻な面持ちの王弟殿下に、とりあえず何か言わなければと思考を巡らせる。
「なんというか……ご心痛お察しいたします」
ひねり出した言葉に、王弟殿下もアデリーナさんも微妙な顔になった。
「…………こういう話の場合、傷つくのは女性側である貴女の方だと思うが」
たっぷり間を開けてからそう言った王弟殿下に、普通はまぁそうですねと思う。
どうしたって女性側が軽んじられる世界なので、仮にこれで離縁出来ないという事になったとして王弟殿下が他の好きな女性のところに通うようになったとしたら私はいいお笑い種だ。身分的にもいくら辺境伯様の養女にしていただこうにも元々男爵家だったというのは嘲る対象になるだろう。
だが、私からすればその程度の事なら逆に楽なものだと思う。
完全に政争に巻き込まれてしまっているのだ。政争に巻き込まれるという事は、この世界では無事に生きていけるのか?という一番の問題があるのだ。
「親程歳の離れた、中央から疎まれているような者と婚姻を結ばされるなど」
無言で何と返そうかと考えているとそんな事を言う王弟殿下。
今更愛し愛される結婚相手を望むようなお花畑の頭などしていないので無用な心配なのだが……それに歳の事を言うなら中身〇十歳の私の方が逆に親子程という表現になってしまう。改めて考えたらちょっと胸にグサッと刺さった。自虐は止めて置こう……無駄なダメージを負ってしまう……
あぁしかし王弟殿下に想う人が居るとすると問題だ。その辺の事あの辺境伯様なら考慮していると思いたいが……
「年齢については気にする程の事ではありませんし、それを言うなら私の方が品格も何もかも殿下に釣り合っておりません。
つかぬ事をお尋ねしますが、王弟殿下には想うお方がおられますか?」
「は? ……いや、居ないが……」
それは重畳。ややこしい事にならなくて良かった。
あと問題になりそうな事は……
「君は……君はそれでいいのか?」
顔を上げて見れば、王弟殿下の目は本当にこちらを心配しているかのような色をしていた。優し気な透き通った青の目に、全く似ても似つかないが甥っ子の面影が重なるような気がした。
身体つきは立派なのにお人好しで優しくて、ちょっと涙もろくてもう少しずる賢くならないと社会の波を乗り越えられないんじゃないかと心配していた甥っ子。今はもう立派に一児の父として頑張っているだろう。
「辺境伯様からお話をいただいた時に腹は括りました。王弟殿下にはご迷惑をお掛けし誠に申し訳ない限りですが」
思わずあの子にするように大丈夫だと笑って見せれば、困ったような何とも言えない顔をされてしまった。
「せめて見てくれが母に似ていれば、容姿を利用していただく事も出来たんでしょうがね……残念ながら父に似ているのでこの通り。その点も殿下には申し訳なく思います」
困らせたいわけではないので、すこし茶化して言ってみる。
驚くなかれ、私の母は銀髪碧眼で妖精のごとき美貌を持つのだ。
残念ながら私は髪色以外は全て父を引き継いでしまった。逆に髪色以外全て母の要素を引き継いだ兄はとんでもない美形だ。私よりももちろん背は高いのだが、中性的美貌で女装したら絶対私よりモテる。あぁ無情。
「そのような事はない。貴女は優しく教養もあって容姿も穏やかで安心感がある」
お だ や か で あ ん し ん か ん。
真面目な顔で言う王弟殿下に吹きそうになった。
今まで聞いた事がない方向からの誉め言葉だ。すごいな王弟殿下。平凡をうまく言うとそういう風になるのか。
でもちょっとそのまま後ろ振り返って見て欲しい。微妙な顔をしているアデリーナさんが居るから。
女性に対する誉め言葉としては駄目みたいですよ。
「それに貴女は加護を軽んじているようだが、あれは精霊に祝福された力そのものだ。誰であろうとその存在を欲するだろう」
そこの部分に関しては捉え方にどうも隔たりを感じるが、たぶん精霊信仰などの信仰度の違いなのだろうなと想像。
私個人の感覚としては、今のところ燃費の悪い治療魔法と言う認識でしかないが。
「とにかく明日、辺境伯に話を聞きにいこう」
そう言って王弟殿下は締めくくり、最後に手の印を隠すように言って部屋を後にした。
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