第19話 聖女(軟禁)は御大将と面談する②
「そもそも、我々とアイリアル侯爵家は今程密接な関係ではなかったし、ミルネスト侯爵家ともここまで対立はしていなかった。我々はあくまでも辺境を守る戦力を維持する存在に過ぎなかったからな。
何がきっかけか予想できるかな?」
どうしても話をしたいらしい。単純に考えるなら、己の状態を話す事で協力を得ようとしているという事だろうが……それを小娘にするだろうか? 相手が有力貴族の当主ならまだしも……辺境伯という上位貴族がわざわざ?
「……伝染病でしょうか」
疑問が浮かぶが、問われている状態で無視する事も出来ず答えれば辺境伯様は口の端を持ち上げた。
「そう。それだ。当時私は八歳だったが、話は父からよく聞いた。
王都から伝染病の発生と封鎖の知らせが来た時にはすでにアイリアル侯爵家と王家によって王都と王都周辺の都市部の封鎖が始まっていた。
ここは離れているからな。時間差でこちらも動いたがやや初動が遅れ王都とこの辺境伯領の中程で第二の封鎖線を張った。
そこで都市部から流入する人や物に病の元が入り込まないよう『視る』加護の持ち主に協力要請をして確認してもらい、『阻む』『防ぐ』『返す』加護の持ち主たちに壁を張ってもらった。
同時に王都への物資支援を行った。その時、王都周辺の封鎖に尽力していたアイリアル侯爵家が全面的にその物資運搬の役を引き受けてくれたのだ。王都に近づけばそれだけ危険だったのだが、既に封鎖に人員を出していた侯爵が辺境が汚染されるよりはと考えてな」
と、アデリーナさんが戻ってきてカートを押して入ってきた。
香りのいい紅茶と、たぶんブランデー的なものだろう。ナッツやカナッペのようなものもあるし、クッキーやマカロンのようなものもある。
「頭でわかっていても、それが出来た侯爵はやはり偉大な人だったと私は思う」
テーブルの上に並べられていく茶器や縁の大きなガラスのコップを見下ろしながら辺境伯は呟いた。
「アイリアル侯爵領でも二重の封鎖線を張り、さらに王都への物資支援を独自にしていた。かなりの負担だっただろう。こちらもこの時アイリアル侯爵家に倒れられては王国が没すると判断して全面的にアイリアル侯爵家を支援する事にした。
だが、もう一つの筆頭貴族であるミルネスト侯爵家はこの時封鎖線を張って閉じこもったのだ」
ブランデーと思われる深い飴色の液体が入ったコップを手に持ち、温めるようにくゆらせている顔からは怒りや怨みなどといった感情は読めなかった。
「わからなくもない。
それほどに当時の伝染病は掛かれば死ぬと言われ恐れられていたのだ」
辺境伯様の言葉で思い起こされるのはやはり祖父の日記。
淡々とした文字が連なる感情を載せないそれが、目の前の表情が読めない辺境伯様と重なるようだった。それがまた私の遠い記憶を刺激するようだった。日本での祖父の面影を。
「だが、先王陛下が王都に留まり民の暴走を抑え全土に伝染病が撒き散らされる事を食い止めている中でそれをするのは、貴族としても人としてもどうしても理解できなかった。
我々
軽く湿らせる程度にブランデーに口に入れ息を吐く辺境伯様。
「だがそれ以上に伝染病の原因を特定し対策を取った先王陛下の事を冷血王と扱き下ろし、その功績を全て無にした事がわが父を激怒させた。
百歩譲って、王都復興のために地位の見返りを求めるのは貴族社会の習わしのようなものとみなす事が出来る。だが伝染病の原因を伏せたのはミルネスト侯爵家へと権力を集中させる狙いのみで全く国益にならない。国益にならないどころが害悪だ。
さらにはよりにもよって死の病いをこの国へと持ち込んだミリアネス教からミルネスト教などという新しい分派を作り出し、民意を操作しようと圧力をかけたのだ。
一時はミルネスト領に軍を向ける寸前だったが、新たなアイリアル侯爵がそれを止めたのだ。今自領で閉じこもっていた体力のあるミルネスト侯爵家を倒すのは難しい。ここで辺境伯家がミルネスト侯爵家に潰されると今後ミルネスト侯爵家の横暴を止める者が誰もいなくなってしまう。さらには西のラーマナス、南のシャスが弱ったところを狙っているとな。
それから我が辺境伯家とアイリアル侯爵家は手を組み、外敵に対して目を光らせ、来る日に向けて力を蓄えていたのだ」
おおよそ理解してもらえただろうかと視線をこちらへと向ける辺境伯様に、一応はと頷いて見せる。
いろいろと突っ込みたいところがあるが(ミルネスト教って何だそれとか)……しかし困った……外戚である宰相家をぶっ潰すつもりだ。と、面と向かって言われてしまった。
ティルナ。対立しているどころの話じゃないぞ。開戦する気満々だ。
蓄えているじゃなくて、蓄えていたとはそういう事だろう。
これは王弟殿下が殺されそうになったから、もう火蓋は切って落とされたという事だろうか。聖女の存在はその狼煙にでもするのだろうか?
「学園でも伝染病の原因は不明、もしくはミルネスト教などという代物によれば祈りが足らないからだと言っていたか。なかなかこちらの話を信用するのは難しいかな?」
「いえ、それは信用していますが、何しろ話が大きくて男爵家の人間に過ぎない私が聞くにはどうしても手に余ると申しますか」
これは本当に。せいぜい貴族どうしの勢力争い的なものだと思っていたので、本気で内乱を起こすとなると完全に場違い感というか、話す相手を間違えているというか。
「あっさりと信用するのだな」
「ジェンス家の先代当主が残した日記に、今おっしゃられたような内容の事が記載されておりました。祖父は『視る』加護の持ち主で、当時の辺境伯様からの要請で封鎖に加わったそうです」
辺境伯様は、ほんの少し目を細めて嬉し気に微笑んだ。
「ジェンス家は中立と聞いていたが……なるほど、それで。
そうすると君が水を怖がらないのはそれが原因かな?」
問われて私は頷いた。
正確には日記だけが原因ではないが、前世の事はさすがに言える筈もなし。
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