第20話 聖女(軟禁)は御大将と面談する③
「当時、伝染病の原因を特定したのは本当にすごい事だと思います。
その結果対策を取られて収束にまで導いた事もですし、伝染病と判断した時点で封鎖をしたのも賛否あろうかと思いますが、とても合理的で強い信念がなければ出来なかった事だと思います。
正直、私などもその事を公表せず民が水を怖がるのを見過ごした事は非常に腹立たしく思っております。その事がなければ衛生環境もここまで劣悪にならなかったのではないかと」
「随分とハッキリと言う」
「腹を割ってという事でしたので、正直に申し上げました」
たぶん、多少不敬な事を言ったとしても今このお人は私をどうこうする気はないと見た。
正面から見返す私に、辺境伯様は目を閉じて笑いをかみ殺していた。
「なるほどなるほど。確かに、レティーナの言う通りだな。
リーンスノー嬢と呼んでも?」
「どうぞいかようにも」
「私の事はディートハルトと呼ぶがいい」
え、名前呼びはさすがに恐れ多くて嫌なのですが。
「……恐れ入ります」
「そう嫌な顔をするな。これから君は私の養女になるのだから」
は? なぜ? というか、それならお義父様になるのでは?
「今、王都からの使者には君の母君が臥せっているという事で誤魔化しているが、それも長くは続かない」
それは聞いていたから知っているが、知らない振りして頷く。
「そうなのですね」
「だから君と殿下には恋仲になってもらい結婚するために私の養女になるのだ」
「………」
耳が誤作動を起こしたらしい。何か変な事が聞こえた。
「君と殿下は一目惚れしてもらう」
いや、待って。既に一目済みで、惚れてないのだが。お互いに。
いや、うん。わかっている。そういう設定という事で、話を進めたいという事だとは。
この辺境伯領において私の身分を確立する方法と王都に返さなくても済む方法と、ついでに現王家に対して敵対していませんよと上辺だけでも整えられる方法というのが、それだというのは。
だけど理解出来るのと、納得できるのはまた別だ。
「難しいのでは?」
本心から言ったら、首を傾げられた。
「殿下が気に入らないと?」
「違います」
食い気味に否定しておく。
逆です、逆。
「確かに辺境伯様の養女にしていただくという事なら、身分はどうにかなります。王弟殿下が相手ならば暫定聖女らしき私を辺境伯領で囲うのではなく、王家の人間と繋がりを持たせると中央に言い訳も可能になります。
ですが、いくらそれが都合がいいからといってよりにもよって何の教養もない女に一目惚れするなんて。華があるならまだしもコレですよ?」
信憑性が無さ過ぎると言って、両手を広げてアピールしたらそれまでニヒルに笑みを作っていた辺境伯様がブフッと吹いた。
「リーンスノー嬢はハッキリ言うなぁ」
ハッキリ言わないと推し進めそうじゃないか。こちらだって怖いけど頑張ってるんだ。
「では殿下が頷けば、リーンスノー嬢も構わないという事でいいかな?」
良くない。恐れ多すぎるのもさることならがら、それを認めてしまうと後戻りできないところへ行ってしまう気もして……
「あぁそうそう、リーンスノー嬢が殿下と一緒になってくれるのなら、この辺境伯領で導入しようとしている上下水道の設備について技術者と意見交換をしてもらう予定だったのだが」
っ!?
そ……それは……レティーナか? レティーナだな!?
私が上下水道にめちゃくちゃ興味持ってるの知ってて教えたな!? そんなに引き込みたいのか!? 言うほど役に立たんぞ!?
積年の希望である上下水道を餌にされ、頭を掻きむしりたい葛藤に苛まれるがお偉いさんの前なので鋼の精神で耐え抜いた。
「婚姻に関しては家長の許しがなければ私からは何とも」
ポーカーフェイスのままひたりと見つめて返す。
そんな私を余裕の笑みで辺境伯様は見返した。
「ジェンス男爵は娘思いだね。娘が頷けば構わないと言ってくれたよ」
っ父!?
辺境伯様に向かって「娘が頷けば構わない」って本当に言ってないよな? もうちょっと婉曲的な言い方してくれてるよな?? 上から目線な事この上ないし、不敬にも程があるぞ!?
思わず腰が浮きそうになったが、必死に耐えて半ば睨みつけるように辺境伯様を見据えてしまった。
「……辺境伯様の御心のままに」
そう言う以外に何が言えるだろう。
辺境伯様は私から言質を取ったからか、満足そうに部屋から出て行ってしまった。
あぁ……申し訳ない。王弟殿下、抵抗頑張ってください。たぶんあのお人に抵抗するのは大変だと思いますけども。一般人の私には無理でございました……
一人になってみると(アデリーナさんは居るけど、ほぼ居るから慣れた)前世の感覚からいって若い兄ちゃんをこんな中身〇十歳の詐欺女にあてがうなんてと罪悪感がむくむくと湧いてくる。
いやいや、どうせ
抵抗虚しく辺境伯様の思う通りに運んでしまったならば、ここは一つ文字通りババを引いたと思って王弟殿下には諦めていただくしかあるまい。
私は衛生環境改善に邁進し、その結果を持って恩を返すという事で一つ手を打っていただきたいと思うのだがどうだろう。駄目だろうか。
唸りながら並べられていた軽食をどか食いしてアデリーナさんに窘められ。そして一晩寝て、復活した私は朝日の中で一つ頷いた。
私個人が何をどう考えてどう抗ったところでもはやどうにもならない。
向こうがこちらを利用するというのなら、こちらだってあちらを利用してやれば良いではないか。幸いにもここには衛生環境を整える土壌が培われつつあるのだ。それを盛大に後押ししてやる。
そのためには女神だろうが聖女だろうが利用できるものは利用してやろう。こっちだって利用されるばかりじゃないんだ。雑草根性は団塊世代には標準装備なんだ。数が多くて常に争わされた世代を舐めるなよ。毒を食らわば皿までだ。
私は拳を握って密にそう意気込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます