第18話 聖女(軟禁)は御大将と面談する①
レティーナとティルナの訪問からさらに二日もすると、ようやっと普通に歩けるようになった。
長距離は無理だし息も上がりやすくて身体が鈍ってしまっているが、とにかく自分で動く事が出来るようになったのはありがたい。行動範囲は寝室と隣の居室、あとトイレぐらいだが。
この頃から、様子伺いなのか一日に一度は王弟殿下が現れるようになっていた。大抵夕食を終えた直後とか、直前とか。ほんの少しの間だけだが、こちらの様子を確認して足りないものが無いか困っている事がないか確認されるのだ。
アデリーナさんが私を軟禁している辺境伯様の手の者とは言っても、日常生活の些細な事ぐらいは言えば手配してくれるので(というかむしろ寝巻でいようとするとひん剥かれて厚手の下着に簡単なドレスを着せられるし――これは病み上がりという事でコルセットを勘弁してもらった――、月の物が来た時には早くおっしゃってくださいと窘められてもろもろ揃えてもらったり、他にも暇ならと刺繍の道具や、本を持ってきてもらったり、食事もどんなものが好みなのかとかリサーチされたり、あまりに優遇され過ぎて肉が付いてきそうだったので前世でお世話になったデザートの作り方を伝えたら早速手配してくれたりと至れり尽くせりである)何ら困る事はなかった。
王弟殿下は、こちらが軟禁状態である事に不安を覚えていないかとか、急な環境の変化に戸惑っていないかとか、そういう精神的な面も心配してくださっているようなのだが、王都とは雲泥の差である清潔で優雅な生活に堕落した私は大満足で「何もございません」と言うより他にない。
友人達もだが、こちらにも気に掛けてもらって何と言うか、大変申し訳ない。
たぶん普通の御令嬢よりも神経が図太いと思うのだ。伊達に前世定年まで働いてなかったしな。引っ越し転勤いろいろあった。地方ごとのびっくりローカルルールとかあったなぁ。すき焼きにジャガイモ入れてたりとか、甘納豆が入った赤飯とか。
などというルーチンをこなしていたら、今日はとんでもない方がお越しになった。
いや、王弟殿下もとんでもない方なのだが、毎日見るようになったせいか衝撃度が薄まったというか。別に軽んじているわけではないのだが……
「無事に回復されたようでなにより」
「辺境伯様におかれましては手厚く遇していただき感謝しております」
目の前の椅子に優雅に足を組んで座っていらっしゃるのは、ワインレッドのような深い色合いの髪をオールバックにした超絶渋くて味のある俳優のような辺境伯様だ。年齢は四十代ぐらいだろうか。英国紳士のような服装は王都で主流の服装よりも現代風で洒落ているように私には感じる。
上司にしたら頼りになりそうなのと同時に身が引き締まるような心地にされるタイプである。
アデリーナさんに来訪を告げられて、慌てて居住まいを正して部屋に迎え入れた後、早々に態度を崩して私にも座るように言ってくださったのだが、何を言われるのだろうか……
「殿下を救ってくれたのだ。これぐらいの事は当然、むしろ足りないぐらいではないかと思案しているんだよ」
洋画の吹き替えをやらせたら女性ファンが確実に出来るだろう滑らかな声音で、微笑みながら軽く首を傾げられる。
何を嘯きますやらウフフフと私は口元を手で隠し引き攣る顔を宥めた。
やはり上位貴族は怖いな。宰相と謁見した時も思ったが、何を考えていのるかわからない。笑っているようで笑っていないタイプだ。
そういう意味でいくと王弟殿下、あの人は上位中の上位の貴族だが表情を見ればこちらを心配してるのがわかるので、気性的に私達側に近い人かもしれない。
しかし前世にもいたな、笑ってるけど笑って無い人。妖怪みたいな人だったけど、どこの世界にも似たような人は居るんだなぁ……
「リーンスノー嬢は学園でもかなり有名な才女であったようだな」
は?
振られた内容に思わずいえいえいと手を振ってしまう私を、くつくつと辺境伯様は笑った。
なんだろう。楽しんでおられるのはわかるが、どの方向に話を持って行こうとしているのか読めない。
「レティーナが君の事を必死で売り込みに来たんだよ」
「レティーナ様が……」
もしかして、軟禁状態から操り人形状態になりそうな私の待遇とか地位を確保するために辺境伯様に私の有能さをアピールしたのだろうか? そんなものがあるのか知らないが。
「今まで頑として口を割らなかった、排泄物の処理方法、土に返す魔法の開発者や、水の伝道師ホワイトベルが何者なのかを教えてくれたんだ」
レティーナ……知ってたのか。私がホワイトベル――リーンが鈴、スノーが雪で白という安直なペンネーム——だって。
だけど待ってほしい。
何だその『水の伝道師』とは。
何でそんな大層な呼び名で呼ばれてるんだ。
「その上で君とは腹を割って話した方が話が早い、そうしなければ予想外の事をされると脅されてね。こうしてやってきたんだ」
レティーナ、本当に何を言ったんだ。
「我が辺境伯家とアイリアル侯爵家、そして王家とミルネスト侯爵家の確執は理解しているかな?」
確執……それはまぁ、いわずもがな例のパンデミック寸前だったあの伝染病での出来事だろうなと想像はつく。
しかしそれを確認してどうするのだろうか。
「……対立構造にあるという事は存じております。ですが、確執と言われるところまでは理解しているかと言われると……」
「ふむ……。なら先にそれを話さねばならないな」
辺境伯様が手を上げると、アデリーナさんが部屋を下がった。
あ。向こう陣営の人だとしても居てもらった方が心理的にましなのですが……
思わず目で追ってしまうと、ふっと笑われた。
「何も取って喰いはしない。話が長くなるだろうから飲み物と摘まめるものを持ってこさせるだけだ」
あ。さようで。
しかし片手一つでそれを察するアデリーナさんって……本物のプロはすごい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます