第11話 過去の伝説の再来
暗く冷たい泥の底に沈み込んでいた時、細く繋がる暖かな線がいきなり太くなり自分を包み込んで上へと引っ張り上げた。
失っていた筈の身体の感覚が強引に呼び覚まされ、どっと血流が全身を巡る熱を感じて薄く目を開けると銀色の何かが過った。
「団長! わかりますか!?」
遊撃班のカイトがこちらを見下ろし声を掛けるのを片手を上げて制し、身体を起こす。難なく身体は動いた。
「団長、御気分は!? どこか違和感はありますか!?」
「いや……大丈夫だ」
あたりに漂っている血の匂いに視線を動かせば、己の右腕がむき出しな事に気づいた。その瞬間、何があったのか記憶が一気に押し寄せてきた。
野盗との乱戦状況で部下だと思っていた男が突如、その剣をこちらへと向け加護の力でもって首を狙ってきたのだ。咄嗟にこちらも加護を使ってその力の流れに干渉し、軌道を逸らしたが右腕を飛ばされた筈。止血しても止まらず部隊を戻すよう指示をしたところまでは覚えているが……
だが、自分の目の前には何事も無かったかのように右手が存在していた。握ったり開いたりと動かしてみても何ら違和感はない。
「リーン! リーン!?」
焦ったような声にそちらを見れば、剣の腕は一級品だが思慮に欠けると評判の部下グレイグが、治療班のメティールが抱えている見知らぬ少女を揺さぶっていた。
銀色の髪を一つに括る化粧気のない顔は真っ青で、揺さぶられてもぐったりしており意識が無いのがわかる。
だが、誰だ?
「グレイグ先輩! 揺らさないで!」
御者台の方から腕を伸ばしてグレイグを引き剥がそうとしたのは女性騎士の一人。今年入団した辺境伯の遠縁のティルナ。
「だ、だって!」
「魔力欠乏です! あれだけの事をしたんですから決まっているでしょ!? いいから離れてください!」
言い合う部下と、外から聞こえる「聖女だ!」「精霊の祝福だ!」「聖女の再来だ!」という声、そして傷一つ無い己の腕で、朧気ながら状況が読めた。
「全員に通達する! 今見た事を口外する事を固く禁ずる!!」
「「ハッ」」
「まさか」と思うより先に、即座に命じれば言い合っていた部下も外で待機している部下たちも声を合わせて応じた。
「メティール、その者の治療を」
「ハッ」
「フィリップ、状況報告」
側近に声を掛ければ、すぐさま馬車の外で待機していた巨体が応答する。
「ナバトが団長に対し剣を向け、団長の腕を切り飛ばし燃やした後捕縛しましたが奥歯に仕込んでいた毒により絶命。団長をメティールとカイトにて治療しておりましたところ、グレイグがそちらの少女を連れてきて治療を要請、今に至ります」
やはり、その少女が私の腕を治癒したのだ。
切り飛ばされた腕を治癒したのだ。『聖女』と騒いでいた部下達が言ったその通りに伝説の『聖女』の再来という事だ。
「グレイグ、その者は何者だ」
「リーンです!」
……答えになっていない。
「具体的に」と言う前に、グレイグを少女から引き剥がしたティルナがグレイグの後頭部を叩き膝をついたまま少女を隠すように一歩前ににじり出た。
「恐れながら申し上げます。彼女はリーンスノー・ジェンス。ジェンス男爵のご息女です」
ジェンス男爵……確か、領土が王都と辺境伯領の中間にあるところだったか。
しかしグレーの服は下級官吏のようにも見えるが。
「この者は下級官吏の服を着ているようだが王都の王立騎士団の人間ではないのか?」
こんな治癒が出来る程の使い手ならばまず間違いなくあそこが欲しがる筈だ。
「いえ、内務省に入省している筈です。学園で私どもと同期で、官吏試験に合格したのを喜んでいました」
「『戻る』の加護持ちが内務省?」
「違います! リーンは『生える』です!」
ティルナが後ろから答えたグレイグの頭に素早く肘鉄を落とした。アームガード付の一撃に悶絶するグレイグには見向きもせず、ティルナは苦り切った顔でグレイグの話を捕捉した。
「リーンスノー様の本来の加護の力は草花を生やす事です。あまり使い道の無い加護とおっしゃっておられましたが、リーンスノー様の魔法や加護を扱うセンスは魔法省に入った鬼才のレンジェルを超えております」
レンジェル・アーヴァイン。魔法大家アーヴァイン伯爵家の長男で、次期当主として申し分のない魔法の才能を持っていると噂の男。その男のセンスを上回る? そんな存在の噂を聞いた事もないが……
「彼女は目立つのを殊の外嫌うので、実力を知るものはごく限られております。今回は状況が状況だったので助力してくれたのだと思いますが、並外れた魔力操作を持ってしても魔力が足りず魔力回復薬を何本も飲み干しながらやっとの事で団長の腕を生やしたのだと思われます」
「魔力回復薬を何本もだと?」
そんな体内が焼き切れるかもしれない事を? だから意識が無いのか?
「メティール、容態は」
「あまり良くありません。体内が深く傷ついているせいか癒そうとしても反応が薄いです」
咄嗟に聞けば芳しくない答えが返る。
メティールも私の治療で力を尽くしていたのだろう。どんどん顔色が悪くなっている。急いで少女の横、メティールの隣に膝をつき手を翳した。
「補助する」
私自身は癒す加護ではないので治療する事は出来ないが、補助をする事は可能だ。
加護の力で少女の状態を探れば、確かに中は随分と酷い。魔力の道を無理やりに拡張されたような跡があった。戦闘訓練もしたことがない少女にこれはかなりきつかっただろう。
感謝の思いと同時に、無理をさせた事もそして奇跡とはいえ欠損した腕を治癒した事で今後どのような扱いになるのかその未来にも、暗澹たる思いがした。
我々の陣営に保護したとしても今後穏やかに過ごす事は難しいだろう。かといってこのまま戻し結果的に宰相に引き渡すような事は出来ない。聖女を手に入れればあれはさらに増長し、最悪の一手に手を掛けるのは想像に難くない。
女の身で官吏になったというのならかなりの努力をしたのだろうと思うが、その道ももう諦めてもらうより他にない。
王族の私であれば生まれた時から責務を果たす事を求められてきたが、男爵家の令嬢ならばそんな事は無かっただろうに。
聖女を宰相達よりも先に見出した事を喜ぶべきところなのだろうが……我々の争いに巻き込んでしまった事を、どう詫びればいいのか……
ある程度癒したところでメティールにも限界が近づき、治療はそこまでにする。
「メティール、よくやった。このまま休め」
「は…」
あえぐように応答し、メティールはその場に崩れ落ちカイトに支えられて横たえられた。
「一旦辺境伯領へと戻る。隊列を整えよ」
この付近は宰相一派の者が多く、とてもではないが長居出来るようなところではない。
思えばこの野盗討伐の遠征指示も罠であった事が明白であるが、そんな事を今更言っても仕方がない話だ。
フィリップが私の意を汲み、すぐに隊列を整え速度を上げるよう指示を始めた。
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