第12話 ハゲの女神(笑)は聖女(軟禁)となる①
ふっと意識が水面から顔を出す様に浮かび上がり、ぼんやりと目をあけると見た事も無い天蓋が視界に入った。
天蓋の天井部分は夜空をイメージしているのか紺色の布地に金糸のようなもので月や星が刺繍されており、視線を動かせば周囲を覆う布も紺色の精緻なレース生地だった。
この国ではレース生地は全て手編みなのでとんでもないお値段になる。
身体にかけてある布団もすごくすべすべしているし、やわらかなベッドは宿舎のそれとは雲泥の差。さらに言えばなんだか柑橘系のすがすがしい香りまでする。
「……どこ…?」
出した声は掠れきっていた。
なんだか喉の奥がはりついているようでうまく声が出せないし、いがいがする。
身体を起こそうとするのだが、まるでマラソン大会を終えた直後のように重くて動く事が出来ない。
それでもどうにか起きようと悪戦苦闘していると、離れたところからドアが開いて閉じる音がした。
「あっ」
そして若い娘さんの驚く声が聞こえた。
ようやっと横を向いた状態でなんとか顔を上げると、紺色のレースの向こうに居たのは裾の長いクラシカルなメイドさん姿の少女だった。たぶん、十四歳とか十五歳とかその辺。ついつい忘れがちになるが、自分も十六なのでそう変わらない年頃のダークブラウンの髪を綺麗に纏めてホワイトプリムをつけている可愛らしい子。
こんな子うちの職場にいただろうか? と、ぐらつく頭でぼんやり考えていると、束の間固まっていた少女は唐突に走ってどこかへ行ってしまった。
まぁいいかとまた身体をなんとか動かそうとすると、視界に銀色の髪が流れてきた。
……あれ? なんで元の色に……魔法で固定してたのに……
疑問に思っていると先ほどの少女とは違う、別の二人が部屋へと入ってきた。
年配のこちらも麦色の柔らかな色合いの髪をかっちり纏めたクラシカルなメイド姿の女性と、白髪の地毛を後ろで括っているローブ姿の初老の男性だ。
「ご気分は如何ですかな?」
メイド姿の女性に支えられながら背にクッションを入れられて、身体を起こすとそれだけで目が回るようだった。
「…きぶんは、だいじょうぶです」
申し訳ないが、目を閉じたまま初老の男性に答えさせてもらう。目を開けていると視界が回転していて気持ち悪くなりそうだった。
「果実水をどうぞ」
女性の声がすると同時にそっと口元に冷たいグラスをあてられ、薄く目をあけて口を開き、サポートされるままにゆっくりと喉に流し込む。
たったそれだけで大仕事を成したように身体が疲れ、ぐったりしてしまった。
「貴女は六日、眠っておられました」
むいか……六日……六日?
初老の男性の声に少し目を開けると、開けなくていいと言うように皺の深い手で制された。
正直辛いので、ありがたく目を閉じさせてもらう。
「限界を超えた魔力の使用と回復を繰り返したため、魔力欠乏症と魔力過多症を併発し昏睡状態だったのです。ですが、こうして目を覚まされたのでゆっくりと養生すれば問題はないでしょう」
魔力欠乏症は、自分が持っている魔力を使い切ってしまった時に身体の防衛反応からスコンと意識を失って魔力がある程度回復するまで眠り続ける症状だ。
そして魔力過多症は魔力を消費していない状態で魔力回復薬を大量に摂取して器以上の魔力が身体に溜まる事でオーバーヒートのように身体がダメージを受ける事。
魔力欠乏症はともかく、魔力過多症の方はかなり危ない。学園に居た頃、魔力回復薬を作成する授業で興味本位で飲まないようにと何度も注意された。下手をすれば昏睡したまま意識が戻らない事があるのだ。
初老の男性の話を聞いてじわじわ記憶が戻ってきた。
そうだ。そうそう。思い返せばかなりの無茶をした。腕を生やそうとしたこともだが、あんなにパカパカ魔力回復薬を飲んだことも。
まぁ何にしても、この初老の男性が言うように目が覚めればあとはしっかりご飯食べて寝てを繰り返せば多少時間はかかるが元気になるので心配は要らないのだが。
「みな、貴女に感謝しております。どうぞ今は何も考えず身体を癒してくだされ」
そう言って早々に部屋を出て行ってしまった。
いや、あの。ここはどこだとか、あの後どうなったとか、いろいろと気になるのですが。腕を生やしたあの人、出血毒がとか言ってたし、神経繋がったのかとか、後遺症ないかとか、感染症発症してないかとか、いろいろとですね……
部屋に残って私の看病をしてくれるらしいメイドさんに聞こうとしたが、本当に身体が疲弊しているのかメイドさんが戻ってくる前に寝てしまっていた。
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