第10話 ハゲの女神(笑)はミラクルを起こす③

 突然水に手を突っ込んだ私に馬車の外にいた騎士達が驚いたのがわかったが、構ってられない。


「患部を露出させます。グレイグ様、何か切るものを」

「これ!」


 手を出した上に置かれたのは短剣。まあなんでもいいと火で表面を炙ってから二人の邪魔にならないよう倒れた男性の頭側に移動して、止血していると思われる包帯を避けて患部を覆う包帯を裂く。

 本当は他人の血液に触れる場合は手袋した方がいいんだけど。と、取りとめもない事を頭の余白で考えて竦みそうになる身体を誤魔化す。


 包帯を剥ぐごとにぬちゃりと血液が滴った。


「血液がかなり出ていると思います。腕をどうにかしても危険です」


 私の言葉に向かって左側、濃い金髪の青年が厳しい表情のまま、わかっていると言うように頷いた。


「『癒す』の加護持ちの方は、腕が戻ったら体内の血液に対して働きかけてください。『止める』の加護持ちの方は、傷口に変化が見られたらすぐに加護の力をストップさせてください。私の加護の力と拮抗してしまうかもしれません」

「出血毒が使われているんだ、止めるのを止めたら危険だ」


 向かって右側の赤茶色の髪の騎士が食いしばった口の端から否定の言葉を紡ぐ。こちらが『止める』の加護持ちだろう。

 ここに『分ける』とか『離す』とかの加護持ちが居ればよかったが…いや、居たとしてもあのやり方がすぐに出来るとは限らないか……


「……今は血流だけを止めている状態ですか?」


 私の質問に騎士は頷いた。


「わかりました。では、その加護はそのまま継続でお願いします。ただし、腕が生えたら、血流を戻してください」


 本当に生やせるかどうか、出来るかどうかなんてわからない。だけどそれだけ言って返事はまたず、白い骨が露出しひどい状態の腕に私は触れた。血のぬるりとした感触と傷口の生ぬるい感触に全身が泡立つのを奥歯を嚙みしめて耐える。


 出来ないと思うんじゃない。出来るんだ。出来る出来る出来る!


 自己暗示をかけるように頭の中で強く唱え、雑草や花を芽吹かせるように健やかな腕をイメージする。


 前世に興味本位で眺めていた骨のイメージ、筋肉のイメージ、血管のイメージ、神経のイメージ。頼むアト〇スくん。君だけが頼りだ。


「魔力回復薬です!」


 グレイグではない別の騎士の声が私の後ろ、御者台の方から聞こえた。


「栓をあけて私の口に咥えさせてください」


 指示をすると腕だけ伸びて来て口元に小瓶をあてがわれたので、迷わず口で咥えて保持する。まだ加護は使っていない、これからだ。


 頭の中で練り上げたイメージを固め、そして願った。


 生えろ!


 その瞬間、ぐん!と身体から魔力が引っ張られた。

 雑草や花、まして髪の比ではない。根こそぎ奪われるような感覚にいそいで咥えていた回復薬を顔を上げて喉の奥に流し込む。咥えてて本当に良かった。そして空になった小瓶を行儀悪く脇に吐き捨てる。


 カッと腹の底が熱くなって身体に魔力が戻るがすぐにそれも奪われた。


「回復薬、次!」


 口元に持ってこられたそれをまた煽り、まるで酒比べでショットをぱかぱか飲み干すように魔力回復薬を流していく。


 その甲斐あってか徐々に骨が形成され追いかけるように筋肉が、血管が、たぶん神経もその白い骨を中心として纏わりついていった。

 直視するにはあまりにグロテスクなそれだったが、とにかく必死だった私は途中から飲む毎に全身に痛みを覚える魔力回復薬を煽り続け、ただただ本来の身体に適合した形で生やす事だけを考えていた。


 数分、いや数十分?

 どれだけ時間が掛かったのかわからないが、綺麗に皮膚まで形成された腕を見てやっと手を離す事が出来た。

 だがこれで終わったわけではない。まわりは何やらわーわーしているがそれを聞き取る余裕も余力もないまま、手を翳し続けている騎士、『癒す』の加護持ちの手に自分の血濡れの手を重ねる。


 学生時代、碌な加護を持っていない者同士でつるんでいた。

 その時にいろいろな事を試してみたのだが、これはその一つだ。


 驚いてこちらを見る青年を「集中してください」と窘める。

 血濡れの手で触って申し訳ないのだが、私の加護は触らないと(略)なので、耐えてくれ。あとこの程度の事で破廉恥だとかなんとか言う気ならぶっ飛ばす。いや、治癒者をぶっ飛ばしたらいかんな。あぁ頭が働かない。


「あなたの魔力を生やします。『増す』の加護と同じようなものだと思ってください」


 失った血液を戻す事が『癒す』で出来るのか。そこまでは私も試した事がないのでわからないが、ここに『戻す』の加護持ちがいないので仕方がない。

 腕一本生えたんだから、血液の成分である血しょうも赤血球も白血球も血小板ももろもろ生えてこいよと暴論に近い事を考えながら、青年の魔力を生やしていっていると次第に倒れている男性の顔色に赤味がさしてきた。


 それとは反対に、私は急激に魔力を失って回復してを繰り返した反動で頭がぐわんぐわんだった。

 ものすごい気持ち悪いし、なんなら視界が比喩なしにぐるぐると回っている。腕一本生やしたんだからそらそうなるわな、と訳の分からない納得を自分に言って聞かせて平気な振りをしていた。

 だが倒れている男性の瞼が震え、それが微かに開いたのを見た瞬間緊張の糸が切れた。


 第一関門突破出来たと思った瞬間、全ての感覚を失ったのだ。

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