第9話 ハゲの女神(笑)はミラクルを起こす②
何事だと聞きたいが口を開く余裕はなかった。
グレイグは彼らに何も言わず止める者も振り切って馬を進めると、唐突にその馬を止めて馬上でもたもたする私を容赦なく引きずり下ろし、また肩にかついで走り出した。
あぁ……絶対これ痣になってる……
もはや完全に荷物の心地で諦めた私。
グレイグは脳筋なのだ。悪い奴ではないのだが、一直線なところがあって現在その特性を如何なく発揮していると思われる。なので抵抗しても無駄だし声を掛けても無駄だ。
案の定グレイグは「誰だそれは」「何をしている」「お前自分の立場がわかっているのか」などなど飛び交う言葉にもなんのその。制止する周囲を片手の腕力で振り払い無理やり動いている馬車の中に私を放り投げると、グレイグも馬車へと飛び乗った。
せめてもうちょい優しくして欲しいのだが。放り込まれたので肩やら肘やら腕やら腰やらぶつけて痛い。頭はとっさに腕で庇ったから無事だが、人攫いだってもう少しましではないだろうかと思いつつ、よろよろと痛む身体を起こすとグレイグはいきなり私に土下座をした。
「頼む! 団長の腕を生やしてくれ!」
は?
仕事終わりの糖分足りてない頭に加え、非人道的搬送方法によって聴覚と思考回路が誤作動を起こしたのか、とんでもない単語が聞こえた。
腕…を、生やす?
だが私は気づいた。あたりには濃い血の匂いが漂っており、視線を動かせばもともと大きな荷馬車と思われる馬車の中に一人の男性が横たわっている。その横たわる男性の傍には苦悶の表情を浮かべた騎士が二人、左右から手を翳しており、その手の先、横たわる男性の腕あたりにはあるべき筈の腕も手も何もなかった。
そう、上腕から先がない。
肩から少し先、腕の付け根の辺りを包帯で巻かれているが、包帯は真っ赤にそまっている。横たわる男性の顔色も真っ白だ。
「リーンは俺の歯を生やしてくれただろ!? だから団長の腕も生やしてくれ!」
その幼馴染の言葉で固まっていた私は理解した。つまり、私にその無くなった腕を生やせとこいつは言ってるのだ。
ちょっとまて。
お前、歯と腕が同じだと?
カルシウムが主成分の歯に対して、ごちゃごちゃいろいろ詰まっている腕が同じだと思ってやがるのか?
「グレイグ! 何をやっているんだ!」
馬車の外から伸びた手がグレイグを引きずり降ろした。
「離せ! リーンの加護は『生やす』なんだ! だからリーンなら団長を助けられるんだよ!」
グレイグが流れるような身のこなしで羽交い絞めにしようとする屈強そうな騎士を投げ飛ばし、また馬車に駆け寄り飛び乗って私の前に跪いた。そして私の手を取ると懇願するように額に押し当てた。
「頼む! 頼むよリーン!」
ように、ではなく、顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら懇願するグレイグ。
周りはその様子から私が治癒系統の加護を持っていると誤解したのか、同じような縋る目を向けてきた。
彼らもわかっていると思うが、治癒系統の加護を持っていたとしても、失った四肢を取り戻す事は出来ない。かつてそれを成功させたのは『戻る』という加護を持った女性で、当時精霊に祝福された聖女と呼ばれたそうだ。それ以後、『戻る』という加護持ちはいても四肢を取り戻す事の出来る人は現れていない。
たぶん、腕を戻せなくとも一命をとりとめられればと考えているのだと思う。
なんだこの状況。やばい。吐きそうだ。だが仕事終わりで胃液ぐらいしか吐けそうにない。荷物扱いされたせいで腹とか胸とかじくじく痛い。
いやいやいや、そんな事考えてる場合じゃない。
おそらく、出来ると仮定したとしても今の私の魔力では腕を生やすなんて大それた事は出来ないだろう。魔法の存在に浮かれて小さい頃から訓練を続けていたのでそこそこの魔力はあると自負しているが、あくまでもそこそこ止まり。魔法省に入るエリート並みの潤沢な魔力があるわけではない。グレイグの歯を生やした時もかなり持っていかれたので、正直なところ腕をとなるとどれだけ持っていかれるのか想像すらつかない。
いろいろと不安になる事は山積しているが、私は決断した。
「……魔力回復薬をありったけもってきてください」
「リーン!」
パッと顔を上げたグレイグ。
その後ろで別の騎士が「魔力回復薬の追加を!」と指示を飛ばしている。
「そちらのお二方は治癒系統の加護ですか?」
「カイトは『止める』、メティールは『癒す』だ! どっちも下手!」
振り向いて止まった馬車の中で必死に治療していると思われる二人に聞くと、大きな声で教えてくれるグレイグ。教えてくれるのはいいが、下手は余計だ。集中の邪魔になるような事を言うんじゃない。
グレイグの手から自分の手を引っこ抜いて、「失礼です」と脳筋の頭にチョップを入れてから両袖をまくり上げて目の前に水の球を作ってそこに手を突っ込み水流で両手の汚れを落とす。
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