第一章 辺境の地にて

第8話 ハゲの女神(笑)はミラクルを起こす①

 暑苦しい黒子の装束を脱ぎ捨て、クルクルとまとめて袋の中に突っ込み、いつもの下っ端役人の制服である上から下までグレーのロングスカート姿になった。


 そうして素知らぬ振りをして職場へと戻ると、休憩時間が長いと上司にお小言をもらい席に座って仕事に取り掛かる。


 私の仕事は地方からあげられてくる税収の確認で、早い話がちょろまかしていないかという確認だ。


 この国は封建制と絶対君主制の狭間(もしくは制限君主制?)にあるような状態で、領土を与えられた土地持ち貴族が構成している議会と、司法や行政の官職についている法衣貴族から成っている。権威的には一応王が一番上なのだが、最近は議会の権力が大きくなってるらしいと耳にする事がある。


 ま。そんな大きな権力闘争は下っ端には関係ないので、私はせこせこと蟻んこのごとく働いているわけだ。


 具体的には前年度との比較と天候や害虫の要因を加味したり、その地方の経済状況を確認した上で数字におかしなところが無いかを見るのだが、この作業とてもパソコンが欲しくなる。グラフを使えば一目瞭然だったりする事も、数字だけが並んでいると上滑りしそうで結構大変で……

 誰かグラフを発案して導入してくれないものだろうか。自分でやると目立って攻撃の対象になるので絶対にしないけど。

 私は長いものには巻かれるタイプである。


 日暮れごろまで数字と格闘し、しょぼしょぼする目元を揉んでその日も業務を終えて宿舎へと戻る。

 幸い明日は久しぶりの休日。ここのところ連日で特殊業務をしていたので、今日はご褒美にパンケーキと言う名の小麦粉焼きでも作ろう。砂糖なんて高価で沢山使えないのです。悲しい。でもちょびっとはちみちかけよう。あと苺でも生やすか。それぐらいの贅沢はしたい。っていうか、たぶんあの宰相、絶対私の力を使って袖の下を貰っていると思うのだ。私の方には一銭も入ってきていないのがむかつくが、それを言ったら暴露される可能性があるので泣き寝入りするしかない。あぁ、むなしいかなサービス労働。


 石造りの宿舎の階段を上っていると、下からガチャガチャとすごい足音を立てて駆け上ってくる気配がした。

 役職が下っ端で身分も下の下な私なので、嫌味でぶつかられることはしょっちゅうある。

 こんな階段でそれをされるとシャレにならないので、そっと脇に避けて上っていると私の横をすごい速さで駆けのぼっていく騎士の姿が見えた。


 重たい金属の音がするブーツに、略式っぽい騎士服に軽鎧姿。翻った短い緑色のマントにあれ?と思った。


 ここ王都の騎士は、王家のシンボルカラーである青いマントをしている。それは王直轄の王立騎士団の所属である事を示しているのだが、緑色となると所属が違う事になる。


 緑ってどこだっけ? と思いながらぼーっと階段を上りきり、部屋がある廊下を歩いていると前方からまたガチャガチャ言わせて先ほどの騎士が走ってきた。

 また端によけてぶつからないようにしていると足音が止まった。


「リーンか!?」

「?」


 いきなり呼ばれて前を見れば、くすんだ短い金髪をした精悍な青年の顔が目の前にあった。

 思わず仰け反ったら、がしりと両腕を掴まれた。


「やっぱりリーンだ! 頼む来てくれ!」


 と言いながらその騎士は返事を待たず私を肩に担いで走り出した。


「ちょ、ぐぇ」


 固い鎧の肩当てが容赦なく私の腹に食い込んだ。抵抗のての字も出来ない早業だ。これでも護身術には定評があるのに。

 しかしなんかどっかで聞いた事がある声だと思って必死に身体を捩って見れば、その顔には確かに見覚えがあった。ちょっと記憶にあるよりも顔立ちがシャープで精悍になっていたので繋がらなかったが、よく見ればわかる。


 グレイグ・ダルティン。お隣の領地、ダルティン子爵の第二子にして私の二つ上の幼馴染。私が頭突きで前歯を折ってしまった男だ。


 しかしグレイグは辺境伯領のところに就職した筈では? 何で王都こんなところに? と思って、目の前でヒラヒラしている緑のマントの所属を思い出す。緑のマントは辺境伯領の騎士団だ。

 という事は、グレイグは確かに辺境伯の騎士であるという事だ。わけがわからない。


 そんな事を考えていたのだが、階段を高速で駆け下りその辺の木に括り付けてあった馬に放り上げられそのままものすごいスピードで連れていかれて、悠長に尋ねる暇などなかった。


 担がれたせいで腹は痛いは、とんでもない恰好で馬で運ばれるわ(布団を干すように馬の背にうつ伏せで乗せられて、腰辺りの服を上から落ちないように引っ掴まれた。下手に動けば即落馬の恐怖であるし、絶えず胸腹部への打撃が与えられるという拷問のような乗せ方だ)、仕事終わりの疲れた身体には酷な搬送方法に私はもう意識が飛びそうだった。か弱い令嬢になんて事しやがる。


「グレイグ!? お前どこに行ってたんだ!」


 不意に聞こえた第三者の声にバウンドする馬上で必死に舌をかまないよう顔をあげると、グレイグと同じような恰好の騎士達が見えた。

 しかもなんだか皆様殺気立っているようで、隊列を組んでどこかへ移動中と思われるのに抜き身の剣のままあたりを警戒している様子まで見受けられる。

 というか既に城下を抜けて街の外に出ていたらしい。門はどうやって抜けたんだ? そしてどこだここ。近くのナダ草原か?

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