第7話 吾輩はハゲの女神(笑)である⑦
状況を理解した私はそこから考えた。
まず、私自身が水浴びをする事は誰にもバレなければ問題ない。
石鹸などの衛生用品は存在しないため入手する事は出来なかったが、六歳から学んだ基本魔法によっていつでも水を生み出せるようになったので、そのおかげで大分衛生状況は改善した。
しかし私以外の人間はというと、そうもいかない。
母は理解しているので水に対する恐怖心は無いようなのだが、父と兄はどこでポロリとこぼしてしまうかもしれないので、母はこの二人に過去の事実を伝えないでいたようなのだ。五歳児の私によく明かしたものである。
母曰く、今現在誰が本当の事を知っているのかは定かではないらしい。
おそらく当時王を支援していたフィルド辺境伯家と、アイリアル侯爵家は確実に把握していると思われるが、それ以外はさっぱりだった。
ではどうするか。
過去の伝染病の原因が水では無かったという事実を明かす事は危険なのでなしとして、別方向からのアプローチをしてはどうかと私は考えた。
そう、現代社会でお馴染みの科学の出番だ。
目に見えない細菌が存在し悪さをするという事は間違いないと思ったので、その目に見えない細菌を誰でも目視出来るようにしてしまえば、過去の伝染病とは関係なく、安全な水とそうでない水の存在を知らしめる事が出来るのではないかと考えたのだ。
結果から言うと、とーっても難しいという事がわかった。
まず目視できるように顕微鏡をと思ったのだが、だいたい千倍ぐらいの倍率が必要だと思い魔法で実現しようとした時点でとん挫してしまった。
一応、数年にわたって魔法を自主訓練し、接眼レンズと対物レンズを整形する事は可能になったのだが、千倍の倍率を可能とするレンズを作る事はついに出来なかったのだ。
だがどうしても私は諦めきれなかった。
何故ならこのトイレ地獄と匂い地獄。今はまだ実家にいるから好きにさせてもらえるが、もし万が一都市部の貴族に嫁いだとしたらどうだろう。うちの貧乏具合からいって限りなく低い確率ではあるが、もうしそうなったら?
まず間違いなく水に触れる事は制限されるだろうし、トイレも窓からポーンだ。
おそろしい……とてつもなく、おそろしい……
何かないかと考え抜いた末に、私は母に十四歳から入る事が出来る王都の貴族学校に入学したいと願った。
女である私が入学可能たったのは、かつてこの王国に優秀な女王が即位して女性の登用を認めた歴史があったからだ。そこから女性も学を得る事が認められて、今にいたっているのだが、私はその学校で何か見つける事が出来ないかと考えたのだ。
実は兄もこの学校に入学する予定であったので、私もとなると金銭的に非常に心もとなかった。なので母は申し訳なさそうな顔をして首を横に振った。
だが私は諦めない。諦めてなるものかと、己の『生やす』力を最大限に使って、希少な花を咲かせて隣の領の市場で売りさばいて小金を稼いだのだ(良い子は真似をしてはいけない。バレたら普通にその領の領主に罰せられる。他領の人間が販売する時は販売権というものを買わなければならないのだ)。
母はお金をこさえてきた私に呆れた顔で頷いてくれた。たぶん、止めたら何をするかわからないと思ったからではないだろうか。今ならそんな風に想像できる。当時はいろいろやったから……
そうして十四歳で王都の近くにある学園へ入学し、基本的な学問から礼儀作法、基本魔法の訓練を粛々とこなしていきつつ、図書館の本を読み漁った。
そうしていきついたのが、隣国のマートナン王国を挟んだ向こう側、ヒルタイト王国の上下水道の技術だった。
なんだよ! ちゃんとした上下水道の技術があるじゃんか! と、私は誰にともなく憤慨し、ヒルタイト王国について調べていった。
そこから思いついたのが、わが国の治水技術の向上だ。
うちの王国は大きな川に挟まれていたり、領土を縦断する形でいくつもの川が流れているので、水害対策にかけてはかなり金をかけて真面目に取り組んでいる。だが上下水道の考えは全くなっていない。
おかげで小規模な流行り病がポツポツと今でも起きており、これを改善するにはどうしたらいいかという議題が内務省の中でずっと挙げられているらしいのだ。
なので、私は内務省に入って治水担当へ行けたらヒルタイト王国に視察と称して高跳び――もとい、むこうの上下水道の設備の確認と、それによる公衆衛生の状況をまとめてそれをこちらに取り込めないかと考えている。
そのために必死こいて勉強して試験に受かったのだ。
で、それからどうなったかというと、冒頭に戻るというわけだ。
現在、私ことリーンスノー・ジェンス十六歳は、内務省の下っ端としてこき使われ、そしてハゲコミュニティからはハゲの女神として崇拝されているという謎の状況におかれている。
そうそう、最近ハゲコミュニティではわざとカツラをずらして地毛をチラ見せするのが流行っているらしい。
じゃあとれよカツラ。と見るたびに突っ込みたくなる今日この頃だ。
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