第6話 吾輩はハゲの女神(笑)である⑥
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罹患した親と罹患していない子を引き離す。
どうかこの子だけでも救ってくれと懇願する者を押しとどめた。
どうして私達がこんな目に合わなければならないのだと罵倒する者がいる。
たった一人で家族に見守られる事もなく死んでいく幼子を遠くからただ眺めた。
ことごとくを燃やした。
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明確に気持ちを記している訳ではない。それでも前半では記されていなかった細かな事がぽつぽつと記されており、そこに苦悩が透けて見えたのだ。
祖父を支えていたのは幼い父の存在だったそうだ。母が祖母から聞いたらしい。
後ろの領地に幼い父がいたから、何を言われてもどれだけ罵倒されても非難されても、ここで食い止めなければ家族に被害が及んでしまうと耐えていたそうだ。
家族のために他の人間を犠牲にする。そんな利己的な己を嫌悪しながらも祖父はずっと前線に立っていた。
祖父が悪いわけではない。逃げてきた人が悪いわけではない。どうしようもない状況でもがき苦しむ姿がありありと日記から浮かび上がり、五歳の私には苦しくて仕方がなかった。
読む手を止めそうになると母に最後まで読むように言われてしまい、喉元から胃にかけて鉛が詰まったような心地で読み進めた。
転機が訪れたのは王都周辺が封鎖されて八年目の事だった。
伝染病の原因が王宮の研究者たちによって解明されたのだ。原因はババズ。日本でいうところの大きなネズミだ。
どうやら山脈を挟んだ向こう側、神聖エクイド帝国からミリアネス教という教団が当時布教しにやってきたらしいのだが、おそらくその時隣国のブラムナーヴァを経由した際にそちらの高山地方のババズを一緒に連れてきてしまい、保菌していた細菌にこちらのババズが感染して人間への橋渡しをしてしまったのだろうという見解だった。
よくもまあ感染ルートまで割り出したものだと思う。現代日本であっても、感染ルートなんて早々割り出せるものではない。そこはおそらく『視る』系統の加護持ち達の努力があったのだろうと思われた。
そこから王都周辺では残っていた貴族籍の人間でババズを根こそぎ焼き殺して回り、研究者によって作成された消毒剤によって何度も何度も繰り返し消毒が行われ、王都周辺での発症者が完全に途絶えたところで封鎖が解除された。
それは封鎖から十年後であった。
読み終えた私は、状況的に考えて治療薬もなく、よく十年で収束させたと思った。
おそらく地球でいうとろのパンデミックが起きてもおかしくない状況だった。
それから、あれ?と違和感に気が付いた。
その日記では、きちんと原因がババズであると書かれている。
水ではないのだ。確かに水も衛生状態が悪ければ伝染病を媒介するものになってしまうが、この事が水を怖がる今の状況と結びつくのは何か変だと思った。
違和感を覚えた私に母は語った。
このババズが原因だったという事は、完全に伏せられ何故この伝染病が収束したのかも語られる事はない。それはアイリアル侯爵家が王都周辺を救うために支援を続けた事で力を失い、敵対派閥であるミルネスト侯爵家が台頭したからだと。
先王であるダリウス王が崩御したのは終息宣言を行う一年前。同時にずっと支援し続けていたアイリアル侯爵家の当主も亡くなったため、ミルネストの台頭を止める者が居なかった。フィルド辺境伯もアイリアル侯爵家を支援していたので金銭的に厳しく、王都再建を掲げたミルネストを阻む事は出来なかったそうだ。
ミルネスト侯爵は、当時十八歳のリューシュ王子を王に据えると宰相となりこの国の舵を取った。その中で、先王ダリウスが行った被害を最小限にとどめる施策や原因となったババズの掃討、消毒の徹底といった功績をことごとく無かった事にした。
それはダリウス王の子であるリューシュ王の求心力を削いで自分の思う通りに国を動かしたい思惑があったためであるが、そのせいで当時流布していた水が感染源だという流言飛語が根強く残ってしまったのだ。
母は、だから原因を知り水を恐れない者はミルネスト侯爵の目ついてしまうのだと言った。
そう、ミルネスト侯爵だ。おわかりだろうか。
私がハゲコミュニティの元締めとして対応を求めた相手がこのミルネスト侯爵なのだ。まぁ当時のミルネスト侯爵とは代替わりしており息子が宰相職を継いでいるのだが、侯爵家として水を恐れない者を監視している可能性はまだある。
だから私は恐怖でハゲるかと思ったのだ。
とまあその辺の諸事情は置いといて、この時母は遠まわしに水浴びしたいと言った私にそれはまず出来ない事だよと言ったわけなのだが、私は諦めなかった。
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