第5話 吾輩はハゲの女神(笑)である⑤
前世を思い出してすぐの私は混乱していたが、これはやべえところに転生してしまったと察した。
だが幸いにて田舎貴族の我が家では道端に捨てるという事はなく、決めた場所に穴を掘ってそこに捨て――というか集め肥料にしていた。農村部ではこの手法がほとんどだったので、実は都市部よりもかなり衛生的であった。
だがしかし現代の感覚からすると水に触れない生活というのは容認できない。
風呂につかりたいとは言わない。せめてシャワー、水浴びをさせてくれと魂の底から思った。
なので、我が家の実質的権力者である母に前世を思い出してから聞いた。どうして水に触れると病気になるのかと。
そう。この国は水を極端に恐れるのは、水に触れると死に至る病にかかると思われているからなのだ。
私からすると、煮沸すればそこまで恐れる事はないのではと思っていた。実際、食事だって水を使うわけだし。
母の回答は一冊の本、祖父の日記だった。
思えば、この時すでに母は私がこれまでの私とは違う事に気づいていたのだろう。だから祖父の日記を私に見せたのだと思う。というか、そうでなかったらとんでもないものを五歳児に見せた事になるのだ。
私の祖父は私が生まれる前に亡くなっている。祖母も同様だ。
日記は王国歴であるレリレウス歴の609年、当時627年だったからその18年前から記載されていた。
何気なくページを捲り、飛び込んできた文字に私は息を呑んだ。
王都、伝染病により陥落寸前。
思わず母の顔を見れば、厳しい顔をしていた。
急いで日記に視線を戻して読み進めていくと、現代の日本の感覚になっていた私からは想像も出来ない状況がそこに記されていた。
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レリレウス歴609年、王都に謎の伝染病が発生。ダリウス陛下は王都に近い三つの都市部を含めて周囲一帯を完全に封鎖するよう下命。
それに伴い、封鎖の補助を妃殿下の生家であるアイリアル侯爵家に要請。アイリアル侯爵家はこれを許諾。
同時に、諸侯に対して王都並びに周辺都市部から外へ向けての人と物の流れを完全に遮断するように要請。伝染病を恐れていた諸侯はこれを許諾。
我がジェンス男爵家にはフィルド辺境伯より『視る』という加護持ちである私と『阻む』という加護持ちである妻の人物流遮断の支援要請が入る。
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祖父と祖母は、伝染病が流行っている地域からの流出者を阻む役割を求められたようだった。
祖父の『視る』という加護は伝染病に罹患しているか否かを判別し、祖母の『阻む』という加護は広範囲にわたって物理的に流入を阻害する力を持っていた。
祖父や祖母だけではなく、他の領地においても類似の加護を持つ者達で対策が取られ、安全だとみなされた人物だけが荷物も何もかもそこに置いて衣服すらその場で着替えさせられて脱出する事が出来たようだった。
それが叶わなかった者は、対応した領地によってまちまちだったようだが祖父のところでは隔離テントのようなものを設けられてそこに留められたらしい。
逃げてくる人は、段々と増えて隔離テントもすぐに一杯になってしまい暴動が何度も起きた。その都度貴族が魔法で威嚇して無理やり黙らせ、奇跡的に回復して安全だと判断された者だけが命からがら通されるというような状況が続いている。
時系列にそって淡々と書かれている内容が現実離れしていて、けれどしっかりとした直筆の文字に事実だと突きつけられているようだった。
祖父のもとには、『観る』という大きな範囲を見渡す加護を持っているものがいた。その彼はかなり遠くまで見通す事が出来るようで、王都の様子もフィルド辺境伯に報告する役割を担っていたそうだ。
時系列が進んでいくにつれ、淡々と書かれる文章の間にその彼が見たと思われる王都の光景が書かれており読む手が震えた。
詳しい事を語るのは今でも抵抗がある。とにかく人の死という最期すら尊厳が守られる事なく、無造作に転がっていた事だけを記しておく。
時の王ダリウスは、私の代では冷血王と呼ばれている。
十四歳から入学した学園でもそう教えられたが、詳しい事はぼかしてあった。とにかく、残虐非道で民に無体を強いて数万の命を奪ったのだと。
都市部を封鎖してその他を守ったのだ。それはすなわち都市部を見殺しにしたという事にもなる。つまり、そういう事だ。
ダリウス王がどんな気持ちでいたかは知らないが、かなり冷静に合理的な判断をした事だけは確かだと思う。非人道的であるとかその辺は抜きにして。
日記の後半になると、時系列とは別にぽつりぽつりと祖父の心情がこぼれる落ちてしまったかのように少ない文字で記されていた。
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