第2話 吾輩はハゲの女神(笑)である②

 なんとか官僚試験に合格した後、内務省の下っ端として務め始めて三か月程たったある時、私はくらーい雰囲気に染まっている同僚に気づいた。

 その同僚は何度も試験に落ちて、それでもあきらめずに頑張って今年合格した努力家だ。そのため私よりも年齢は随分上だったが勤務態度は真面目で、貧乏男爵の娘である私などにも優しく接してくれるとてもいい人だった。

 仕事を終えた仕事部屋で何度もため息をついている同僚に、どうしたのかと尋ねると彼は最初は何でもないと弱った顔で笑った。

 どう見てもなんでもある顔だった。


 私は同僚以外の人間が帰った後に詰め寄った。職場の良心とも言えるその同僚が万一辞職したりなんかした日には発狂しそうな自信があったのだ。

 表向きこの国は能力重視で仕事が決まるとされているが、その裏は完全なる男社会。あぁ素直に「実力があればこの国を変えられるのね!」と期待に満ちていた学生時代の私に言いたい。現実を見ろと。学生時代ですらその風潮はあったではないかと。


 脱線した。


 話を戻そう。

 とにかく私は同僚の心配事がどうしても気になって半ば脅すようにしてその内容を聞きだしたのだ。その結果、判明したのは薄毛の悩み。


 ちなみにこの世界の男性はほとんどクラシカルな音楽家のようなカツラを被っている。何故かというとこの同僚のような悩みを持っている者が多いからだ(と、勝手に想像している)。

 何故ならこの世界、いや、この国周辺だけだと思うが極端に水を恐れる風潮があるのだ。


 イメージがつかないと思うので、一般的な貴族の習慣をお伝えしよう。

 この国の貴族は朝起きると固く絞った布で顔を拭き、ご飯を食べてごく少量の水で口をゆすぎ、トイレの後も固く絞った布で手を拭き、おやすみなさいの前に固く絞った布で身体と頭を拭く。以上水との接触終わり。

 洗濯や炊事など大量に水に触れる仕事は身分の低い、つまり平民の仕事とされている。

 ちなみに上級貴族になってくると清拭に使う布も水で濡らすのではなく香油を垂らして使うらしい。


 そらぁあなた、フケだらけの虱だらけのぎっとぎとで環境最悪、ハゲるわけだわと言いたいところだが、水を恐れる理由も知っているのであまりそこを突っ込む事も出来ない。かくいう私の父もぎっとぎとで薄毛だ。


 話を聞いた私は普段は隠されている同僚の薄毛を見て思案した。

 ロココなカツラで隠れているわけだし別にいいのではないかと。他の人たちも同じなのだから別に同僚だけが気にする必要もないのではないかと。

 だが同僚は私の表情に気づいたのか、「実は―—」と続けた。

 同僚の妻が最近嵌っている小説で、そこに出てくる地毛がさらさらの男性に憧れているらしいと言うのだ。


 私はドッキーン!とした。


 ものすごく身に覚えがある話だったのだ。


 何を隠そう、私は学生の頃にとある活動をしていた。

 その名もずばり「水は怖くないですよ~」布教活動。

 その活動の一環として素性を伏せていろいろな本をとある出版社に売り込んだのだ。冒険譚からロマンスまで幅広く取り揃えてみたのだが、その時はあんまり売れなかった。大々的に本の宣伝をするのもいろいろと障りがあったので密かに売り出したせいもあるが、やはり水に対する潜在的な恐怖が根強くて「何を言ってるんだ?」みたいな反応だったのだ。


 だが最近、ロマンス小説の方が少し売れだしているという話を出版社から聞いていた。どうも水云々よりも、格好いい男性が王子様のように女性を口説くシーンが若い女性に嵌ったらしく、じわじわと口コミで広がっているとかなんとか。


 それがまさか同僚の悩みの種になろうとは。

 いや、まぁそういう事を気にしてもらえる切っ掛けになったのなら目的に近づいている気もするが、いやしかし同僚が苦しむのは本意ではない。というか、奥さんもそこまで嵌るならちゃんと頭を洗うシーンを読んで理解してほしい。全ての水が怖いものではなく、特定の水が怖いだけだときちんと書いた筈なのだが。


 と思いつつ、私は同僚に洗髪の必要性を語った。もちろん同僚は「そんな!水で!?」と青い顔をしていたのだが、全ての水が~と説明を何度か繰り返すと少なくとも魔法で生み出した水は危なくないと理解してくれた。洗髪剤などは残念ながら無いので塩とぬるま湯、あと酢で優しく丁寧に洗うやり方を伝えると早速やってみると言われて、実際同僚はそれを実行した。

 香油をつけない事も伝えていたので、頭皮環境はそこそこ改善したように見られたが事は薄毛の悩みだ。やはりすぐに効果が表れる事は無かった。


 意味が無いのではないか、やはり水に触れるのはまずいのではないか。そんな気持ちが同僚の顔からありありと読み取れるようになるまで数日とかからなかった。


 私は悩んだ。元々は私が撒いた種である。そのせいで同僚が思いつめようもんなら私は自責の念に堪えられる自信が無かった。

 なので私はおもむろに言った。「あなたの頭に触らせてください」と。


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