第3話 吾輩はハゲの女神(笑)である③

 唐突に何を言っているんだという顔になる同僚(婚約もしてない男女がエスコトート以外で接触するのは破廉恥というのが貴族の一般常識なのだ)に、私は説明した。

 私の加護は『生やす』というものなのだと。草やら花やらを『生やす』のが力なのだが、実は植物以外を生やしたことがあるのだと。


 学生時代、お隣の領地の幼馴染の前歯を不幸な事故で折ってしまった事があったのだ。幼馴染は口からだらだら血を流し、私は焦りまくって思わず幼馴染の口を引っ掴んで叫んだ「生えろ!」と。そしたら生えた。にょきっと。


 いやぁあの時は焦った。何しろ幼馴染といえどあちらは子爵家のご子息なのだ。上位の家の子の前歯を折ったとかどんな賠償をさせられるかたまったものでは無い。幸いにして幼馴染は細かい事を気にしないタイプだったので、己の歯が生えたと理解するとぺっと血を吐きだして気にするなと言ってくれた。それよりもいい頭突きだったと褒められた。思い返して見てもあいつ脳筋だなと思う。今はたしか辺境伯のところの騎士団に所属してるんだったか。


 とまあそんな事があったので、たぶん髪も生やせると思ったのだ。

 同僚は神妙にしている私を見て、本当の事だと理解したのかそっとその薄毛の頭を差し出した。妻よ、これは不倫ではないと呟きながら。


 カツラでむれてぴっとりと髪が張り付いている頭を差し出され、そんな事を呟かれる私。ものすごく物言いたい気持ちになったが飲み込んだ。

 そして頑張って手を伸ばした。私だって触りたくて触るわけではない。とっても残念な事に、私はどう頑張っても触れないと生やす事が出来ないのだ。己のコントロールの甘さが恨めしい。


 葛藤の末にぺたりと薄い頭に手を置いて、イメージして生えろと願う。


 するとどうだろうか。私が手を触れたところからふぁさーと髪が生えたのだ。


 頭部の違和感に気づいた同僚が手を上げて頭を触り、まさかという顔になった。

 私は手を離してこっそり制服であるグレーのロングスカートの裾でぬぐいつつ厳かに頷いた。同僚はすぐさま窓に駆け寄ってガラスにうすーく写っている自分の姿を確認した。そして泣いた。滂沱の涙だった。よっぽど悩んでたんだなと申し訳なくなった程だ。


 見た目が三十代後半から二十代後半に若返った同僚が落ち着いてから、私は自分の加護の事は秘密にしている事を伝えた。一応希少な部類の加護なので、目をつけられたくないのだと。

 話を聞いた同僚は快く秘密にしてくれることを約束してくれた。だからこの時、この話はこれで終わりだと思ったのだ。


 私は、ハゲのコミュニティを侮っていた。


 数日後、髪はふさふさになったが儀礼的な意味でカツラを被っている同僚が深刻な表情で私に近づいた。

 曰く、圧力を受けていると。

 

 なんと同僚はハゲコミュニティなるものから、どうやってふさふさにしたのだという尋問を受けていた。しかもそのハゲコミュニティに並ぶお歴々はそうそうたるメンバーだった。男爵家の私が逆立ちしたって敵わない相手である。というか、同僚も子爵家の人なのによくもまあ耐えたものであると逆に感心した。


 素直にそう言うと、同僚は疲れた顔で道義に悖る事は出来ないだろと言った。

 同僚が私の素性を明かしてしまうと家経由で無理やり命令されてしまう可能性が高く、そうなったら私は内務省の下っ端という仕事どころではなくなってしまう。同僚は私が内務省の治水担当に行きたがっている事を知っていたのだ。目標としている事があるのに、こんな事でそれを邪魔しては申し訳がないと謝られた。


 たかが男爵家の娘に頭を下げる同僚は、本当に出来た人間だ。だから私は苦笑してそれを受け入れて、実際問題どうするかに頭を悩ませた。

 このまま同僚が無言を保つ事は無理だろう。そこは貴族社会なので向こうが本気になったら同僚など一瞬で吊るされる。それこそ物理的にだ。この世界はかなり物騒なのである。

 だから素性をばらすという方向性は確定した。だが、それをどうばらすかによって被害が留められる可能性があると私は睨んだのだ。


 そして悩み抜いた結果、私はとある賭けに出た。

 同僚にハゲコミュニティで一番上の身分の方との密会をセッティングしてもらい、直談判したのだ。

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