7.記憶の彼方
木田とメイの姿を見つめながら、オレの心臓が飛び跳ねるように、鼓動を強く打つ。
「ここは王様と花嫁さんの結婚式場所だ」
平太郎さんがそう言って、オレを見る。
「タク!」
翔太がオレを呼び、今、メイがハッとしたように、オレを見た。
「うわぁ、タク、酷くやられちゃったねぇ」
「お前はキャベツ太郎でうまく逃げたな」
「作戦勝ちっしょー!」
笑う翔太に、オレも笑いながら、メイと木田を全く気にしてない態度をとる。
「みんな無事のようだ」
平太郎さんは、滿井や田辺、眉毛犬っコロも見て、そう言うと、
「ここを早く離れよう、王様が来るかもしれない」
と、スタスタと来た道を戻っていくので、オレも足を引き摺りながら、平太郎さんに付いて行くと、オレの腕を持ち、その腕を自分の首に回し、肩を貸してくれる翔太。
「サンキュー。さっきまで平太郎さんが肩を貸してくれてたんだけど、なんか悪い気がして、一人で歩けるって言ったんだよね」
「ボク相手なら、気を遣わないって?」
「まぁね」
「いいの? メイちゃん」
突然、そう聞いた翔太に、良くはないが、
「いいんじゃないの、オレ、全然ダメだったし、一人、こんなやられてカッコ悪ぃし」
と、卑屈な台詞を吐いた。
背後から、滿井と田辺とメイの会話が聞こえる。
木田は眉毛犬っコロと一番後ろを歩いているようだ。
花の森を抜けると、また同じ桜の木の場所に出た。
道を間違えたのか、平太郎さんはまた来た道を戻り、別の道を行くが、どこへ出ても、何度戻っても、桜の木の場所に来てしまう。
花の森の中、迷ってしまったのかと思っていると、微かに聞こえていた筈のピアノの曲が、突然、大きく鳴り響いた。
「・・・・・・サツキさんの時と同じだ」
平太郎さんがそう呟いた。
「サツキさん?」
オレの問いに、
「前の花嫁の名前だよ。サツキさんと俺は手を取り合って、花の森を逃げたが、どこを逃げても、この場所に辿り着いてしまって、そして、ここで——」
桜の木の影から出てきたのは、黒いスーツを身に纏い、体は人間だが、蝶ネクタイをした首から上は、鳥の頭をしていて、羽毛も黒いので、全体的に真っ黒な鳥。
カラスだろうか?
そして、片目に眼帯をしている。
「鳥人だぁ!!!! すっげぇ、初めて見た!!!!」
と、大喜びの翔太。
翔太、オレは鳥人じゃなくても、この世界では、初めて見るものばかりだけどな。
「わたくしは王様と花嫁の愛を見届ける役目を持つ、愛の言葉を誓い合う2人の証人です。さぁ、花嫁様、王様が来る前に純白の衣装に身を纏い、仕度をして下さい。アナタが愛を誓わなければ、化け物が現れますよ」
鳥人がそう言って、オレ達を見ている。
いや、目線がいまいち合ってないし、片目は眼帯で覆われているので、実際は見ているのか、よくわからないが、恐らく、見ているのだろう。
「化け物って?」
オレが尋ねると、鳥人は、
「聞きますか? 聞いたら、やって来ますよ?」
と、表情がないので、冗談なのか、本気なのか、口調も淡々としているのでわからないが、
「本当に来るぞ」
平太郎さんがそう呟くので、聞くのはやめると言おうとしたが、
「顔は6つあり、20の黒い眼と1つの赤い眼を持つ化け物だよ」
鳥人は、そう言った。すると、ズシンと大きな地響きが鳴り、またズシンと。
ズシン、ズシンと、地響きが近づいて来る。
滿井が悲鳴を上げると、田辺も悲鳴を上げ、眉毛犬っコロはキャンキャンと鳴き、平太郎さんは鞘に仕舞われた刀の柄を握り締め、木田はメイを守るように背後にやり、オレは翔太に肩を貸してもらっている為、翔太の体が硬直しているのを感じている。
恐怖が連鎖しているのがわかる。
「さぁ、花嫁様、どうしますか? 愛を誓う為、仕度をしてくれますか? それとも化け物にみんなが食べられるのを見ますか?」
「あの、アタシ・・・・・・」
メイが選択に迫られ、震えた声を出す。
「駄目だ、北川さん!」
木田が叫ぶ。
「そうよ、メイ! カエルの王様なんかと結婚したら、一生後悔するから!」
滿井が叫ぶ。
「メイちゃん、早まらないで!」
田辺が叫ぶ。
「わんわん、メイちゃんはオイラと結婚するんだ!」
眉毛犬っコロがドサクサに紛れて、そんな事を叫ぶ。
「戦えばいい。どんな化け物でも! もう二度と同じ過ちは繰り返さない! 戦うんだ」
平太郎さんが叫ぶ。
「でもアタシ!! みんなが食べられてしまうのは嫌!!」
メイが叫んだ。
「てか、早く逃げようぜ!?」
翔太がそう言うと、
「逃げても、ここに戻ってくる。どこへ逃げても、どの道を選んでも、何故かこの場所に辿り着いてしまう。化け物を倒さなければ逃げれないんだ」
平太郎さんがそう言った。
「それでも逃げるしかないだろう!! 6個も顔があるっつったら、ヒドラだろ! もしくはヤマタノオロチだ!! そんなドラゴン族と比べたらリザードマンなんてカスだぞ! リザードマンで苦戦してるボク達が敵う訳ないんだから逃げるしかない!」
翔太がそう叫ぶと、皆、リザードマンの意味さえ、わかってないだろうが、真っ青な顔で脅え出し、恐怖が増したのがわかった。
オレ達が恐怖で支配されていくのが、鳥人は、表情はないが、とても嬉しそうに見える。
オレ達が叫べば叫ぶ程、鳥人が本当に嬉しそうに見えるのは、オレだけ?
「アタシが!! アタシが誓えば、みんなは助けてもらえるの!?」
メイが鳥人に叫びながら聞く。
「北川さん!? 駄目ですよ!! 北川さんが犠牲になって僕達が救われても、僕達は嬉しくない!! ここは三澤くんの言う通り、逃げましょう!! もしかしたら逃げ切れるかもしれないんだから!!」
木田がそう叫ぶと、
「榛葉くんは重傷なのよ!! 逃げ切れる訳ないもの!!」
メイは誰よりも大声で、そう叫んだ。
確かにオレは翔太に肩を貸してもらってるし、重傷で、一番、逃げ切れそうにない。
みんな、シーンとしてオレを見る。
鳥人が、
「王様のペットになりたい者がいれば、その者は化け物の餌食にはなりませんよ」
などと言い出しているが、誰も聞いちゃいない。
メイ以外、皆、オレを黙って見ているだけ。
メイは鳥人をキッと強い眼差しで見ている。
その揺るがない瞳に、オレは、相変わらず、メイは、オレの事が好きなんだなぁと・・・・・・。
そして、ずっと黙っているオレに、
「タク、メイちゃん、お前が逃げ切れないだろうから、自分がカエルに愛を誓うって言ってるんだぞ、いいのか?」
と、翔太が、オレの耳元で小声で囁いた。
「——それでは、サツキさんと同じだ」
悲しく呟く平太郎さん。
オレは——・・・・・・
オレは鳥人を見ながら、
「サイコロじゃねぇの?」
そう言った。鳥人の口というか、嘴がパカッと開き、目も少しばかり見開いて、多分、それは驚いた顔だろう、鳥人は驚いている。
「化け物なんて存在しない。只、怖いものがサイコロだっただけ。オレ達がドラゴンだの何だの言えば言う程、只のサイコロはそうなっていく。オレ達の恐怖心を利用した心理作戦なんじゃねぇの?」
「タク? サイコロって?」
「顔が6つあり、20の黒い眼と1つの赤い眼を持つ化け物って、なぞなぞだったら、サイコロが答えだろ? でさ、アイツ、カラスだよな? しかも何故か片目に眼帯。それで思い出したんだ、目にサイコロを入れられたカラスの事。オレがまだ小学生の頃だったかな、片目にサイコロが義眼みたいに入ってるカラスがいるってニュースで流れた事があるんだ、確か、オレが住む県内で、そう遠くではなくて、更に高校の名前が出てたなぁって覚えてる。誰がそんな酷い事をしたのかってテレビで言ってたよ。結局、そのカラスがどうなったのか、オレは知らないけど、もしかして、そのカラスなんじゃねぇの? その日は、たまたま土曜日で昼に家に帰ったら、テレビがついてて、そのニュースをたまたま見たんだけど、カラスの目玉を抉り出してって話に、かなり怖くて、気持ち悪くもなって、昼飯を食えなかったから、なんとなく、忘れられない程、オレの中で怖い話のひとつになってるんだ。確かに、あの時のカラスなら、サイコロは化け物だよな」
ズシンズシンと響いていた地鳴りはなくなり、一気に、恐怖が支配していた空気が晴れていく。
鳥人は煙のように、オレ達がよく知っているカラスへと姿を変えると、逃げるように空高く飛んでいく。
「え? なに? ボク等、あのカラスに騙されてたって事?」
翔太がそう言うが、この世界は騙し合いのような世界だ。
オレは飛んでいくカラスを見ながら、小学生の頃に、あのカラスのニュースを見た時の感情を思い出す。
小学生なりに、オレはカエルをイジメた事がニュースになるんじゃないかって怖かった。
ニュースで、カラスの目にサイコロを入れるなど、卑劣な人間だと報道される度に、自分もそういう風に言われるんじゃないかと、ドキドキした。
だけど、カラスのニュースも直ぐに消えてなくなり、オレもカエルをイジメた事など、この世界に来るまで、すっかり忘れていた——。
ふと、桜の花びらが舞う中で、笑い声が聞こえ、気が付くと、セーラー服を着た女生徒達が、桜を見上げたり、通り過ぎていったり、楽しげに会話を楽しんでいたり。
全員、透き通る程に、透けていて、オレは、いや、オレ達は、只、そこで、立ち尽くしていた。
やがて、桜の木が葉桜へとなる。
女生徒達が楽しそうに、大きなテーブルを出してきて、そこにクロスをかけ、お茶会の準備をし始める。
5月だろうか。
焼き菓子をテーブルに並べ、ブーケのような可愛らしい花を飾っている。
そして、暑い陽射しが眩しい季節へとなり、女生徒達は半袖のセーラー服へと変わる。
枯れ葉舞う季節、桜の木は寒そうで、女生徒達も長袖のセーラー服になり、マフラーを巻いて、手袋をしている。
白い息を吐きながら、粉雪が舞う空を見上げる女生徒。
そしてまた桜の木に満開の花が咲く。
これは桜の木の記憶だろうか。
やがてセーラー服はオレ達が着ているブレザーへと変わる。
男子生徒もいる。
3人の女生徒が、オレの横に立ち、桜を見上げながら、何か話をしている。
その3人の女生徒を見た平太郎さんが、
「サツキさん」
そう言って、真ん中の女生徒に駆け寄るが、女生徒達は平太郎さんを通り抜けていく。
平太郎さんは振り向いて、
「サツキさん!!」
と、呼ぶが、女生徒達は会話を楽しんでいる。
「サツキさん!!!!」
更に、平太郎さんが呼ぶと、真ん中の女性は何かに気付いたように、振り向いた。
「サツキさん」
奇跡だろうか、平太郎さんが、微笑もうとした時、スーツを着た男性が、サツキさんだろう女生徒に近付き、サツキさんは笑顔で、その男性に話し出した。
恐らく、先生だろう。
サツキさんは平太郎さんにではなく、先生に振り向いたのだ。
平太郎さんは、笑顔のサツキさんを、切なそうに見つめる。
「・・・・・・サツキさんって平太郎さんのなに?」
翔太が小声で聞いた。
「サツキさんは、多分、10年前の5月のお茶会の事件で唯一、死体が見つからなかったという女の子で、この世界に肉体ごと迷い込んだ、前の花嫁さん。平太郎さんも、多分、この世界に肉体ごと迷い込んでしまって、この世界で人間という共通点の2人は恋をしたんだと思う。多分、世界で一番、切ない恋だったのかも——」
桜の花吹雪の中、サツキさんを見つめ続ける平太郎さんを見つめながら、オレがそう言うと、翔太はフーンと頷き、
「そっかぁ、この世界に迷い込んでなかったら、2人は絶対に出会わない時間の流れの中にいたんだもんな。サツキさんは10年前だろ? 平太郎さんはもっと昔の人間だもんな」
そう言った。
サツキさんの制服はオレ達と同じブレザー。
平太郎さんの制服は、桜の紋章のボタンの付いた学ラン。
オレ達の時代には、そんな制服はもう存在しない。
「絶対に出会わない2人が出会って、惹かれ合って、でも結ばれなくて、それでも平太郎さんは未だに好きなんだ。そんなに人を好きになれるって、かっこいいな」
オレがそう言うと、翔太は微かに頷いてみせた。
やがて、桜の記憶は終わり、オレ達は、只、桜の木を見上げ続けていた。
「行こう、きっと、もう迷わない」
平太郎さんがそう言うので、オレ達は、平太郎さんについて行き、そして、開いた窓を見つけ、そこから建物の中に入った。
行くと言っても、どこへ行けばいいのだろう。
1−Bの教室。
そこに入ると、
「見ろ、タク! ここ、ボク等が1年の時の教室だ」
と、翔太は、壁に、『榛葉 タクトここに見参!』『☆SHOUTA MISAWA☆』と、コンパスの針で掘った落書きを指差した。
「・・・・・・本当だ。オレの席はそこで、翔太はそこ、メイはあそこ、滿井はメイの斜め後ろだったな」
懐かしい。
まだついこの前の事なのに、数十年も前のような、いや、昨日のような、今日のような。
こんな風に感じるのは時間の流れのない世界にいるからだろうか。
木田と田辺は同じクラスではなかったから、いなかった。
窓から見える夕焼けの空。
生徒が少なくなって行く教室。
床に転がった消しゴム。
教壇の上に置かれた私物は誰かの忘れ物。
放課後になる独特の空気の中、オレ達は各々に感じる想いを抱く。
翔太はポケットからイヤフォンを出して、それを耳に入れて、スマホをいじり出し、窓際で音楽を聴き始める。
曲が微かに洩れていて、更に歌を声には出さずに口ずさむ翔太の口の動きで、BUMP OF CHICKENだとわかる。
滿井は黒板に落書きを始め、あの日もこうだったなと思い出す。
メイがオレに告って来た日。
あの日も、翔太はあそこで歌を口ずさんでいた。
滿井は友達何人かで黒板に落書きをしていた。
他にも生徒は結構残っていた。
オレも教室に残り、友達に借りたジャンプを読んでたっけ。
そんなオレにメイが近付いて来るんだ——。
『・・・・・・榛葉くん』
『なに?』
今日中に返さないといけないジャンプから目を離さず、声だけで返事をするオレに、
『ちょっと話があって』
メイが小さな声でそう言った。
『なに?』
ジャンプばかり見ていて、声をかけて来たのがメイだと言う事も知らない。
『あの・・・・・・ちょっと、場所を変えたいんだけど』
そう言われ、オレはやっと顔を上げて、メイを見た。
誰だろう?
同じクラスの・・・・・・名前知らねぇや。
そう、オレは、そう思って、面倒そうに、
『他の奴に頼んでよ、オレ、忙しいから』
そう言った。
それはメイがとても大人しい子で、同じクラスだとは知っていたが、オレの印象に残らなくて、名前も知らない女の子だったから、メイもオレに対して、その程度だと思って、だから、何か先生の用事か、掃除当番の話とか、そういう面倒な事を言われると思ったからだ。
オレはまたジャンプを読み始める。
だが、黙ったまま、突っ立って動かないメイに、
『だから、なに?』
面倒そうに尋ねると、
『好きです、付き合って下さい』
突然、そう言われ、オレはメイを見たまま、フリーズした。
だが、直ぐに解凍。
『無理』
そう言うと、オレはまたジャンプを読み始める。
暫く、メイは突っ立っていたが、オレも無視し続けたので、メイはいなくなった。
女の子に興味がない訳じゃないが、何かの冗談だろうと思ったし、他に好きな子がいた。
好きと言っても、多分、好きかもって感じで、特に真剣だった訳でもないが、よく知らない女の子に告られ、断る理由は、それで充分だろう。
それに、メイは、本当にオレの眼中になかった。
これがオレの本当の気持ちなんだ・・・・・・。
なのに、メイが立ち去った後、放課後、無意味に残ってた連中が、オレの傍に来て、
『榛葉、お前、北川ふっちゃうのー!?』
『メイちゃん、超可愛いのに!?』
『目立つタイプじゃないけど、見た目だけだと、学年で5本の指に入るよな』
『俺なら、絶対ふらない! 今の彼女と別れて絶対に付き合う!!』
『つーか、なんで榛葉なんだよ、おれの方が絶対にかっこいいって!!』
『大人しいから、付き合ったら確実に主導権握れるだろうしな』
『可愛いメイちゃんが、僕の言いなりなんて考えただけで興奮するよー!』
言いたい放題。
そんな可愛いの?
オレはメイを目で探し、そして、数人の女の子達に、『頑張ったよ』などと励まされて、慰められているメイを見つける。
確かに、よく見れば、目立たない容姿の割りに、すげぇ可愛い。
オレは次の日に、出席簿を確認して、彼女が、北川 芽衣と言う名だと知った。
そして、放課後、今度はオレの方から声をかけた。
『あのさ、昨日のアレ、無理っつったけど、やっぱ訂正する』
『え?』
『付き合ってやってもいいよ』
今、思えば、かなりの上から目線。
笑えるぐらい、カッコ悪い男だな、オレ。
まるで、あの時を再現したような放課後の雰囲気。
でもあの時とは違う。田辺も木田も平太郎さんも眉毛犬っコロもいる。
今、田辺は眉毛犬っコロを撫でていて、平太郎さんは、さっきの桜の木の下で見た幻影のサツキさんを思い出しているのだろう、教室には入らず、ローカで背を壁に凭れ掛けさせて、どこか遠くを見ているような目で、ぼんやりしている。
木田がメイに近付こうと、メイを見た時、
「榛葉くん、痛くない?」
と、メイがオレを見て言った。
オレの額から出ていた血も止まっていて、目蓋や頬に流れて落ちた血は瘡蓋になっている。
「・・・・・・変だな、肉体は元の世界に置いて来たのに、存在するってだけで、血も流れて、痛いなんて。まぁ、今更、頭で考えて理屈が通る世界じゃないとは知ってるけどさ」
「・・・・・・榛葉くんが助けに来てくれるなんて思わなかったよ」
「なんで? そりゃ助けには行くよ。助けられなかったけど」
「ううん、助けてもらったよ」
「なら、そういう事で」
「うん」
と、ニッコリ笑うメイに、
「そっちはもう怖くない?」
痛くないかと聞いてくれたから、そう聞き返した。
「怖くないよ、だって、榛葉くんと一緒だから」
「オレは怖いよ、メイと一緒だから」
「え?」
「わかったと思うけど、オレ、喧嘩とか強くないよ」
「え?」
「喧嘩した事ないし、戦う事はしたくない主義だし、競争も苦手だし、バカだしさ」
「・・・・・・」
「そんなオレがこんな世界で、メイを守れる筈もないからさ、メイを失うかもしれないって、メイと一緒にいるのが怖い。木田くんがいてくれて良かったよ、木田くんなら、頭もいいし、守ってくれるしね」
「・・・・・・」
オレはメイが好きだ。
凄く好きだ。
だけど、そう思うのは、この状況だからじゃないだろうか。
金曜の放課後、『またね』って、お互い、別れて、その後、普通にラインの返事も来て、月曜の放課後、また普通にオレ達は下校してたら、オレの気持ちは、こんな風に、メイを愛おしいと感じただろうか?
放課後になるとメイのクラスに行き、一緒に下校するという、同じ日が続いていたら、オレは、本当にメイを好きだと思って過ごして行けただろうか?
オレの放課後は義務になってた気がするよ——。
黙っているメイに、オレは言わなければと、ちゃんと言わなければと思い、
「メイ、オレ達、終わりにしよう」
始まったあの日に似たこの放課後の時間に、オレはそう言って、メイを見つめた。
イヤフォンを外し、翔太がオレを見る。
落書きをやめ、滿井がオレを見る。
眉毛犬っコロを撫でる手を止め、田辺がオレを見る。
そして、木田が驚いた顔でオレを見ている。
メイは、なんとなく、察していたのだろう、黙ったままだが、表情は普通だ。
「ごめん、オレ、なんとなく、告られて、なんとなく、メイが可愛いからって周囲の意見で付き合い始めただけなんだ。ソレを終わらせたい。メイには、そんな男と付き合ってほしくない。ちゃんとメイを好きで、メイと向き合ってくれる男と付き合ってほしい」
「うん、榛葉くんも、ちゃんと好きな子と、ちゃんと向き合って付き合って行ってほしい」
メイは悲しみを隠すように、無理に笑顔をつくって言うから、オレは、
「ごめんな」
謝るしかなくて——。
ううんと首を振るメイに、また謝るしかなくて。
こんな展開になるとは、オレとメイ以外は想像もしてなかったのだろう、翔太の間抜けた顔、滿井の怒ったような顔、田辺のポカーンとした顔、木田の驚きすぎている顔が、オレ達は公認カップルだったんだなぁと思わせた。
「い、いいのか、タク!?」
と、翔太が駆け寄ってきて、オレの耳元で、
「オ、オッパイ!」
そう言うから、
「は?」
と、翔太を見て、
「近い近い! 顔近いって! 離れろ」
と、翔太の顔を突き放すが、直ぐに翔太は近付いて来て、
「オッパイ、結構大きいぞ、もう触ったのか!? 触ってないなら触ってから別れるべきだろ! 勿体無い! 絶対に! 勿体無いから!」
そう言って来た。
本人はこれでも小声で言っているつもりだから、周囲に聞こえてないと思っているだろうが、確実に聞こえてます。
「三澤くん! そういう下品な事を言うのは止めて下さい!」
木田がそう言うと、
「はぁ!? 木田くんだって、デッカイオッパイは触りたいだろう!?」
と、翔太は木田を見る。
「さっ!? 触りたくないですよ!」
「え? 木田くんは、オッパイは小さい派?」
「い、いえ、そういう訳では——」
「やっぱデッカイ派か! ボクもさ! やっぱオッパイはさ、両手で鷲し掴みしたら、溢れるようなスイカップがいいと思ってる! タク、やっとボク達と木田くんの気の合う所が見つかったよ」
「そりゃ良かったな、だが、ボク達じゃなく、お前だけにしといてくれ」
オレがそう言うと、
「止めて下さい! 僕だって気なんて合いませんよ!」
と、木田は否定し、
「というか、三澤くん、女子がいる前で、そんな話、よくできますね、凄い勇気ですよ、アナタ——」
メガネを掛け直し、木田は、翔太を変な奴を見る目で見ながら、そう言った。
オレは少し笑いながら、
「勇者翔太だもんな」
そう言うと、
「ううん、ドラクエの主人公は『しようた』だよ。『よ』って小さい『よ』にしてなかったんだよ、途中で気付いて、もうレベル30いってたから、それでいいかって、しようたで結局クリア! だからボクの勇者は『しようた』」
って、別にドラクエの話じゃないけど、ま、いっか。
急に話が変わったなと木田も思ったようだが、オッパイの話よりいいと思ったんだろう、特に突っ込みもなく。
オレと翔太がゲームの話を始めると、木田はメイに近付いて、メイと話をし始めた。
暫く、オレ達は、この放課後の時間を、それぞれで過ごし、そして、
「帰るか」
オレがそう言うと、皆、頷いた。
放課後の時間が、オレ達を帰ろうと言う気持ちにさせた。
時計は16時44分。
後16分もすれば、下校の時間だ。
帰る準備をするには調度いい時間だろう。
「帰れるのか?」
平太郎さんが、教室に入って来て、そう尋ね、オレは少し考えながら、多分、帰れるだろうと頷いた。
「サツキさんは花嫁として、この世界に招待されたとしても、平太郎さんは、記憶にないだろうから覚えてないだろうけど、でも多分招待されてないと思うんだ。だって王様との戦いぶりを見ても、初めての戦いじゃなさそうで、王様も何度か戦ってるのか、平太郎さんの動きを見切ってたようだし。つまり、王様と戦ったりしてる平太郎さんが、王様に招待されたとは思えない。されてたら、とっくに、逆らう奴なんて追い返されてそうだし。だったら王様が開く扉以外に、平太郎さんが飛び込んだ扉がある筈。それで思い出したんだけど、七不思議に屋上への階段って言うのがあるんだ。平太郎さん、この建物の階段は上ってるのか下がってるのか、わからないんだけど、最終的に行き止まりになる階段はありますか? その壁を擦り抜けて行くって七不思議があるので、もしかしたら、その壁が王様の力なんて関係のない本物の扉なのかもしれません」
「・・・・・・行き止まりへと続く階段か。わかった、案内しよう」
平太郎さんがそう言ってくれて、オレ達は、みんなで帰る事にした。
帰るのが怖くない訳じゃない。
肉体がどうなっているのか、死んでいたら、オレ達はどうなるのか、この世界で存在しているオレ達が、元に戻る事は有り得るのか、いろんな不安が過ぎる。
それでも帰ろうと思ったのは、まだ帰る場所があると言う記憶を持っている内に、オレ達は、時間が流れ、記憶を積み重ねていく人間でいたかったから——。
「この階段の先は行き止まりだ」
平太郎さんが案内してくれた階段は下へと続いている。
「王様がキミ達を見逃すとは思えない。向こうも、花嫁を手に入れなければ、この世界が終わってしまうと必死だからな」
言いながら、刀の柄を握り締め、
「俺がここで食い止めてやろう」
そう言って、オレ達を見て、
「またいつか、会えたらいいな」
優しい笑みを見せる。
「平太郎さんも一緒に帰ろう!」
オレがそう言うと、平太郎さんは首を振った。
「俺はそっちへ戻れない。もうここの住人だから。それにここの住人達の天敵でもある俺がいなくなったら、奴等は本当にやりたい放題で、キミ達の世界に、もっと影響を齎してしまうよ。アイツ等は人間に近付きつつあるが、人間じゃないんだ。人間に対し、良く思っていない連中が多い。わかるだろう? キミ達の世界がどうなろうと、王様は知ったこっちゃない。それでも人間に近付きたいのは、人間への憧れもあるのだろう」
「憧れ・・・・・・?」
「あぁ、俺もキミ達に憧れるよ、友達っていいもんだな。人間は悪いばかりじゃない」
「でもこの世界、終わっちゃうんだろう? ここに残ってても消えちゃうんじゃないの?」
翔太がそう言うと、平太郎さんは少し俯き、だが、少し嬉しそうに、
「この世界で終わるなら、それがいい。サツキさんと共に終われる気がするから」
その台詞に、オレは物凄い愛を感じた。
この世界で、たった2人の人間だったからこそ、絆は深まったのだろう。
会う筈のない2人が、自らの命を惜しまない程に愛を感じ合い、だが、結ばれない運命に、苦しみながら、それでも消えゆく世界で、やっと呪縛から解き放たれる事に安堵さえある。
だが、そんな安心はまやかしだろう。
苦しいからこそ、もう安らかになりたいと思っている心の弱さ。
本当は、本当の願いは、終わりじゃない筈!
「オレ、終わらせませんよ、この世界」
そう言ったオレに、平太郎さんは顔を上げた。
「待ってて下さい。サツキさんだって、蘇らせますよ。その時はサツキさんを誰にも譲らないで下さい。失う事の方が怖いって気持ち、忘れないで下さい。オレ、頑張りますから」
「頑張るって?」
聞き返す平太郎さんに、
「待ってて下さい。ここは時間がないから、きっと直ぐです。直ぐに、会えますから」
オレは自信たっぷりにそう言って、じゃあと手を上げると、階段を下り始める。
「わんわん、メイちゃん、望ちゃん、オイラもここでお別れ」
眉毛犬っコロがそう言ったので、オレが振り向くと、メイと田辺が眉毛犬っコロに一緒に行こうと説得している。
「タク、平太郎さんにあんな事言って平気なん?」
翔太が、オレに近付いて来て、そう問うが、オレはわからないと首を振る。
木田が泣きそうなメイの肩を抱いている。
「本当にいいの? メイと別れて」
滿井が、オレの傍に来て、そう問うが、オレは、それもわからないと首を振る。
オレ達を見つけたカエル達がやって来た。
「行け! ここは俺に任せて!」
平太郎さんがそう吠えて、
「オイラも最後まで戦うよ!」
と、眉毛犬っコロも、ワンワンと吠え、オレ達は階段を走る。
下り階段は、気が付けば、上り階段になっていて、また気が付けば、階段を下っているオレ達。
下っていく勢いは止まる事なく、加速して行き、
「ちょっ、ちょっと、行き止まりよ! 本当に大丈夫なの!?」
と、駆け下りながら、滿井が叫んだ。
「このままの勢いで突撃したら、完全に壁にぶつかり、大惨事になりますよ」
木田は冷静に言う。
「痛いの嫌なんですけど」
田辺が泣きそうになりながら言う。
「一か八か! この際、最後まで楽しもうぜ!」
翔太は本当に楽しそうに言う。
「信じろ! ここはそういう世界だろ!」
オレがそう言うと、
「きっと大丈夫。きっと帰れる」
と、願うようにメイが言った。
そして、壁目掛け、
「抜けろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
オレがそう叫びながら、壁に突進した——。
全治たったの一週間で済んだオレ達は、メイの全治一ヶ月に比べると、4階の窓から落ちた割に軽傷だった。
そう、オレ達が目を覚ましたら、病院で、誰も死なずに済んでいた。
あれは夢だったのかなと、思う程、時間は余り経過していないのに、記憶は遠い彼方。
オレ達は七不思議の話もしなくなり、6月中盤でメイも学校に復帰し、修学旅行にも、参加できて、オレ達は普通の世界の高校2年生に戻っていた。
オレは月曜から金曜まで、学校帰りにバイトを始め、土曜、日曜は朝から夜遅くまで、バイトを掛け持ちで働いて、金を稼いだ。
そのせいで、学校の休憩時間は疲れて寝てしまい、放課後は急いでバイトに向かうから、翔太とも話す事がなくなり、メイとはクラスが違う為、全く会わなくなり、そうなると、滿井とも、ローカで擦れ違っても、他人同然で、勿論、木田や田辺とも、元々は知らない人に近かった存在だったから、全く関係のない人となった。
オレはバイトの為、赤かった髪を黒く染め直したが、茶髪だった翔太も、いつの間にか、黒く染め直していて、翔太は茶髪が似合っていたので、どうしたのだろうとは思ったが、聞けないままだった。
ついこの間まで、茶髪だった翔太の容姿を、オレは小猿みたいで、孫悟空に似てると思っていた。
だが、黒くなった髪は日本猿みたいで、それもまた似合っていると言ってやりたかった。
でも、人間関係と言うのは、一度、遠ざかると、なかなか近寄れないもので、翔太とオレがそんな風なんだから、他のみんなとは余計にそうだ。
それに、七不思議の世界での出来事など、みんな、忘れてしまったかのようだ。
でもオレだけでも、絶対に忘れない。
もし、今、あの時の事を話しても、事故のせいで気を失っていた時に見た夢だと、誰もが言うだろう。
矛盾は多くあり、説明はつかないし、だったら何故という疑問ばかりが出て来る。
そして、翔太もメイも滿井も木田も田辺も、もう遠い記憶の彼方に仕舞い込んでしまっているんだろう。
忘れたいと思っているかもしれない。
誰も信じてくれない事など、口にする必要はない。
でもオレは覚えているし、忘れない。
信じてくれる人が欲しいんじゃない。
オレが信じて、覚えていて、忘れたくないんだ。
例え、どんなに月日が流れ、オレが年寄りになって、記憶の彼方に仕舞い込んでしまっても、いつだって引っ張り出せる記憶として、オレは信じているんだ。
夢じゃないって。
矛盾なんて当たり前、説明なんていらない、疑問があるからこそ、あの世界なんだから。
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