5.勇者と王子と侍

「生きてるとか、死んでるとか、いまいち実感もないし、よくわかんないし。とりあえず、今は王様の花嫁ってのが気になる。メイかもしんない。七不思議の王様って中庭の池にいるんだっけ?」



オレがそう言うと、そうですねと、木田はメイの腕時計をブレザーのポケットの中に仕舞った。



「じゃあ、池に行くの?」



翔太がそう聞くので、



「あぁ」



即答で頷いた。



「でもリザードマンが一杯いそうじゃん?」



「・・・・・・カエルだ。アレはカエル! カエルなんて怖くねぇし!!」



本当は怖いが、怖くないと言うしかない。



小さい頃、カエルをオモチャの銃の的にしたりした事があったなぁと思い出す。



あの時はごめんなさいと、今、謝っても遅いだろう。



今は逆転の立場になり、やっとあの時の罪の重さを実感している。



カエルにとったら、あの時のオレはリザードマンぐらい化け物だよなぁ。



「コレ、持って行きましょう、役に立ちましたから」



木田が掃除用具箱の中から、ホウキとモップを取り出し、そう言った。



確かに、オレ達を金魚女から救ったのは、木田が投げつけたモップだった。



「でも、かっこわりぃなぁ、こんなもん持ち歩くなんて」



とは言うものの、武器になるようなものはソレしかないから、仕方ない。



ホウキを持って構える翔太を見て、勇者がホウキを装備したと、密かに思って笑ってしまうオレに、翔太は何笑ってんの?と首を傾げた。



さぁ、オレもモップを持って、いざ、池へ!!!!



「・・・・・・って、池ってどこにあるんだ? 中庭ってどこ?」



ローカは長く果てしなく続いているし、窓を開けてもローカは続いているし、階段は上ってても下がっているようで、下がってても上っているようで、果たして、この迷宮はどうやって抜けられるのだろうか。



「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」



女の悲鳴が聞こえ、オレ達はビクッと体を強張らせ、立ち止まった。



「あっちから聞こえましたね」



木田がそう言って、悲鳴が聞こえた方を指差した。



その指差した方向を見て、オレと翔太は頷く。



「メイちゃんの声ではないよね?」



翔太がそう言ってオレを見るから、



「そういえば、滿井と、後一人、田辺って女がいたっけ? アイツ等も、もしかしたら、ここに来てるのかも。行ってみよう」



と、悲鳴のする方へ向かって走り出した。



そこは図書室で、人の悲鳴が聞こえたのだから、少しは警戒して、考えたり、怖がったり、戸惑ったりするもんだろうが、翔太は何の警戒心もなく、そして相談もなく、ガラッと当然のようにドアを開けるから、オレはこの勇者のパーティーである事をやめたくなる。



と言うか、翔太が勇者である事はオレの中だけの事なんだけども。



図書室は、本棚がなく、あちこちに本が積み重なって置いてあり、それは本の柱のよう。



本は大きな本から小さな本まで様々。



大きな本は、どんだけデカイ奴が読むのだろうかと言う程、巨人の本のようで、小さな本は、それとは正反対の小人の本のようで。



それから、蝶々がたくさん飛んでいて、オレはうざったそうに、蝶を手で払い除けながら、図書室に入った。



「誰かいるー?」



と、翔太が言いながら奥へと入って行き、オレも木田もグラグラと今にも倒れそうで倒れない本の柱を見上げながら、奥へと進むと——・・・・・・



大きな木箱の中に磔になった滿井が、蝶の大群に囲まれている。



しかも、蝶の大群は大きな注射器を持ち、今にも滿井に打ちそうな勢い。



「よく見たら、蝶じゃなくて、蝶の羽を持った人だよ。妖精かな? 違う、蝶が人を喰らって人の姿になったのかも」



木田の言う通り、よく見たら蝶は人の姿をしていて、御伽噺の妖精のような姿だ。



しかも羽音だと思っていたが、それはクスクス笑う不気味な蝶の声だ。



滿井は木箱の中、気絶している。



オレと翔太は、モップとホウキを振り回し、蝶を蹴散らそうと必死。



蝶達は、小さな体でヒラヒラと不安定に飛びながら、まるで幻影を見せるように、必死のオレ達を取り囲み、クスクス嘲笑う。



「いたっ!?」



突然、腕に痛みを感じ、見ると、蝶がオレの腕を噛んでいる。



しかも血を吸っている!?



小さな人の型をしている蝶。



その顔の額には触覚みたいなものが2本ついているが、その触覚がなくなり、頭に毛が生えてきて、耳も生えてきて・・・・・・。



「ぎゃあ!!!?」



オレはオレの血で、どんどん人の型に近付く蝶に、思わず、悲鳴を上げ、腕を振って、蝶を振り飛ばす。



そして、兎に角、コイツ等を近づけてはならないとモップを適当に振り回す。



「あ!!!! 木田のヤロウがいいとこどり!!!!」



と、突然、翔太が指を差すので、見ると、いつの間にか木田は木箱の中に入り、滿井を助け出している。



オレ達が必死で蝶の相手をしている間、ピンチの女の子を助けるって、どんだけヒーロー気取りなんだと思うが、相手がメイじゃないので、腹は立たない。



滿井は目を覚まし、大きな注射器を持った蝶達が、滿井と木田目掛けて飛んでいく。



滿井が木田の背中に隠れ、悲鳴を上げ、オレ達も危ないと目を閉じそうになるが、木田が持っていたモップで、注射器の針をガキンと受け止め、そして、力一杯、注射器を弾き返した!!!!



注射器を持った蝶達は直ぐに向き直り、木田を襲うが、木田のモップ捌きは素晴らしく、最早、剣を持たせたいと思う程!!



「・・・・・・木田くんって・・・・・・何者?」



翔太がポツリと呟くが、オレはポカーンと口を開けたまま、木田に見惚れている。



「・・・・・・木田くんって・・・・・・凄くね?」



その呟きは直ぐに反応できて、だが、頷くという簡単な反応しかできないオレ。



オレ達の周囲を飛んでいる蝶達も、まさかの木田の動きにか、それとも注射器を持った蝶達が押され気味なのが信じられないのか、その場で、立ち尽くす——、いや、飛び尽くしている。



「榛葉くん! 三澤くん! 逃げますよ!!」



ぼけっと突っ立っているオレ達にそう叫ぶと、木田は滿井の腕を引っ張って、木箱から飛び出すと、走り出すので、オレも翔太も、慌てて、木田の後を追う。



図書室を飛び出して、蝶に追われながら、オレ達は逃げる。



どこをどう走って来たのか、全くわからないが、絵の具のニオイが漂う、多分、ここは美術室だ。



「危うく標本にされる所だったわ」



と、滿井が呼吸を乱したまま、そう言って、オレと翔太を押し退けて、木田に、



「ありがとう、木田くん」



そう言って、微笑む。



「目がハートだ、完璧に惚れたっぽい」



翔太がオレの耳元で、そう囁き、オレは頷きながら、



「危ない所を助けた王子様だからなぁ」



そう囁き返す。



「ボク等も結構頑張ったのにな」



「オレ等は頑張った普通の一般人、アレは姫の危機を救った王子」



「風香ちゃんが姫って辺りが、木田へのムカツキ度を半減させるよ」



「オレも」



ヒソヒソと内緒話をするように、オレと翔太が話していると、



「ここはどこなの? ていうか、あの妖精はなんなの!?」



と、何故か、怒り口調で、全てオレと翔太のせいかのように聞いて来る滿井。



「お前、妖精だからいいじゃん、オレ等、カエルに殺されかけたんだぞ」



「後、金魚女」



オレと翔太がそう言うと、



「カエル? 金魚? てか、妖精だからいいじゃんって、何がいいのよ!?」



と、滿井は更にオレ達を睨みつけた。



確かに、良くはないか。



「滿井さん、時計を持っていたら、滿井さんの時計、見せてもらえませんか」



木田がそう言うと、滿井は勿論といい返事と笑顔で、木田に自分の腕時計を見せる。



何もあからさまに、オレ等と木田への態度の違いを表さなくてもいいと思うが。



木田は滿井の時計を見て、



「16時44分。同じ時間で止まってる」



そう言った。それがどうかしたの?と、滿井は自分の時計を見て、



「やだぁ、お気に入りなのに壊れちゃったのかな」



と、動かない時計を見て、バンバンと平手打ち。



オレ、話には聞いてたけど、見たのは初めてだ。



壊れた機械類を叩いて直そうとする人、ここにいました!



「壊れてるんじゃないよ、ほら、僕のも同じ時間で止まってますから」



と、木田が自分の時計を滿井に見せると、



「マジ!? 同じ時間に止まるなんて、私達、運命じゃない!?」



って、言うと思った!



滿井、わかりやすい。



だんだん滿井の反応に気がついて来た木田も、顔を引き攣らせ、



「滿井さん、とりあえず、僕の憶測を簡単に説明しますね」



と、この状況の仮説を話し出した。



「七不思議の世界?」



話を聞いた滿井は眉間に皺を寄せて、そう言うと、



「でも、妖精が人間を襲うとか、そんな七不思議はないわよ」



と、5月のお茶会でしょ、カエルの王様でしょ、鳴り響くピアノでしょ、と、指折り、七不思議を言いながら、ハッとして、



「8つ目の隠された不思議が妖精!?」



と、大声を出した。すると、



「うるさいナァ」



誰かが、そう呟いた声が聞こえた。



皆、誰かが何か言った?と、キョロキョロ。



「キミ達はどこから来たんだ?」



また声が聞こえ、オレ達は、更にキョロキョロ。



「こっちだ、こっち! こっちは余り動けないんだから、キミ達から来てくれないと! こっちへ! こっちだと言っているだろう?」



こっちを連発する声を出しているのは、デッサン用の石膏像達。



だが、石膏像達は、実体化していないような気がする。



少し薄れて見えるのは気のせいだろうか?



オレは目を擦り、確かめるように石膏像達を見るが、やはり、少し透けて見える。



「アリアスに、マルス、ヘルメスにブルータス、ミケランジェロ。こんな石膏像が、うちの学校にありましたっけ?」



石膏像達の名を呟き、木田は首を傾げながら、彼等に近付いて、



「でも、よくある七不思議ですよね、美術室の住人であるデッサン用の石膏像が喋り出すなんて」



と、オレ達を見る。



「でもオレ達の学校にはないよ、その七不思議」



オレがそう言うと、木田はそうなの?と首を傾げた。



「キミ達はニンゲンか?」



マルスがそう尋ねるので、オレ達は頷いた。



「ニンゲンが来るなんて久し振りの出来事だなぁ」



「昨日ぶりじゃないのか?」



「明日ぶりだと思うが」



「いやいや、今日ぶりだ」



そう言い合っている石膏像達を見ると、ここも時間は定まってないらしい。



「上半身というか、胸から上しかないから動けないよね? だからニンゲンを食べたりできないっちゅー事で、ここ、ボク等の休息の場所にしない?」



翔太、お前は、動く石膏像達を目の前に休息できるのか?



「でもさぁ、動く石膏像なんて実際に見ても怖くないね、相当、昔の七不思議っぽい」



と、ケラケラ笑う滿井に、オレはこれで充分怖いんだが?と思う。



木田は、また何やら難しい顔で、何かを考えている様子。



「ワタシ達は動けない訳じゃないよ?」



突然、そう言ったのはヘルメス。



「そうそう、ワタシ達は余り動けないだけで、動けますよ?」



と、ミケランジェロ。



「足も腕もないけどね」



と、ブルータス。



「そしてニンゲンは食べないけども、ニンゲンをバラバラにはしますよ」



と、アリアス。



「それはもう木っ端微塵にバラバラにね、体当たりして、悪気はないんだから壊しますよ」



と、マルス。



オレ達は、シーンとして、フリーズしたまま、石膏像達を見ていると、マルスが、飛び跳ねるようにして、全体を動かし、アリアスの方に向いていた顔をヘルメスの方に向けた。



そして、



「そういえば、ジョルジュさんでしたっけ? ニンゲンに壊され木っ端微塵にされたのは」



と。



「ラボルトさんじゃなかったっけ? あの人、首しかなかったからねぇ、木っ端微塵後も修復されずに捨てられて、新しいラボルトさんも来なかったねぇ」



「あれ? じゃあ、ジョルジュさんはどうなったんだっけ?」



「顔に落書きされて、捨てられたんじゃなかったっけ?」



「いやいや、違うよ、それはジョセフさんでしょ」



「違わないね、アレはラボルトさんだったよ、だって首しかないのはラボルトさんだ、覚えている!」



「そんな何年も前の話をされても」



「昨日の話だろう?」



「今日の話だと言っているだろう」



石膏像達が、言い合いをしている間に、オレ達はソッと静かに美術室を出た。



「木っ端微塵にされて捨てられたらシャレになんねぇし」



オレがそう言うと、



「心配すんな。タクが木っ端微塵になったら、ボクが修復してやるから」



と、笑顔で、翔太がオレの肩を叩き、言うから、その手を振り払うと、



「なんだよ、大丈夫だって、こう見えて、ボクはパズルが得意だから」



と、声を弾ませて言うから、本当に、こんな時に、よくそんな事が言えるもんだと、翔太を睨み見る。



「あの、思ったんですけど、学校の七不思議って変わるんじゃないでしょうか?」



木田が考えながら、そう言って、オレ達を見る。



「何度も言うけど、わかりやすく説明してね」



オレがそう言うと、木田は頷き、



「ボクは学校の七不思議を知らないんだけど、榛葉くん達は知ってるんですよね?」



オレも知らなかったが、とりあえず、翔太と滿井と同じように頷いておく。



「でもそれは今の時代の七不思議で、昔は違ったのかもしれない。例えば、5月のお茶会なんて不思議は、お茶会というイベントがもともと存在してなかった時代だと、その七不思議は存在しませんよね。つまり、さっき見た美術室の住人の石膏像達は、昔は、七不思議の1つだったんだけど、時代の流れとともに七不思議から外されたのかもしれません。今は物置の方にあるのかもしれませんが、美術室には飾られてませんよね、石膏像達。だからかな、石膏像達は僕の目には実体化してないように見えた」



「あ、オレも。オレもアイツ等、薄れて見えた」



木田の話に頷いて、オレがそう言うと、翔太も滿井も頷いた。



「石膏像達の姿が美術室にない以上、誰も七不思議として伝えなくなってるのでは? かろうじて、数人が思っている不思議のひとつだから、消える事はなく、存在しているのかもしれません。そう考えると、ウサギや蝶などは、もしかしたら、榛葉くん達が知っている七不思議以外の、七不思議として、誰かが言い伝えているのかもしれません、だから彼等は実体化していた」



成る程と、オレは頷く。



「てか、木田くんって、すごーい! かっこいー!」



滿井が惚れ惚れした顔で、そう言うと、



「かっこいいと言えば、木田くんてさ、モップ捌きスゴくね?」



と、翔太がそう聞いた。すると木田は少し照れたように、



「剣道を習ってるから」



と。



「なら、なんでパソコン同好会? 普通は剣道部だろ?」



オレがそう聞くと、



「剣道はうちで習ってて、学校に来てまでやりたくないから」



と。



フーン。



なんかムカツク。



「頭も良くて、強くて、素敵過ぎる!」



そうか? 只の憶測と剣道を習ってるだけだぞと、滿井に言いたくなるが、ここは敢えて黙っておこうと思ったのに、



「そうか? 僕だって思った事だけなら言えるし、剣道習ってたら強いと思うぞ? そしたら素敵か?」



と、翔太が普通に言うから、オレはナイス勇者!と、翔太を褒めたくなる。



「アンタ等は顔の問題あるでしょ!」



どういう意味だ、そりゃ!?



「なんかさぁ、榛葉くんも三澤くんもナメてんのよねぇ、髪とかお洒落にしたらイケるんじゃないかって思ってない? イケメン風にもなってないのに。大体、その制服をキチンと着てない辺りが駄目」



オレと翔太は自分の制服の着こなしを見る。



「高校生らしくしなさいよ」



「・・・・・・高校生しかできねぇと思うけどな、オレ等の格好って」



「うん、寧ろ、キチンと着てる木田くんは、今からサラリーマンでもやっていけそうだ」



「何言ってんのよ、木田くんはキラキラに輝いてるじゃないの」



どこが!? と、オレと翔太は木田を見るが、木田も困ったような顔で、



「滿井さん、僕は普通ですから」



と、その普通ですから発言が、なんかまたムカツク!!



「風香ちゃんは木田が王子様に見えちゃってるんだろうねぇ」



そう呟く翔太に、



「オレには、お前が勇者に見えてるよ」



と、翔太に対し、独り言で言ってみる。



待てよ?



木田が王子様で、翔太が勇者なら、オレはなんだ——?



「うわぁぁぁぁぁ!!!?」



突然の翔太の悲鳴に、隣にいたオレはビクッとして、翔太を見ると、



「ポケットに入れてあったボクのキャベツ太郎が粉々になってるぅ!!!!」



って、そんな事で大きな悲鳴上げるなんて、流石、勇者様。



その意味のない悲鳴を聞きつけて、オレ達人間を喰らう奴等が来たら、どうするんだ。



お前自身がキャベツ太郎になるんだぞ。



「きゃー!」



またしても悲鳴。



「ヤッタ! 可愛い女の子かも!」



と、翔太はキャベツ太郎をポケットに仕舞うと、勇敢にも走り出すから、本当にこういう時の行動は早いよなぁと思う。



滿井にとって木田が王子様になったように、自分もあわよくば王子様になろうと言う魂胆みえみえの行動。



でもさぁ、翔太、よぉく考えろ?



この筋書きで行くと、多分、その悲鳴はメイじゃなければ、田辺だぞ?



翔太は行き止まりになるローカの窓をガラッと開けて、



「あそこだ!」



そう指を差した瞬間、その窓から躊躇いなく飛び降りた!



嘘だろ、結構、高いぞ?



まぁ、飛べなくはないかと、オレも翔太に続き、窓から飛び降りる。



そこは花壇が広がっていて、草達がサワサワ動いているが、そんな事で田辺は悲鳴を上げた訳じゃない。



あ、勿論というか、案の定と言うか、悲鳴を上げたのは田辺だ。



だが、翔太はまだソレに気付いてなくて、田辺を襲う奴をホウキで叩きのめした。



ちっちゃな3匹の内、1匹が翔太にフルボッコ状態で倒れる!



「すげぇ、やっつけたよ、翔太が」



窓から飛び降りてきた滿井にそう言うと、



「ちっちゃい動物をホウキで叩く姿が弱い者イジメしてるみたいでカッコ悪すぎ」



と、嫌な顔で言うので、



「カッコ良くはないが頑張りは認めようぜ!? 木田だけが特別じゃないぞ!?」



と、翔太を援護するふりをしながら、木田だけが特別じゃないとさりげなく言うオレは、性格が悪いだろうか。



「やめてやめてやめて!!!!」



田辺が何故か、翔太がホウキで叩く奴を庇う。



「やめてよ、酷いじゃない!!!!」



と、田辺は翔太を突き飛ばし、翔太はドンッと突き飛ばされた勢いで、すっ飛んだ。



翔太・・・・・・女の子の力で飛ばされるって、お前、どんだけ軽いんだ。



まぁ、翔太はちっちゃいし、軽そうだし、田辺さん、背は翔太より低いけどぽっちゃり体型だし、力ありそうだけど・・・・・・。



「田辺さん、大丈夫なんですか?」



木田が田辺に駆け寄ると、



「木田くん、わたしの悲鳴で戻ってきたの? ごめんなさい、大丈夫なの」



と、そこまで言うと、



「アレ? 榛葉くんと滿井さん? 木田くんと一緒にいたんですか?」



と、オレと滿井を見て、田辺は首を傾げた。



「あの、田辺さん、戻って来たとは?」



木田も首を傾げ、聞き返す。



「てか、なんで田辺さんがいるの? 悲鳴を上げた美女は?」



翔太は突き飛ばされて、すっ飛んで、転んで、我に返ったように立ち上がり、そう言った。



やっぱり翔太は田辺だと気付いてなかったようだ。



しかも美女がいると思っていたようだ。



なんてお気楽都合主義の考えを持ってるんだろう、勇者の特権か?



「三澤くん、田辺さんがいても変じゃないよ、彼女も僕達と同じなんですから」



木田がそう言うと、翔太は折角の頑張りが全て台無しと、足から崩れ落ちるようにして、しゃがみ込んだ。



「翔太、見ようによっては田辺さんは可愛いよ、そんなあからさまにガッカリするな、少しは心にもない態度をしろ! 失礼だ!」



「タク、ボクは田辺さんが可愛くないとは思ってない。只! 田辺さんじゃないと思う!」



「・・・・・・言いたい事はわかるよ」



「わかる訳ねぇだろ、タクに!」



「は?」



「ボクを誰も王子とは思ってくれてない。でもタクにはメイちゃんがいるから。メイちゃんはタクを王子様って思ってるだろうし」



「・・・・・・それはどうかな」



「え?」



「王子じゃなくても、お前は勇者って肩書きがあるって! ある意味、王子よりカッコイイ肩書きだぞ。それに引き換えオレはどうだ!? 肩書きが何もない!!!!」



「ボクが勇者って肩書きの意味がわかんないけど、タク、お前もいろいろ悩んでんだな」



「あぁ、翔太もな」



と、オレと翔太は、お互いを労うように、肩を叩き合う。そして、



「それにお前は頑張ったよ」



オレがそう言うと、翔太は、思い出して、そうだとばかりに、



「つーか、なんで突き飛ばされなきゃなんねぇの? 助けてやったのに? もっと感謝してボクを王子様と思っても良くねぇ? 思われても応えらんないけどね!!」



田辺に向かって、そう吠えた。



つーか、応えらんないのに言っちゃう辺り、素晴らしい勇気です、翔太くん。



田辺は王子様って何?と、オレを見るから、



「気にしないで。でも助けてもらったのは本当だろ? 御礼ぐらい言っても良くないか?」



そう言うと、



「助けて・・・・・・? え? 助けてくれたの? 何から?」



と、田辺は首を傾げる。オレと翔太は田辺の横にいる変な3匹を見ると、



「あ、コレ? コレはマユくんだよ?」



と、田辺が言うから、オレと翔太は同時に首を傾げ、マユくん?と、ソレをジィーッと見てみる。



二足歩行の眉毛がある犬?



そして、3匹とも眉毛の形が違う。



一匹は麻呂みたいな眉毛、翔太が叩き潰したもう一匹は太眉毛、更にもう一匹は切れ長眉毛。



不思議だ、眉毛があるだけで人間味が増し、人面犬に見える。



「てか、マユくんって、もしかして、コイツ等、人肉食ったんじゃ!?」



その姿に、オレがそう言うと、眉毛犬っコロ等は、



「し、知らなかったんです、お腹すいてて、お肉があったから、だって肉食だもの!!」



と、ワァァァァッと泣き出すから、オレがイジメてるみたいじゃないか!



「わたしも最初はびっくりして悲鳴あげちゃったんだけど、マユくんだったみたいで、なのに三澤くんがマユくんをホウキで叩くから!!」



「・・・・・所詮、ボクは王子にはなれないのか・・・・・・一生、モテないまま終わるのか・・・・・・一度でいいから結婚はしたい・・・・・・」



と、ブツブツ呟きながら、翔太は、また足から崩れ落ちて、しゃがみ込む。



ていうか、翔太は見失っていると思う。



この世界で王子になってどうするんだろう、一刻も早く元の世界に戻り、彼女をつくればいいと思うが——。



それよりも!!! 問題はあの眉毛犬っコロ達だ!



「お前、肉って、まさかメイを食ったんじゃねぇだろうなぁ!?」



それなら叩かれて当然というか、今直ぐにオレが殺してやると言う勢いで犬を睨むと、



「メイちゃんはオイラ達の大事なメイちゃんだぞ! 食べる訳ないだろ!」



と、そう言った後、よつんばになり、ウーッ、ワンワンワンと3匹共、本気で吠えて来る。



「それにしても、メイは3匹も拾ってきたのかよ」



オレがそう言うと、田辺は首を振り、



「マユくんは一匹だけです! でも3匹現れて・・・・・・」



と、困った表情。



「なら、2匹は違うって事だろ、どれが本物なんだ?」



オレが3匹の眉毛犬っコロを見ながら問うと、



「オイラが本物のマユくんだよ」



同じ台詞を同時に吐く眉毛犬っコロ達。オレは田辺を見て、



「どんな眉毛だったんだよ、本物は?」



と、尋ねるが、田辺は、眉毛犬っコロが喋って、二足歩行で現れると思ってなかったんだろう。思いの他、人間っぽいので、どれもこれも人間らしくなったマユくんに思えて、わからなくなっているようで、首を傾げながら、困った表情のまま、固まっている。



「オイラ達の中で嘘吐きがひとりいるよ」



麻呂眉毛が言った。



「オイラ達の中で嘘吐きがふたりいるよ」



太眉毛が言った。



「オイラ達は全員嘘吐きだよ」



切れ長眉毛が言った。



眉毛犬っコロ達はそう言った後、オレを見上げるから、



「なんだそりゃ?」



と、オレは眉間に皺を寄せる。すると、木田がメガネをクイッと上げながら、



「パラドックスに見せかけた、実に簡単なクイズですよ」



と。



得意分野ですか?



オレは退いて、木田に任せる事にした。



「まず、切れ長眉毛が言った全員が嘘吐きと言う発言により、切れ長眉毛も嘘吐きであると言う事になりますよね、だから、切れ長眉毛が、本物のマユくんだと言った発言は嘘になります。次に麻呂眉毛が言う嘘吐きがひとりいると言う発言は、切れ長眉毛が嘘吐きであるので、確かにひとりいると言う事になります。最後に嘘吐きがふたりいると言った太眉毛の台詞により、パラドックスになる筈ですが、残念な事にならないんですよ」



木田はそう言うと、眉毛犬っコロ達はワンワン鳴きながら、



「本物はオイラだよ」



と、煩い程、騒ぎ出す。



だが、動じない木田の態度に、しかもメガネをクイッと上げる仕草が、眉毛犬っコロ達を追い詰めたのか、切れ長眉毛が、田辺を突然、襲うように飛び掛り、田辺はビックリして倒れてしまうと、



「ワンワン、ニンゲンの肉は美味しかったなぁ!! オイラがこれから何をしようとするか言い当てたら望ちゃんは食べないが、不正解なら食べちゃうぞ!!」



そう言い出した。



いまいち、怖さに欠ける。



「望ちゃんって誰? 他にいるのか? 可愛いのか!?」



翔太、見てわかるだろう、田辺の事だよ・・・・・・。



「成る程。ライオンのパラドックスですか」



と、木田。



「ライオンのパラドックス?」



オレが尋ねると、木田はメガネをクイッと上げる。



いちいち腹立つな!



それは頭がいい事を証明するポーズか!?



「ライオンが子供を人質にとり、その母親に『自分がこれから何をするか言い当てたら、子供は食べないが、不正解なら食べる』と言うんです、これに対し、母親が『あなたはその子を食べるでしょう』と言う。ライオンが子供を食べるなら、母親はライオンが何をするか言い当てたので食べられない。でもライオンが子供を食べないなら、母親の予想が外れたのでライオンは子供を食べる事ができる。ですが食べてしまえば、結果的に母親の予想は当たった事になる為、矛盾にぶつかる。ライオンは子供を食べる事も食べない事もできなくなってしまうと言うパラドックスです」



「あぁ、パラドックスってそう言う事? それならボクも知ってるよ、ドラえもんの偽最終話の『ドラえもんをつくったのは野比のび太』って奴だよね?」



翔太が木田にそう言って、そうだよね?と再び、聞き返し、頷くのを待っている。



「えっと? 偽最終話ですか? あの、僕はドラえもんはテレビでしか、しかもチラッと見るくらいで、最終話なんて、知らないので・・・・・・」



「国民的アニメだぞ!!!!」



「え、あ、そうですね、すいません、でも偽なんですよね?」



「うるさい! ボクは気に入ってんだよ! あの話はなぁ、とても泣けるんだ!!!! 感動秘話だぞ!!!! のび太が帰ってきたら、ドラえもんが動かなくなってて——」



話したいだけじゃないのか、翔太・・・・・・。



しかも話しながら自分で感動して泣き出してるし・・・・・・。



「そんな事より早く助けて下さい!!!!」



田辺が叫んだ。



あぁ、そうだったと、木田が、



「パラドックスで、僕達を混乱させようとしても無駄ですよ、本物のマユくんはキミでしょう?」



と、太眉毛犬っコロを指差した。そして、



「キミ達の証言だけならパラドックスになったかもしれませんが、田辺さんが、マユくんは一匹だけだと証言してくれてるんです。その御蔭でパラドックスは成立しなかった。つまり、キミ達の中で嘘吐きがふたりいるよって言ったキミが本物って訳」



木田がそう言うと、麻呂眉毛と切れ長眉毛の二匹は、オレ達の目の前から煙のように消えていなくなった。



太眉毛が一匹残り、田辺も助かったと、安堵の溜息を吐いている。



「ねぇ、マユくんって呼べばいいのかな?」



木田は眉毛犬っコロにそう言って近付く。



「マユくん、キミは北川さんと一緒にいたんじゃないの?」



「キタガワサン?」



眉毛犬っコロは妙な発音で聞き返す。すると、木田はコホンと咳払いし、顔を赤くして、



「メイちゃんと一緒にいたんじゃないのかな?」



と、言い直した。



オレの顔が、物凄く不愉快になってるのが、自分でもわかる。



「うん、いたよ、ここを真っ直ぐ行くとね、中庭に出るんだ、そこでメイちゃんは囚われの身なんだ。だからメイちゃんを助けてくれる人を募集中だよ、なのに、オイラ、途中で美味しそうなお肉を調理してる部屋を見つけて。その調理室では、もうすぐ行われるティーパーティーの料理を作ってるんだって。冷凍庫に入れてある肉をたくさん取り出して、美味しく料理されてたんだけど、まさかニンゲンの肉だなんて知らなかったんだよぅ。パクッと盗み食いしたら、三匹になっちゃって・・・・・・」



眉毛犬っコロがそう言うと、田辺が、



「それでさっき木田くんがマユくんの話を無視して、メイちゃんを助けに行ったのよね? 私は木田くんが立ち去った後、どうしてメイちゃんの事を知ってるの?って聞いたら、マユくんだからって聞いて、驚いて悲鳴あげちゃったの」



と、木田を見るから、オレは、



「お前さぁ、何勝手に行動してんだよ!? メイに好かれようとか思ってんじゃねぇだろうな!? 言っとくけどな、メイの彼氏なんだぞ、オレが!!!!」



と、木田にカッコ悪い台詞をほざいていた。



あぁ、オレ、なんか、本当にカッコ悪い・・・・・・。



自分でもわかってるのに、何故、こんな事、言っちゃうかなぁ。



てか、彼氏なんだぞ、オレが!って、なにそれ?



オレ、超アホだ。



でも勢いづいたら止められない、なんかオレ、今、木田を思いっきり睨んでるんですけど。



「ちょ、ちょっと待ってよ、榛葉くん、僕はずっと榛葉くん達と一緒にいたよね?」



確かに!



て事は?



どういう事だ?



オレと木田は田辺を見ると、田辺は首を傾げ、



「さっき、わたしが花壇の花達に血を吸われそうになってる所を、木田くんが助けてくれたよね? それでマユくんが来て、マユくんの話を聞いちゃいられないって、走って行っちゃったけど、それってメイちゃんを助けに向かったんじゃないの?」



そう話した。木田は身に覚えがないと首を振るが、



「木田くん、とーってもカッコ良くて・・・・・・」



と、田辺は頬を赤らめた。



「カッコイイってのは認めるけど、なんで赤くなってんのよ」



滿井が田辺を睨み、そう言うと、田辺は俯いてしまった。



オレはサワサワ動いている花壇の花を見る。



どれもこれも、根があるから動いているようだが、綺麗に切断されている。



モップを持っている木田に、叩き潰す事はできても、切断はできないと思う。



幾らなんでも、剣道を習ってるからって、モップで切断は無理だろう。



「田辺、本当に木田だったのか?」



オレの問いに、田辺はコクンと頷く。



「パラドックスだ! もしくはドッペルゲンガー!」



ワクワクしたように翔太が言うから、もうドラえもんの話は終わったのかと、オレは翔太を見る。



「ほら、眉毛犬も3匹になっちゃってたし、そういうのだよ! 木田三匹説!!」



「まぁ、この世界は何でもアリの気がするから、そうかもな」



オレが翔太の意見に頷きながら、そう言うと、田辺は木田をまじまじ見つめ、



「そういえば、感じが違ったかも。わたし、ちょっと混乱とかあって、勝手に木田くんだと思い込んでしまって・・・・・・でもこうやって木田くんを見てると、違う気がしてきたから、あのかっこいい人は木田くんだって自信ないかも。あ、そういえば、メガネしてなかったような気が・・・・・・」



そう言った。混乱があるのは仕方ない。



こんな状況で混乱しないのは、勇者翔太と王子木田ぐらいだろう。



オレや田辺、滿井のような町人一般人は混乱して当たり前!



「ねぇ、そんな事よりも、早く北川さんを助けに行こうよ」



木田がそう言って走り出すと、眉毛犬っコロも木田を追って走り出し、



「そっちじゃないよ、こっちだよ、オイラについて来て!」



と、案内をしてくれるようだ。てか、木田を案内してんじゃねぇ!



オレを案内しやがれ!!



と、オレも急いで木田の後を追う。



どこまでも続く花壇を抜け、古い校舎の壁をアイビーのツタが張り巡らされていて、そのアイビーのアーチのようなものを幾つも抜けて、オレ達は鳴り響くピアノの演奏を耳にしていた。



「ショパン、スケルツォ」



オレの横で走り続けて息を切らせた木田がそう言った。



クラッシックなんだろうが、目の前の光景のせいだろう、この曲が戦闘曲に聴こえる。



学ランを来た男が、日本刀を持って、カエルの軍団と一人で戦っている。



それは木田が見せたモップ捌きなど、子供の遊びに思える程。



オレも翔太も木田も、そして滿井も田辺も、その男を、只、見ているしかできないぐらい、呆然としてしまっていた。



リアルで見るゲームの戦闘シーン、或いは漫画やアニメ、そして映画などのシーンのようで、余りにも綺麗に戦う様がカッコイイなんて言葉で片付けられるものじゃない。



このスケルツォの曲が勝利曲に聴こえる程、圧倒的な強さを見せ、更に身軽に舞う姿は本当に幻想的で、日本刀と赤く飛び散る血が、鮮やかに、それは侍だった。



カエル達は力の差に、動けなくなり、まるで蛇に睨まれたカエルと言う感じだ。



するとピアノの音は、穏やかなテンポになり、向かってこないカエルに対し、ゆっくりと歩いて近付いていく侍と曲が一体化しているかのよう。



また曲が激しいテンポで鳴り響き、するとカエル達が一目散に急いで逃げて行く。



侍は追う事をせず、刀を空で振り切り、鞘に戻すと同時に、曲は終わった。



「学ランの平太郎さん?」



翔太がポツリと呟いた。



その侍が平太郎さんか、どうかは、わからないが、見た目は人間そのもので、メガネはかけてないが、木田にそっくりな顔で、カッコイイ立ち振る舞いで、強く戦う姿に、オレは余計に自分を惨めに思っていた——。



この愉快な恐怖の世界で、男として、オレに出来る事はなんだろう?



木田はモップでオレ達を助け、滿井を助け、更にパラドックスを解いて、田辺を助けた。翔太は結果はどうであれ、田辺を助けようとホウキを振り上げた。



そしてオレは——?



オレだけ、まだ戦っていない。

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