4.終わらない放課後

誰かの声が聞こえる。



ヒソヒソと話す声。



それと、カチコチと鳴る時計の音。



オレは、どうなったんだっけ?



そうだ、4階のパソコン室の窓から落ちたんだ。



あぁ、そうか、ここは病院なんだ、話し声は医者かな、時計は——・・・・・・



薄っすらと目を開け、辺りを確認すると、



「あ!! コイツ!! 目を開けた!!」



と、オレを覗き込む影が叫んだ。



「くそっ、眠っている内にバラバラにしようと思ったのに!!」



もう1つの影がそう叫ぶ。



「痛い痛いと騒ぐ前に、やっちゃうぞ!!」



また別の影が叫ぶ。



何事だろうと、オレは眩しそうな顔をして、起き上がると、思いっきり後頭部にガンッと響く衝撃が走り、ぐはっと呼吸と声にならない悲鳴を同時に吐いた。



「いっ!!!? いってぇなぁ、何すんだよ!!?」



と、思いっきり大声を上げて、立ち上がる。



少し立ち眩みを起こすが、それよりも何よりも、行き成り頭を殴るってどうなんだと、それでも医者かと怒りが込み上げてくる気力の方が大きい。



ていうか、オレが寝てた場所もベッドじゃなく、冷たい床じゃねぇか!!!!



どういう病院なんだと、医者達を見回すと・・・・・・



オレが医者だと思っていた連中は・・・・・・



「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!?」



オレは悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。



夢だろうか、夢だろう、夢なんだ、と言うか、オレ、生きてる!?



生きてるから、こうしてオレは走っているんだろう。



でも、アレはなんだったんだ。



アレは・・・・・・と、振り向くと、アレが追って来る!!!!



「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」



再び、悲鳴を上げて、加速を上げて走り出す。



走りながら、アレもなんなのか、わからないが、ここがどこなのかも、わからない。



病院ではない。



多分、ここは・・・・・・学校だ——。



学校だけど、少し違う。



歪んだ柱や壁、どこまでも長く続く教室とローカ、高い高い天井、グラグラしている螺旋階段は下がっているのか、上がっているのか——。



だが、この感覚は、金曜の放課後の時に感じた妙な放課後と同じだ。



「タク!!」



と、オレを見つけた翔太が、窓を飛び越えて、走って来た。



てか、なんで、窓の外もローカが続いてるんだ!?



いや、そんな事で足を止めている場合じゃない!



止まらないオレに、



「追われてる? ボクも!」



と、隣を走る翔太。オレは振り向いて、翔太を追ってる奴を見ると、窓を飛び越え、次から次へとやって来るアレ!



翔太もオレを追って来る奴を確認したのだろう、オレと翔太は声を合わせ、



「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」



と、悲鳴を上げ、更に加速する。



まるで二人三脚のように、呼吸を合わせ、目の前にある机やら椅子をハードルのように飛び越え、オレ達は猛スピードで、アレに捕まらないように逃げる。



そして、3−Dと書かれた教室へ滑り込み、アレが通り過ぎるのを、息を潜めて待った。



教壇の下へ隠れるように蹲るオレは、小声で、



「アレ、なんだと思う?」



翔太に尋ねる。



「・・・・・・リザードマン」



翔太はそう言いながら、頭を抱えるから、



「有り得ないよな」



オレはそう言った。



勿論、リザードマンなんている筈ないと言う意味で、そう言ったのだが、



「有り得ないよ! ホント有り得ない! 普通はさ、スライムだよな!?」



と、翔太が声を大きくして言うから、オレは静かにしろと翔太を殴りそうになる。



と言うか、スライムってなんだよ!?



その発言にさえ、殴り飛ばしたくなる。



「普通、ボク等のレベルを考えたら、最初のモンスターはスライムだろ、まだ装備すらしてない状態のボク等が、武器持ったリザードマンと戦える訳がない! だろ?」



「・・・・・・オレ等のレベルってなに?」



「恐らくレベル1だ。まだ戦闘と言うものをした事がないから!!」



何それらしい事をかっこつけた顔で言ってるのだろう。



そういう意味で、レベルとは何かと聞いた訳じゃないのに。



と言うか、この非常事態で、このテンションのコイツ、本当に勇者だと思う。



「兎に角、スライムを見つけて、早く戦闘してレベル上げしないと!! スライムの次はドラキー辺りがいい!! 一番いいのは、はぐれメタルだが、最初はメタルスライムか!」



「静かにしろ!! いいか、オレ達が戦闘してもレベルなんて上がらねぇよ!!」



思わず、オレも静かにしろと言いつつ、声を大きくして怒鳴ってしまう。



「翔太、よく見たか? アレは緑色のツルッとした体に、ギョロッとした目をしてて、二足歩行しながら人の言葉を喋る気味の悪い生き物だっただろ」



「リザードマンじゃん」



「・・・・・・いや、アレ、カエルじゃねぇか?」



「カエル? バッカだなぁ、タク! カエルは喋らないし、二足歩行しないっつーの!」



なんでそこは現実的なんだ、コイツ・・・・・・。



「翔太の言うリザードマンって、トカゲの人間バージョンじゃないのか? アレ、どう見てもカエルの人間バージョンじゃねぇ?」



オレがそう言うと、翔太は少し考えて、



「ごめん、リザードマンの実物見た事ないからトカゲの人間バージョンとか、そんな事言われても、わかんない」



真顔で、急に正論を言い出した。



「オレだって実物なんて見た事ねぇよ!!」



「だったらなんでリザードマンである事を否定するんだよ!」



「否定はしてねぇよ、でも、トカゲって感じしねぇじゃん、アレはカエルだろ!?」



「カエルみたいなトカゲかもしれねぇじゃんよ!!」



隠れているのも忘れて、大声で言い合いをするオレ達は、最早、危機感ゼロ。



気がつけば、呼吸を乱し、馬鹿な言い合いを続けて、オレは、そんな自分に呆れてしまい、



「・・・・・・確かに、アレはカエルじゃないな」



そう呟くと、



「翔太の言う通り、カエルは鳴くけど喋らないし、跳ねるけど歩かない」



と、自分の考えが間違いである事を認めた。なのに、



「カエルは喋るし、歩きますよ?」



と、誰かが、そう言ったので、オレも翔太も振り向くと・・・・・・



色鮮やかな赤い着物のような衣装を身に纏い、ふわふわの大きなリボンの帯が、まるで無重力を思わせるように、宙に浮かんで見えて、頭にはやはり赤い布をふわりと被っていて、真っ黒な瞳の・・・・・・女だろうか?



「・・・・・・カエルって喋って歩くんだっけ?」



翔太が尋ね返す。



「ええ、カエルは喋るし歩くものですよ」



「そうだったっけ?」



「ええ」



いやいや、そんな訳ないだろうと、首を振るオレに、



「アナタ達もティーパーティーにお呼ばれしてるの?」



と、女は尋ねてきた。



「ティーパーティー?」



オレと翔太は声を合わせ、聞き返す。



「あら? お呼ばれしてないの? ならどうしてカエル達と走っていたの? ティーパーティーの準備で忙しくしてたんじゃないのかしら? あぁ、もしかして、アナタ達、追われてたとか? ・・・・・・それってまさかニンゲンなの——?」



なんだか、この女もヤバそうな雰囲気・・・・・・。



「まさかも何も、どっからどう見ても、ボク等、人間だけど?」



ヘラっと笑いながら言う翔太に、女の赤い唇がニィッと裂けるように上にあがった。



まるで口裂き女だと思うぐらいの口に、オレと翔太は後退りする。



「あ、あ、あなたも人間でしょ?」



翔太が言いながら、後ろへ下がる。



「私? 私がニンゲンに見える?」



うんうんと頷くオレと翔太。ここは頷いとかなきゃいけないと思った。



「私はニンゲンが大嫌い。小さな鉢の中、身動きもとれずに、只、そこにいるだけ。そんな存在の私に、ニンゲンは笑いながら、汚物と一緒に流した・・・・・・」



え?



何の話?



だが、翔太は、急に、



「校長室の金魚!?」



そう叫んだ。



「え? 何? 校長室の金魚って?」



「校長が大事にしてる金魚がいたんだけど、先輩が、その金魚をトイレに流したんだよ、で、金魚が鉢からいなくなったって大騒ぎする校長見て、笑ってたんだ」



「ひでぇな」



「でもボク等には関係ない話だよ」



とは言うものの、この女は、人間だというだけで、オレ達の事を、悪者を見る目で見ている。



「ていうか、その金魚がどうかしたの!?」



ジリジリと近づいて来る女に、怖くて、翔太とお互いを前に出し合いながら、そう尋ねると、



「一口でいいから頂戴。指でもいい、小指でもいい、親指でもいい、それが駄目なら目玉でもいい、二個あるんだから、一個ぐらい頂戴よ」



と、怖い台詞を言いながら、近寄って来る。



そして、女の頭から被っている赤い布がスルリと落ちると、ツルッとした頭が剥き出しになり、布で影になっていた表情も露わになると、真っ黒い目玉がギョロリとしていて、



「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」



明らかに人間ではない顔に、オレと翔太は抱き合って、悲鳴を上げた。瞬間、窓がガラッと開き、金魚女に向かって、モップが投げつけられた。



「榛葉くん! 三澤くん! こっち!!」



それは木田だった。



オレと翔太は木田の後に続き、窓の向こう側へと飛び込む。



「大きな話し声が聞こえて、こっちに榛葉くん達がいるのかなって探してたら、悲鳴が聞こえて。でも良かった、無事で」



言いながら走り続ける木田に、オレも走りながら、



「ここどこ!? アレなに!?」



と、一番の疑問を口にする。



「わかりません。只、僕達の存在する空間じゃなくなったんだと思います。だから僕の時計は止まったままなんじゃないかと——」



え? 時計?



オレは自分の腕時計を見てみると、16時44分。



デジタルなので、暫く、見ていると45分に変わる筈だが——。



「でもここの時計は動いている」



木田がそう言って、走りながら、教室にある時計を指差した。



ローカを走りながら、幾つも並ぶ教室を覗いて、壁にある時計を見ると、どれもこれも時計は動いているが、時間が定まっていない。



中にはグルグルと針が物凄い速さで回っているものもある。



オレはまた自分の腕時計を見る。



16時44分——。



「どういう事なんだよ?」



「つまり、同じ地球だけど、空間が違うんだよ。最早、僕達がいた世界はここではない、どこかの別の世界になってしまったって事です」



「有り得ないだろ!」



「有り得なくないって話したよね? この世界と平行して、或いは同時に、別の世界が存在すると言うのは考えられるって。有り得ないのは、どうして僕達が別の世界に来たのにも関わらず、実体化してるかって事ですよ!」



「実体化してるって、当然じゃないのかよ?」



言いながら、結構、走りながらの会話って苦しくて、木田を掴み、また3−Dと書かれたさっきとは違う教室に引っ張って、そこに身を潜めるように蹲りながら、乱れた呼吸を整える。



金魚女は追って来てはいない。



静まり返っているのは、余計に不気味だが、とりあえず、今は——。



「オレ、休憩してっから、木田くん、説明どうぞ」



ハァハァと呼吸を乱し、オレがそう言うと、木田も乱れた呼吸を整わせる為、少しの間、無言になっていたが、コホンと咳払いをすると、話し始めた。



「幾つかの空間が重なり合ってて、僕達は僕達の空間の世界で生きているんだけど、違う空間へ来てしまったら、多分、そこから僕達は成長が止まるんじゃないかな。ほら、例えば、霊的現象でもさ、成長した幽霊なんて現れないだろう? 死んだ時のままで現れるって言うじゃない? 確かに、心霊現象は脳神経の現象とも言う人がいるけど、全てがそうだと言う証明ができない以上、そうじゃない可能性もあるって事だよね。ちなみに、僕達がいた空間では肉体というもので実体化ができてました。で、違う空間に行くには、肉体を捨てないといけない筈。成長する肉体は、自分達が生まれ育った空間でしか、手に入らない。だから別空間で実体化するならば、また別の肉体が必要となる筈。でも万が一、肉体ごと、違う空間へ移動してしまったら、その世界の住人として存在しなければならない。僕達はこの世界の住人だと、誰にも認められてない筈。なのに、僕達、実体化できてるよね? でも成長が止まったかのように、身につけた時計は止まっている。これはつまり16時44分、僕達が肉体から離脱した瞬間で、時計は止まっているんじゃないかと」



「ちょ、ちょっと待て、要するに、オレ達は——?」



言いたくなくて、そう問いかけると、翔太が、



「死んだって事?」



と、ズバリ聞き返す。



「わかりません。でもだとしたら肉体から離れてるのに、実体化してるって事は、こっちの世界の住人になってるのかなって——」



「冗談だろ! 今直ぐに帰ろうぜ!」



そうは言っても、帰る手段がわからない事ぐらい、オレもわかっていたが、それよりも、



「帰れたとしても、この世界で実体化している以上は、向こうの世界では実体化できない」



と、木田のその台詞に、オレはそうなの!?と、ショックと驚きで、言葉を失う。



話、ちゃんと聞いてた?とばかりに、木田はメガネをクイッと中指で上げて、オレを見て、



「だから僕達がいた世界では、幽霊って、目に見えない空気みたいなもんなんだろうし、妖精や精霊とか、そういうのも、空気みたいなんだよ。帰れたとしても、そんな状態で、誰にも気付かれないし、それこそ肉体がないから成長もなく、だからってこっちへ戻る手段だって、わからないままで、ずーっと、ずっと、そこに佇むしかなくなると思いますよ?」



そんな説明をするから、オレは口を開けたまま、これからどうすんのって頭ん中真っ白。



「うわ、それって自爆人生だね。あぁ! だから自爆霊って言うのか!」



翔太はそう言って笑うと、



「自爆人生と地縛霊は漢字が違いますから、同じ読みの『じばく』でも、全く違います」



などと、丁寧な突っ込みを入れる木田。



なんでコイツ等は、この状況で、余裕がある態度なのだろう。



「しかし全て僕の憶測であって、正しいとは限りません。僕達が死んだかどうかも疑問ですし、確かに4階から落ちた記憶はあるので、あれで死んだかもしれませんが、でもまだわかりません。兎に角、理由はわかりませんが、16時44分という終わらない放課後の中にいる。後、もう1つ、多分なんですが、この世界の住人は人間を喰らうようです」



木田の説明に、ハッとして、



「そうだよ、アレは何!? 化け物みたいな奴等! アレは何なの!?」



オレはカエルのような人間のような、それから金魚のような女のような奴等を思い出し、そう叫ぶと、木田は首を振り、



「何かはわかりません、言える事はこの世界の住人です。そして、この世界では、僕達人間の方が化け物なのかもしれませんよ」



などと言い出す。すると、



「ニンゲンは化け物なんかじゃないよ」



と、どこからか、声が聞こえてきた。オレ達は辺りを見回すが、誰もいない。



いや、乱雑した机の影からトコトコと歩いてくる・・・・・・小さな白いウサギ?



ウサギの実物大ぐらいの大きさで、本当に只のウサギに見えるが、二足歩行で服を着ていて、大きな耳をピクピク動かし、小さな鼻をヒクヒクさせながら、



「ニンゲンは素敵な生き物さ」



と、オレ達を見上げ、そう言った。



「かわいー!」



と、翔太がウサギに手を伸ばすが、その手をオレが掴み、



「触るな。喋ってるんだぞ、歩いてるんだぞ、もうその時点でおかしい」



そう言うと、翔太はそうかと頷き、手を引っ込めた。



「おかしいだなんて、失礼だなぁ。でもニンゲン様だからねぇ、失礼発言は当然かぁ」



「あの、失礼を承知で伺いたいのですが、ここはどういった世界なんでしょうか?」



木田がウサギに対して、丁寧に尋ねる。



「どういった世界って?」



ウサギは大きな耳をピンッと立てて、尋ね返した。



「人間は僕達の他にも存在しているのでしょうか?」



「余り見ないけど、いる時はいるよ」



「そうですか、人間はこの世界にいる時は、どんな存在なのでしょう?」



「ニンゲンは素晴らしい食べ物だよ」



「オレ達なんか食ったって美味くねぇぞ!」



オレがそう言うと、翔太もうんうんと頷く。



「ニンゲンは美味しいよ」



ウサギは、ウサギの顔の癖に、ニッコリと表情を出して笑いながら言う。



ウサギが笑うなんて、考えるだけならファンタジーで可愛いのかもしれないが、実際はゾッとする。



その真っ赤な目も、どこを見ているのか、サッパリわからなくて、不気味さが倍増。



「どうして人間を食べるんですか? この世界に現れた全ての人間は、ここの住人の食べ物となるんですか?」



「ニンゲンには食用とそうじゃないのがいるよ」



「食用じゃない人間とは?」



木田は冷静にウサギと会話をする。



「例えば、ペットになるニンゲンは食べないよ。ペットだからね。でもねぇ、やっぱりニンゲンは食べちゃうよ。だって私達はニンゲンになりたいんだもの。ニンゲンを食べれば、ニンゲンに近付くんだよ。こうしてニンゲンみたいに歩いたり、喋ったり、洋服を着たり。なんて最高! なんて素敵! まるでファンタジー!」



ウサギは赤い目をキラキラさせながら言う。



「・・・・・・そうですか、人間を食べる事により、アナタ達はそうして人に近付くって訳なんですね。では、ペットは食べないって事ですが、誰のペットになれば食べられないのでしょうか?」



「王様だよ、ニンゲンをペットにするなんて王様だけだよ」



「へぇ、王様のペットっていいかも。だって贅沢できそうじゃん」



翔太は順応性がありすぎるのだろうか、そう言って、ニコニコ笑っている。



ていうか、コイツ、絶対に夢だと思ってそう・・・・・・。



じゃなきゃ、本当の勇者だ。



木田はオレと翔太を見て、



「王様とか、よくわかりませんが、ここは僕達の高校だと思うんです、空間が違えば、僕達の学校はこういう風になるんですね、果てしなく続くローカや曲がりくねった柱、外のない窓に、高く低い天井、歪んだ壁。恐らく、学校の中だけの空間で、肉体から離れると、この世界に存在するんじゃないでしょうか?」



木田がそう説明すると、また顔を前に向き直し、ウサギに向かって、



「今は、ウサギはいませんが、昔は学校で飼われていたのでしょう、きっとこのウサギも、僕達の学校で存在していた者だったに違いありません」



そう言った。



「でもさ、昔からいる割りに、ウサギっぽいよね、というか、ウサギだよね」



翔太がそう言うと、ウサギは鼻をヒクヒクさせながら俯き、



「そうなんです、私、ニンゲンを余り食べてこなくて。ニンゲンも滅多に会いませんから、なかなか食べれないんですよ、だから喋って歩いてがやっとの状態」



と、嘆くように言うが、それで充分だろと思う。



「服も着てるけどね、似合ってるよ」



翔太がそう言うと、



「ハイ、これは被服室で作ってもらえるんです」



と、気味の悪いニコニコ笑顔でウサギは顔を上げた。



「誰に作ってもらえるんですか?」



木田のどうでもいい質問。



「王様の花嫁さんですよぅ」



と、ウサギは当たり前のように言う。



王様の花嫁?と、オレ達3人はお互い、顔を見合わせる。



ペットとは違うのだろうか?



「花嫁さんはニンゲンの事を、私達に何でも教えてくれるし、作ってくれるし、お話してくれるので、私達は花嫁さんが大好きなんです。それに王様の花嫁さんですからね、嫌う者は誰もいませんよ。なんせ王様の花嫁さんですもの」



「つーか、さっきから出てくる、その王様っての、誰? 学校の王様って言ったら校長?」



オレがそう言うと、



「やだなぁ、何をお惚けになってるんですかぁ、王様って言ったら王様じゃないですかぁ」



ウサギは、オレが冗談でも言ったかのように、クスクス笑いながら、そう言った。



だから王様って誰なんだっつーの!



「そんな事より、アナタ方、ニンゲンですよねぇ? しかも新鮮そうです。どうでしょう、私にすこぉし齧らせてもらえないでしょうか? いえいえ贅沢は言いません、カプッと、本のちょっとだけ、どこでもいいんです、そうしたら、私も今よりはニンゲンに近付いて、ティーパーティーに出席できるかもしれないんで」



ヘコヘコ頭を下げながら言うウサギに、



「そういえば金魚女もそんなような事、言ってなかったっけ? ティーパーティーに呼ばれてるとか、なんとか? そのティーパーティーってなんなの?」



翔太が尋ねた。



「ティーパーティーはティーパーティーですよぅ、王様が開くパーティーで、花嫁さんをお披露目するんですよぅ。その後は満開の桜の木の下で花吹雪の中、結婚式です。ここは時間の流れがないんでね、気付いたら、今日だったり、昨日だったり、明日だったり、そして今日だったりで、でも王様が、朝だと言えば朝で夜だと言えば夜で、昨日だと言えば昨日なんですよ。そんなこんなで王様は5月にパーティーを開き、6月に桜の花を満開にさせて、結婚式を開いて、末永く花嫁さんと幸せに暮らしてる日々なんです。でもねぇ、新しい花嫁さんが来たらしく、王様は古い花嫁さんをパクリと食べちゃったらしいんですよ。だからもうすぐ5月のティーパーティーが行われるんです、新しい花嫁さんをお披露目するから。そして6月には——」



「ちょっと待った!!!!」



オレは嫌な予感がして、ウサギの話を遮り、そう叫んだ。なのに、オレがこの後に言おうと思っていた台詞を、



「まさか北川さんが花嫁って言うんじゃないでしょうね!?」



って、なんで、お前が言うかな、木田!!!?



そして、苛立ったオレの横で、ポンッと左の手の平の中に右の人差し指だけ立った拳を入れるようにして、手を叩き、何か閃いたかのような態度で、



「わかった、ここ、七不思議の世界なんだ」



翔太がそう言った。



「七不思議の世界?」



オレと木田が声を合わせ、翔太を見て、聞き返す。



「うん、王様はカエルの王様。ティーパーティーは5月のお茶会。被服室の花嫁さんに、桜の木の下。全部、七不思議だもん。て事は・・・・・・鳴り響くピアノってのは、誰かがピアノを弾くのかな、結婚式の時とかに? あ! でも平太郎さんは結婚式と関係なさそうだねぇ? ねぇ、ウサギさん、学ランの平太郎さんって知ってる?」



翔太がそう言って、ウサギを見ると、ウサギは突然あたふたし始め、懐から、懐中時計を取り出すと、



「おや、もうこんな時間だ! 急がないと!」



と、急に挙動不審な態度。



「時間の流れがないんじゃないの?」



そう聞いた翔太を見て、ウサギはヘラッと笑い、



「いえ、時間はありませんが、時計はまわってるんですよ」



と、懐中時計を見せる。確かに秒針がくるくると回っている。



オレは自分の腕時計を見てみるが、相変わらず、16時44分で止まったまま。



木田も自分の腕時計を見つめて、難しい顔をしている。



そして、木田は右手の中指でメガネをクイッと上げると、ブレザーのポケットから、別の腕時計を出して、ソレを見つめている。



なんで、時計を二つも持っているんだ?



アレ?



その時計って・・・・・・?



「木田くん・・・・・・ソレ・・・・・・見せてくんない?」



「え? あ、この腕時計ですか?」



と、木田はオレに腕時計を渡し、



「拾ったんです」



と。



「拾った?」



「ハイ」



「これメイの時計だ」



「そうなんですか?」



「あぁ、間違いない。どこで拾ったんだ?」



「どこって言われても説明し辛いです、この世界で拾ったものですから」



「・・・・・・そっか。て事は、やっぱりメイはこの世界にいるって事だな」



時計はアナログなので、短い針が4時なのか、16時なのか、わからないが、長い針は44分で止まっている。



オレは自分の腕時計を見て、同じ時間で止まっているんだとしたら、16時だなと思っている所、何故か、木田が手を出すので、木田を見ると——



「時計、返してください」



「は?」



「北川さんの時計、返して下さい、僕が拾ったんで、僕が返しますから」



「・・・・・・」



彼氏だと主張した所で、オレから返す理由にはならないのか、そこまで彼氏である自信もなくて、オレはムッとしながら、木田に時計を返した。



木田は自分の時計とメイの時計を交互に見比べて、何か考えているような難しい顔。



オレはムッとしながら、翔太を見ると、翔太はウサギと楽しそうに話をしている。



「だから知りませんって!」



「うっそだぁ、何か知ってる感じだって!」



「知りませんよ!」



「じゃあさぁ、アイツの指一本やるから!」



って、オレを指差して、何恐ろしい事言ってんだよ!?



ウサギはオレをチラッと見て、



「ゆ、指ですかぁ? 本当ですかぁ? うーん、でもなぁ・・・・・・」



と、何か迷った素振りをしているが、オレは首をブンブン左右に振り、



「やるわけないだろ!!!!」



そう吠えると、



「ケチー」



と、何故か翔太が不貞腐れた顔で、オレに言う。



だったらテメェが指の一本でも二本でも好きなだけくれてやれよ!!



「あのぉ、折角なんですが、アナタ達と関わるのやめておきます、では、サヨウナラ」



「バイバイ」



と、翔太が手を振ると、ウサギは、オレ達を、いや、オレを物欲しそうな顔で見ながら、何度も振り返りつつ、しかし急いでいるような素振りもしながら、教室を出て行った。



「あーあ、学ランの平太郎さんの事を聞いたら、あからさまに怪しい態度だったから、何か知ってそうだったのになぁ、聞き出せなかったじゃーん」



翔太がそう言って、オレを見た。



「お前、オレを餌に聞き出そうとすんじゃねぇよ!」



「だって、死んじゃってるなら、ちょっとぐらい食われてもねぇ? いいんじゃないかと」



「良くねぇ!! だったら、お前が食われろ!」



「あ、あの、榛葉くん、三澤くん、その事なんだけど・・・・・・」



木田がオレと翔太の会話に入って来て、



「もしかしたら、僕達、死んでないのかも」



と、止まった時計を見せて、そう言った。



「死んでしまって、こっちの世界へ来たとしたら、こっちの住人になって、時計も動くんじゃないでしょうか? あのウサギが持っていた時計は時間がどうであれ、動いてました。でも僕達の時計は動かない。死んでしまったら、成長しないから時計が動かないんだと思ってましたけど、それは、死んだにも関わらず、人間の世界に留まってしまった者、つまり別の世界の生き物だからこそ、時間の概念がなくなり、時間が止まるって事で、こっちの世界の住人になれば、こっちの時間が動く筈だと思うんです」



「・・・・・・いや、言ってる事がよくわかんないけど、つまり?」



オレが眉間に皺を寄せ、尋ね返すと、木田はメイの腕時計を見せるように差し出し、



「僕達も北川さんも、まだ肉体が辛うじて生きてる状態なんですよ。だから僕達は、この世界の住人になりきれず、終わらない放課後の中、彷徨っているんです!」



そう言った。



放課後で止まったままの、動かない時計は、つまり、オレ達の命が、元の世界でまだ存在している証という事になるらしい——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る