31杯目

花子と和宏のその後を、今日と明日2日続けて更新します。



「あ、そうだ。花子ちゃん。来月最初の定休日、次の日も休んで連休にするから、告知お願いしていい?」

「分かりました。えっと、定休日の火曜日と、翌日の水曜日の二連休ですね。SNS更新しておきますね」

「そうそう。でさ、花子ちゃん、その二日間、何か予定ある?」

「特に無いですけど」


無いというか。あるというか。

その日は、私の27回目の誕生日だったりするので、その、……恋人が出来て初めての誕生日に、自分だけ予定を入れるというのはさすがに……。


ちらり。

気が付いているのかなあ?と期待と不安を込めて、和宏さんを見ると、にっこりと私を見つめて。


「よし。じゃあ、二日間、俺に付き合ってくれない?」


それは、どういう意味なのでしょう。と、聞き返すのも何なので。


「はい」


と返事をして、その日の仕事は終わり、私は帰宅して、すぐにスマホに入力した。


『七絵ちゃーん!どうしよー!?』



そして夜の女子会は幕を開けた。


「ん-。お誕生日に連休を取ったのかー。お兄ちゃんってば、なかなかやるなぁ」

「でも、誕生日だからっていうのは一言も言ってなかったし、それに、俺に付き合ってって言われただけで、何をするのかも全然分かんないし……」

「まあ、かっこつけてるだけだと思うんだよね。たぶん、本人の頭の中では、ばっちり計画立ててる気がする……それを聞き出しても話してくれないと思うし、うん。花ちゃん、こういう時はさ、カードに聞こう」

「やっぱりそうだよね……。えっと、……七絵先生、お願いしてもいいですか?」


ちらり。

両手を胸の前で組み、ちょっと上目遣いでお願いしてみたんだけど、あれ?七絵ちゃんの表情が……。


「……花ちゃん。その顔、お兄ちゃんか、私以外の前でしちゃだめだよ?」

「え?」

「あー、もう可愛いなぁ!なんだろ、花ちゃんって、美人さんタイプだと思ったのに、最近可愛いが過ぎる……。うん、一皮むけたというか、緩さが出たというか、あー、こんな彼女とずっと一緒に仕事してたら、お兄ちゃんもいろいろあれだよねぇ」

「七絵ちゃん?」

「……えっと、よし。じゃあ、七絵さんが占ってあげましょう!」

「はい、よろしくお願いします!」


もう外は人通りも少ない時間。控えめな声量で、私達は盛り上がりつつ、テーブルにタロットを並べるスペースを作り出した。


「ん-と。どうしよっかな。花ちゃんが知りたいのは、お兄ちゃんが、その連休に何をしようと考えてるか、でしょ?」

「うん」

「でも。それって、知ってしまうと、サプライズじゃなくなってしまうよね?」

「あ、そうだね。……私、たぶん、顔に出ちゃいそう」

「うんうん。だからさ、何をするか、と行動を見るんじゃなくて、どんな気持ちなのかを見てみようか?」

「うん。それでお願いします」

「おっけー。じゃあ……」


カードを手に、集中モードに入った七絵ちゃん。

スイッチが瞬時に入るの、凄いなぁ。くるくるとカードをシャッフルして、集めて分けて、一連の流れも速さと美しさが、見ているだけで、その世界に引き込まれちゃう。これから占いが始まるんだ、という期待感と、どんな結果が告げられるかの緊張感。


そうして。3枚のカードがテーブルの上に、横一列に並べられた。

左から、カップの2、ソードの2、そしてカップのナイト。


「花ちゃん」

「はい」


並べ終えた七絵ちゃんが、真剣な声で私に問う。

「お兄ちゃんのこと、どれくらい好き?」


え?ど、どれくらい??


「あー、そんなに真っ赤になるっていうのは、好きなんだよね。えっと、どれくらいというか、……ん-と、言葉を変えると、この先、お兄ちゃんとの関係はどうなりたいの?」

「この先……」

「うん。今はさ、お互いに気持ちを確認して、その……恋人としてお付き合いもしてるし、職場の同僚というか、仕事もプライベートも一緒の時間が多いと思うんだけど」

「うん」


恋人。その言葉を、恋人の妹である七絵ちゃんに改めて言われるのは、ちょっと照れくさいな。


「えーっと、言い方があれだけどさ、お兄ちゃんも、花ちゃんも、年齢的にはもうそろそろ『この先』を考えているのかな?って思って。もちろん、今、お付き合いし始めて楽しくて幸せなのは見ていて分かるんだけど。んーと……」

「この先……えっと、それって……恋人じゃなくて……その……」

「あ、私に言わなくてもいいから……花ちゃんの気持ちの中で、これからお兄ちゃんとの未来はあるというので、いいんだよね?」

「うん。私は……この先も、できるなら、一緒にいたいって思ってる」

「あのね、カードの結果なんだけど、お兄ちゃんも、これからのことを考えてるみたいなの。でね、その思いを伝えたいという気持ちが高まっているみたいよ」


それって。


「花ちゃんの気持ちも、お兄ちゃんと同じなら良かった」

「七絵ちゃん……」

「ほらほら、そういう顔は、見せる相手が違うでしょ」

「うん、でも、私……」

「あれ?この結果を聞いて困ってるの?」

「そうじゃなくて、私、この街に来て、まだ1年も経ってないんだよ?なのに、そんな風に思ってもらえるほどの人間じゃないのに、いいのかな?って」

「どれくらいの付き合いかって、月日より、中身だと思うよ?」


2月の引っ越し、そして今は9月の終わり。

5月の和宏さんの誕生日から恋人としての時間は増えて、来月は私の誕生日。

そのタイミングでの連休と、お誘い。


さすがに鈍い私でも、なんとなく分かってた。

だけど、それが違うかもしれないと思うと、不安の方が強くなって……七絵ちゃんに相談したんだよね。


結果。

うん、たぶん、私の思っていることを、和宏さんも思って、そして行動をしてくれるんだと分かった……それを、私は……。


「花ちゃん。こんな時は、自分の気持ちに素直になっていいと思うよ」

「素直?」

「うん。花ちゃんさ、たぶん、今、こんなに幸せばかりでどうしたらいいのって困ったり、もしお兄ちゃんと上手くいかなかったらどうしようって考えたりしてると思うんだ」


……カードを並べるまでもなく、気持ちがバレバレでした。


「私もだけど、お兄ちゃんも、花ちゃんが笑ってくれるのが何より嬉しいんだからさ、幸せだと感じることは素直に笑って受け止めてればいいんだよ。謙遜とか、遠慮とか、私達には必要ないからね」

「本当に、私、それでいいの?」

「いいも何も、私は、遠慮される方が悲しいよ。今日みたいに、困ったら声かけてくれるの嬉しかったよ?私の都合が悪い時はごめんねってするけど、それは私の判断であって、花ちゃんが私に迷惑だからって思われる方が嫌だもん」

「うん、ごめんね」

「ほらほら、そこはごめんねじゃなくて、ね?」

「うん……ありがと、七絵ちゃんがいてくれて、私嬉しいよ」

「うん。私もだよ。花ちゃん、大好き」


ぎゅ。いつものように抱きしめあう私達。

あ、そういえば。


「ねえ、七絵ちゃん」

「なあに?」

「私ね、こんなに……ハグするほどの仲良しって、初めてかも」

「ふふ。花ちゃんの初めてが私かぁ。それは光栄ですなぁ」

「もう、揶揄わないでよ」


恥ずかしさとか、遠慮とか、そういうものがストンと頭から抜けていったのは、さっきの七絵ちゃんの言葉のせいかもしれない。


「私、家族以外の人とは、なんだろ、そんなに深くお付き合いすることはなくてね、学生時代も、周りの子と比べて浮いてるなって思ってたんだ。でもね、やっぱりちょっと羨ましかったのかも」

「ハグするほどの仲良しさんが?」

「うん。何してるんだろうって思う気持ちが当時は強かったけど、今は分かる気がする」

「どんな気持ち?」

「自分のことを受け入れてもらった安心感とか、心がぽかぽかするね」

「うん。私も、ぽかぽかしてるよ。花ちゃんの香り、お店の匂いかな?昔お母さんに抱っこしてもらった時の匂いがするよ」


七絵ちゃんの柔らかさとか、ぬくもりを感じて、胸の奥がぽかぽかする。

『素直になる』って、きっと、このぬくもりを感じるだけでいいんだ。

人の体温のぬくもり、優しさや気遣いのぬくもり、笑顔。自分に向けられたそれを、疑いなく受け入れて、そして感じたことを返す。


「もう大丈夫かな?うん、落ち着いた顔してるね」


ゆっくりと離れて、私の顔を見て七絵ちゃんが聞いてくる。


「うん。ありがと、七絵ちゃん。トートタロットの結果も、ハグも、凄く心強かったよ」

「ふふ。結果のことは、花ちゃんも分かってると思うから、私から詳しく解説しないけど、心にメモしておくといいかもね」

「うん。そうする」


『僕の思いをあなたに伝えたい。僕の愛をあなたに贈ります』


あの3枚が出してくれたメッセージ。

カタカナ5文字にしてしまうのは、私も、たぶん七絵ちゃんも躊躇ってしまった。


だって、それは、やっぱり。


「連休、楽しみだね」

「うん」

「じゃあ、私帰るね、おやすみ~」

「うん。遅くにありがとう。おやすみ、七絵ちゃん」


玄関で見送って、一人になった私は、連休まで、和宏さんの顔を見て赤くならないようにするのは大変そうだなって考えてしまった。


その言葉を聞けるまで、私の心臓持つかなぁ。ドキドキが止まらない。

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