30杯目

『お待たせいたしました。喫茶店 太陽、本日11時から営業再開します。ケーキ屋アリスのスイーツも、以前より増やしましたので、午後のティータイムもお楽しみください。(花)』

『それから、SNSの担当変更のお知らせです。これまでの担当(七)こと、七絵さんから引き継ぎ、喫茶店 太陽のSNS更新は、私 花子が新担当になりました。よろしくお願いいたします(花)』


スマホに入力した言葉が、最新ツイートとして表示された。

アカウント名は、『喫茶店 太陽』この商店街の小さな喫茶店だけど、意外に近隣から、雰囲気を楽しみにいらっしゃるお客様も多く、気軽に情報交換できるご近所さん以外へのこうした告知は喜ばれるみたい。


営業時間内に電話頂いても、なかなかすぐ対応できないからと、七絵ちゃんが数年前に始めたSNSのアカウント。先日の、改装祝いの席で、改めて私に引継ぎをしたんだっけ。とりあえず、私が馴染みのあるTwitterからまずは更新っと。


お店のアイコンは、外の看板。そして、ヘッダーは、カウンター席……と、その一席に座る猫のハナちゃん。そう、猫がいる喫茶店、というのもご来店の理由の一つなんだそうで、七絵ちゃん曰く『毎日更新する必要はないんだけど、週1回くらいは何か更新してくれると嬉しいな。あ、特に話題がなくても、花が咲いたとか、このメニューが人気だとか、ハナちゃんが寝てるとことか、画像もつけてくれるとお客様も喜んでくれるみたいよ』ということで、私も、せっせとご挨拶をスマホに打ち込んでみた。


「ん?」


さっき投稿したのに、さっそく『いいね』がついた。

え?もう?

恐る恐る通知欄を開いて、誰が『いいね』してくれたのかを確認すると……。


『ケーキ屋アリス』のアカウント名が。


「え?」


驚いてアリスのアカウントページに行き、投稿を見てみると……。


『みなさん、こんにちは!ケーキ屋アリス、TwitterとInstagram始めました♪これから、お店のお勧めや、新作ケーキのことなど、呟いていきますので、よろしくお願いします!」


という元気一杯の文字、そして、それに続く投稿は。


『ということで、ケーキ屋アリスのSNS担当になりました、元・喫茶店 太陽の看板娘、七絵です。これからは、こちらで皆さまに喜んでいただけるケーキ屋焼き菓子を作っていきますね』

『それで、喫茶店の方のSNSは、2月からお店をお手伝いしてくれている花子さんが担当してくれることになったので、そちらも合わせてよろしくお願いしします!太陽のアカウントは……』


おお。なんというか、さすが、七絵ちゃん。凄い。

そして自分の……お店のアカウントに戻ると、通知がさらに増えていた。


『ケーキ屋アリスさんにフォローされました』

『ケーキ屋アリスさんが、あなたをリスト商店街に入れました』


……。

七絵ちゃん、パティシエよりも、広報の方が向いているんじゃないかな?と、ちょっと思ってしまうほど、仕事が早い。

スマホを見ながら、そう思っていると。


カランカラン。

お店の扉が開いた。


「おはよう!……ございます。あ、花ちゃん!」


先ほどの投稿と同じテンションで、七絵ちゃんが登場した。



「なんだなんだ、朝から賑やかだな」

「あ、お兄ちゃんも。おはよう!」

「はいはい、おはよ。で、どうしたんだ?」

「あ、そうそう。これ、今日の分だって」

「ん?ああ、今日のケーキの納品か。はいはい、とりあえずカウンターに置いて……花子さん、あと、お任せしていい?」

「はい、ケースに入れておきますね」

「うん、お願い。じゃあ、七絵。伝票にサインするから……ん?なんだ、その顔」

「……えっと、伝票……すぐに持ってくるので、少々……お待ちくださーい」


そう言い残して、七絵ちゃんはカランカランと音を立てさせながら、アリスに戻っていった。残されたのは、全くあいつは……と言う和宏さんと、ケースに入れようと納品の箱を……あれ?


「あの、和宏さん」

「ん?どうした?」

「伝票って、これですか?」


ケーキの脇に、封筒があって、そこにはケーキケースの近くに置く、アリスのショップカードやケーキの一覧表などと一緒に、数字の書かれた紙が。


「あ、そうそう。これだよ。って、七絵……あ、戻ってきた」


バタバタと出た時と同じ勢いで、アリスから太陽に……通りの斜め向かい側からそんなに慌ててこなくても、と思う勢いで戻ってきた七絵ちゃんに、和宏さんは。


「ほい、伝票受け取ったぞ。サインして返すから、とりあえず水飲んでいけよ」


ううう、と声にならない言葉を出しながら、カウンターにもたれる七絵ちゃんに、私はお水を用意して渡して、声をかけた。


「七絵ちゃん、Twitter更新お疲れ様。あとでまた、いろいろ教えてね」


お水を喉に流しんだら、こくこくと頷きながら、指でOKを出してくれた。


「ん、七絵。アリスでもなんか始めたのか?」

「そうなんですよ、七絵ちゃん、アリスのTwitterを始めたみたいで、さっき、お店のアカウントもフォローしてくれたんですけど、えっとリスト?が私よく分からなくて……」

「……あ、えっと」

「ああ、いいや。また長くなるだろうし、すぐにどうこうしなくてもいいんだろ?」

「えっと、この商店街の人で、お店のTwitterアカウント持ってる人で、グループを作ろうと思って、その準備というか……うん、もしかしたら、常連さんとか、お客様から何か聞かれたら、ごめんね。質問はこっちに投げちゃっていいから……。あ、とりあえず、また後でね。お店に戻るね!」


店長がサインした伝票を受け取り、バタバタと七絵ちゃんはアリスに戻っていった。


「……まったくあいつは……」

「ふふ。なんだか、初めてここに来た時のことを思い出しますね」

「あー、そういえば。まあ、それだけ、七絵も緊張してるんだろうな」

「え?」

「ほら、今日から改装後初めての営業なのにさ、自分が手伝えなくて大丈夫かなー?とか、花ちゃんにあれこれ言って負担だったかなー?とか。あいつ、ああ見えて、意外に繊細なんだよ」


花ちゃん、という呼び名にちょっとドキっとしたけど、七絵ちゃんのことをしっかり見ている和宏さんにも驚いた。


「まあ、七絵が心配しなくても、花子ちゃんはしっかりやってくれるだろうし、今日からしばらくは、母さんも忙しい時間はお店を手伝うって言ってたし、大丈夫だよ」

「分かりました。店長」

「……今更それ?……えー、なんか俺、やる気が落ちちゃうなぁ」

「でも、仕事ですし……」

「んー。ん……、よし、じゃあ、店長って呼ぶなら、俺、花子ちゃんのこと、山本さんって呼ぶよ」

「ええ……それは……」

「それは?」


うう。揶揄われてる。


「ごめんなさい、和宏さん」

「うん、そっちの方が嬉しいな。じゃあ、開店準備続けようか、花子ちゃん」

「はい!」



店内のあちらこちらで賑やかなお喋り声と、笑い声が聞こえる。

お客様同士だったり、店長……和宏さんや、康子さんと常連のお客様との会話もあって、それを聞きながら、私は……。


「はい、ナポリタンと、オムライスできたよ、お願いね」

「はい!」


キッチンからの声に、トレイを持って店内をくるくると動くしかできなくて、あれ、これって、確か七絵ちゃんがSNS更新した時以来の忙しさかも?

運び終わって、お会計して、空いたテーブル片付けて、そろそろ洗い物にいかないと……、あ、トイレの点検が先かな?えっと……。


ぽん。

ふいに肩を叩かれ、びっくりすると、いつの間に後ろのいたのか康子さんの姿が。


「花子さん、私、ちょっとお手洗いにいくから、その間、フロアよろしくね」

「あ、はい」

「ああ、そうそう。ついでに、トイレのお掃除や点検もしておくから」

「あ、ありがとうございます」


そんなに利用する人が多くはないとはいえ、複数の人が利用するトイレは、朝夕以外に、一度は点検しておかないと、足りない物や汚れがあっては大変。

そんなことを気にしだすと、つい意識がそっちに向かっちゃって……多分、康子さんにはバレてたんだと思う。


ほんと、敵わないなぁ。


ちょっとだけ悔しいような、支えてもらえる心強さのような、複雑な気持ちを抱えながら、私は、ホールの仕事に集中することにした。



「はい、お疲れ様」

「おつかれさまです……」


もう気力のない、かすれかかった声で和宏さんに返事をすると、くすくすと笑われてしまった。頂いたのは、氷少な目シロップ多めのアイスティー。それを一気にストローで吸い上げる。ごくんごくん、と喉が音を立てると同時に、潤いと甘さに頭もすっきりしてきた。


「……ふぅ。和宏さんも、お疲れさまでした。今日はお客様多かったですね……私が知る限り一番かも?」

「ほんと、今日は多かったよね。改装したお店を見たいって人や、アリスのケーキを食べられるって聞いてきた人がいたみたい。SNS効果かな?朝、花子ちゃんが投稿してくれたでしょ?あれ、結構見てくれた人いたみたいだよ」


あ。そういえば、朝のバタバタ以来、チェックしてなかった。今、どうなってるんだろ?スマホを出して、Twitterを開いてみると通知欄に見たこと無い数字が。


「わ、わあ?」

「ん、どうかした?」

「通知がこんなに……私、こんな数見たの初めてかも」


通知欄には『〇〇さんと他30人があなたのツイートをいいねしました』の言葉と共に、たくさんのアイコンが。他30人ってことは、31人からの『いいね』がついたってこと?凄い。

それ以外にも、同じようにリツイートの通知もあって、それからコメントも。


『改装おめでとうございます。今度食べに行きますね』

『アリスさんのケーキと太陽さんのコーヒーが楽しめるなら、私毎日通うかも』

『新担当の花子さんよろしくね!って、猫のハナちゃんじゃないよね?(笑)』


……凄い。

私個人のアカウントでは、ほとんど通知が無かったから、あまりの情報量にびっくりしちゃった。お店のアカウントは、七絵ちゃんが作って育ててきて、いろんな方と交流して、お互いにフォローして、たくさんの人と繋がっている。それが今日から私が、お店の顔として、交流するんだ。


「お。うちの店、結構人気なんだね。まあ、七絵と同じことを無理にしなくてもいいから、花子ちゃんなりの更新でいいんじゃない?とりあえずさ、お店の臨時休業とか、新作のメニューがあればいいんだし。どうしても困るコメントもらったら、相談してよ。あ、俺が書く時は何て名前にしたらいいんだろ?店長だから、カッコ・店?うーん、それなら、カッコ・店長でいっか」


真面目な顔して、カッコカッコと言う和宏さんを見てると、何だか方の力が抜けてきた。


「ほら。とりあえず、今日のお礼だけ書いちゃえば?俺、その間に夕食作ってくるから。母さんは先に二階に戻って、夜はお友達と食べるからって言ってたし、俺たち二人分ね」

「はい、分かりました」


さてと、なんて書こうかな?と思ったら……。


カランカラン。

朝の記憶と全く同じように、飛び込んできた人影があった。



「七絵さ、こういうことはもっと早めに……」

「ごめんなさい。今朝思い出して、やらないと!って思ったら……」


お店に入るなり、ごめんねーと謝り倒す七絵ちゃんと、それを宥める私という時間が数分続いた後、キッチンから出てきた和宏さんがお説教を始めた。


うん、七絵ちゃん……心の準備というものを、私にください。

この街で育った七絵ちゃんの口コミパワーを、改めて感じた私。

お店のアカウント以外にも、個人のアカウントを持っているので、喫茶店とケーキ屋アリスのことを、そっちで呟いたらしく、あの通知の量になったみたい。


嬉しいよ。でも、……まあ、悪口ではないから、ご好評だったと前向きに考えて……と思うには、今日の私は疲れすぎたかも。


「ほら、花子ちゃんも一日中忙しくて疲れたのに、七絵、責任持って、今日のお礼コメント一緒に考えてあげなよ。七絵の分も夕食作ってくるからさ」

「花ちゃーん、ほんと、ごめんなさい!一緒にコメント考えるよ!」

「う、うん。あ、そうだ。じゃあさ……」


カシャリ。

七絵ちゃんと、私と、それからハナちゃんの看板娘の自撮りをして『本日は千客万来ありがとうございました!これからも、喫茶店 太陽をよろしくお願いいたします。 花子&七絵&ハナ』と書き込んで、投稿完了!


「ん、終わった?じゃあ、食べよっか」


私達がわちゃわちゃと騒いでいる間に、七絵ちゃんの分も加えて3人分の夕食を作ってくれた和宏さんに、はーい!と元気よく返事をして、私達はテーブルに着いた。


「それにしてもさ、なんか、今日のドタバタ、懐かしかったよ」

「そうですね、忙しかったですね」

「あ、うん。お店もだけどさ、えっと、花子ちゃんが初めてお店に来てくれた時のこと思い出したんだ」

「え?」

「七絵がバタバタとお店に駆け込んできたり、二人でわいわい喋ってたり、まあ何というか……」

「花ちゃんがいるの、当たり前すぎて、ずっと前からいる感じだけど、そっか、あの時からだから、まだ半年……?も経ってないんだね」

「うん。私も、この間、それ思ったの。この街に来て、偶然、このお店に入って、それから私の人生が大きく変わったなぁって」


あの日。

ご飯食べるだけの、たまたま入った喫茶店で、出会った二人。と、一匹。

今日も同じメンバーで、同じ場所にいて、でも、あの時とは、それぞれ違う顔してるんだよね。


「私、あの日、このお店に入らなかったら、今頃どうしてたんだろうね?」

「あの日、花子ちゃんが来てくれなかったら、俺は倒れてたかもしれないし、誰か違うバイトさんを頼んでたかもしれないし……」

「あの日、花ちゃんが来てくれなかったら、お店のことも心配だし、アリスのバイトも辞めてここに専念してたかもしれないし、お兄ちゃんと喧嘩ばかりだったかもしれないし……」


みんなで、独り言のように『あの日』が違ったらというのを想像してみたけど……。


「やだ。私、このお店で、和宏さんのお料理食べていたいし、七絵ちゃんの笑顔に癒されたい」

「花ちゃん!」


ぎゅっと女同士抱き合うのは、もういつものこと。

でも、それを今日は何だか嬉しそうに見つめる和宏さんの姿があった。


「なあ、七絵。花子ちゃんはさ、俺たちの運命の女神様だったのかもしれないな」

「え?」

「あ、そっか。そうだ、えっとね、花ちゃん」

「うん」

「あの日、花ちゃんが初めてお店に来てくれた後、私、花ちゃんのことが気になってね、『私達にとって彼女はどんな人ですか?』ってカードに聞いてみたの」


そんなことがあったなんて。

というか、あの時点で、和宏さんも七絵ちゃんも、私のことを意識してくれていたんだ。……ちょっと嬉しいかも。


「でね、まあ三枚引きだから簡単に言うとね」

「うん」

「止まっていた状態を動かし、みんなと笑顔を分かち合える人」

「おお。なんか凄い」

「でしょでしょ。お兄ちゃんも似たような反応しててね、で、花ちゃん……当時はまた、あのお客様という意識しかなかったんだけど……俺たちにとって、運命を回してくれる女神様なのかもね、って言ってたんだ」

「運命の……あ、そっか運命のカードが出てたんだね」

「そう!残りの二枚も分かる?」

「えーっと、たぶん運命が真ん中で、左……過去がディスクの7かな?止まっているイメージで、それが現実のことだもんね」

「すごい、正解!もう見たまんま、身動き取れなくて明るい話題も無くてね……」

「あ、じゃあ、残りは多分……カップの9?」

「うん!もう、そのまんまハピネスだもんね」


三か月前の結果が、今こうやって実体験として『当たった!』と感じられること、凄いなぁ。確かに、あの頃は、二人とも笑っていたけど、多分、人前じゃなかったら……って、人前でも泣いてた人がいたっけ。


ちらり、とテーブルの向こうにいる和宏さんの顔を見ると、あれ?ちょっと潤んだ目をしてる……?


「和宏さん?」

「ん?あー、いや、なんか、その時のこと思い出してたら、ちょっと……」

「やだ、もう……お兄ちゃん……」

「七絵ちゃん??」


隣から震える声が聞こえてきたので振り向くと、こっちはもう泣きだしている七絵ちゃんが。


「いやー、ほんと、あの時はもうダメかと思っててさ、七絵がタロットで出してくれた結果を見ても、正直、そこまで上手くいくわけないって思っててさ」

「ちょっとお兄ちゃん……でも、私も、ここまで、こんなにみんなが揃って笑ってハピネス……幸せって言えるようになるなんて……あの頃は、それを期待しすぎても、もし違ったらと思うと怖くって……」

「うん」

「でもね、こうやって、今ね、私笑ってるし、お兄ちゃんも、お母さんも、みんな幸せなの、そうなの。運命の女神様は本当にいたんだよぉ……」


笑ってると言いながら、涙声で、そう呟く七絵ちゃん。

『塔・愚者・ワンドのA』が私に出たタイミングで、そんなことを七絵ちゃんが占っていたのは知らなかった。


「俺さ、普段は、あんまり母さんや七絵の占いに頼らずに、あれこれ決めるんだけどさ、あの時はなんだか『あのお客様気になるね』って七絵と意見が一致して、不思議なんだけど占いを信じてみようと思った結果……」

「運命の女神を意識して、働かないか?って声かけてくれたんですね」

「そうなんだ。えっと、その、確かに、誰かバイト入ってくれたら嬉しいけど、募集かけて面接してってことも考えられなくて、……今思うと、そういうことをしなかったからこそ、俺は花子ちゃんと出会えてこうしていられるんだなって……だから、お店でも占いを通して、お客様にも喜んでほしいって……そっか、なんか俺、占いへの抵抗感が薄れたかも」

「そうだね、占いに対して抵抗というか、無関心だったのにね、お兄ちゃん。母さんや私がしてること、邪魔もしなければ興味もないって感じだったもんね」

「あー、うん。信じる信じないというか、俺には縁の無い世界と思ってたからさ。でも、今はなんだろ、この喫茶店と占いを、もっと楽しんでもらいたいなって思うよ」

「私も……私も、そう思います。七絵ちゃんはアリスの方があるから難しいかもしれないけど、康子さんの占いを多くの方に楽しんでもらいたいです」


この間出かけた、少し大きな駅の商業施設には、フロアの一角に占い師さんがいらして、気軽に利用できる環境があったのを思い出した。この商店街には、たぶん、そうした場所はないけど、ないなら、このお店がなればいいんじゃない?


「えっと、花ちゃん」

「え?」

「その占いするの、花ちゃんでもいいんじゃない?」

「ええ?私はまだ無理だよ……自分のことでもまだまだなのに……」

「ん-と、いきなり最初からはあれだからさ、えっと、例えば私なら、お客様にはお店のメニュー何かご注文と、占いのお代を頂いていたのを、花ちゃんは見習いだから占いはサービスにするとか。あ、もちろん、いつかはお代をいただける占いをする前提の、えっと、モニターさんというか……」

「それでも、私の占いでお代を頂くなんて……」

「まあ、とりあえず、お店の様子見ながらやってみるくらいならいいんじゃない?」


私達の会話を聞いてた和宏さんが、まさかの後押しをしてきた。え?和宏さん、私の占いのレベル知ってるの?


「んー、俺さ、そんなに占い詳しい訳ではないけどさ、さっきの七絵とのやりとり聞いてても、七絵と話が通じるんだし、それにさ、花子ちゃんにトートタロットを教えてる七絵が言うんだから、いいんじゃない?」

「え、でも……」

「よし、花ちゃん。ここはひとつ、トートタロットに聞いてみよう!カード持ってる?」


え、え?と混乱しつつ、休憩場所に自分の鞄を取りに行き、大事に包んで箱に入れたトートタロットを持ってテーブルに戻った。


「はいはい。ここ、場所開けたし、きれいに拭いたからどうぞどうぞ」


食事の皿はいつの間にか片付けられ、場を整えてもらったテーブルに、私は箱からカードを取り出すと、両手の中に包み込み、深呼吸をした。


『私は、見習い占い師として、このお店でお客様にトートタロットをで占うことができますか……ううん、できますか、じゃなくて、占います!アドバイスをお願いします』


占う内容をカードに伝えると、テーブルの上でくるくるとシャッフルし、ひとまとめにして、3つに分けて……。


「じゃあ、並べます」


なんとなく、そう声に出して、カードを並べ始めた。


「あ。これは……」


出たカードは『ディスクの7、運命、愚者』。


「ふふ。決まりだね」

「うん。今まで自分の中だけで留めていたけど、これからはとにかく行動してみるよ。このチャンスに始められるなら、怖がる方が勿体ないってトートタロットに言われた気がしちゃった……ハピネスの未来をお二人が信じたように、私も愚者の未来を信じてみる」

「うん。凄いね、ちゃんと自分で読めてるよ、花ちゃん」

「ありがとう、七絵ちゃん」


「見習い占い師さん、おめでとう」

和宏さんからも声をかけてもらう。


「ありがとうございます。その、お店の手が空く時間に、少しずつ始めますので、ご迷惑になるかもしれませんが……」

「ん?いやいや、ランチとか、夜とか、忙しい時間じゃなければ、俺ひとりでも何とかできるから。そうだな……見習いさんが、実力と自信をつけたら、母さんと花子ちゃんで、一日占いのイベントをしても面白そうだな」

「え、それ楽しそう!私もやりたーい」

「七絵は、アリスの許可が下りたらな」

「えー。よーし、花子ちゃんが上達している間に、私も何か新しい占い勉強してみようかな?」

「全くお前は……パティシエの仕事を頑張るんだろ?」

「それはそれ、これはこれ。だって、いろんな占いを出来る方が、お客様も楽しいでしょ?」


わいわいと『これから』の事を話す二人の姿と、その中にいる私。

この街に来て、このお店や、優しい人たちに出会って、……今日みたいに、占いに人生を後押ししてもらった日々を思い返す。


「イベント、面白そうですね」

「花ちゃんもそう思う?絶対実現させようね!」

「占いが出来る喫茶店……魔法使いのお店みたいで面白いかもな」

「ん-、魔法使いじゃ、なんか違うんだよ、お兄ちゃん」

「そうですね……タロットは魔法使いというより……」


「タロットといえば魔術師!」

私と七絵ちゃんの言葉が重なった。


「魔術師か、へー、それもいいな。じゃ、イベントをする時の名前はそれにするか」

「うん!」

「はい!」


『魔術師のいる喫茶店』

占いが、あなたの人生を後押ししてくれる不思議な体験ができるお店。

いつか扉が開くその時に、皆様のご来店をお待ちしております。



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