25杯目
喫茶店 25杯目
昨夜から、私と和宏さんの間に何か進展があったかというと、あれ以上のことは何もない。というか、それどころでは無かったというのが正しいかも。
「花ちゃん、じゃあ、ハナのことよろしくね」
重そうなリュックを背負って出かける七絵ちゃんの腕から、ハナちゃん入りのカゴと、猫セットを預かる。
今日はいろいろ手続き関連であちこち行ったり、足りないものを買い足しにいくので、ハナちゃんを我が家で預かることになったの。
ちなみに、実家の喫茶店は昨日から数日お休みにして、二階と一階の大掃除や、お店のキッチンの道具の入れ替えなんかでバタバタしてるらしく、静かな我が家に避難することになったんだ。
私はお手伝いに行かないのか?ということに関しては、一応聞いてみたんだけど、お店の方は業者さんが出入りするし、私がいても仕方ないというのと、二階のお手伝いはやんわりとお断りされた。まあ、見られたくないものとかあるだろうから、私もそこまで食い下がらずに、今日は自宅で過ごしているのだけどね。
「はーい。七絵ちゃんも行ってらっしゃい。忘れ物はない?」
「うん……たぶん、大丈夫!」
「はーい。じゃあ気を付けてね」
「うん、ありがとうー」
アパートの玄関先でやり取りをした後は、バタバタと階段を下りて、駅前のバスロータリーへと向かったかな。
さてと。
「ハナちゃん、我が家へいらっしゃい。えっと、ここ開けておくから出たかったら出てね」
部屋の日当たりの良い場所にカゴを置いたら、ネコのカゴ?キャリーっていうんだっけ、その出入口のドアを開けておいた。お店でも暴れまわることなく、日向やお客様の側でゆっくりしているハナちゃんだから、自分で気が向くまではそうやって自由にさせてていいよ、と七絵ちゃんから言われてたけど、ほんと、手がかからない猫ちゃんだよね。
「にゃぁん」
分かったわよ、というような声で一鳴きしたハナちゃんは、そのままゆっくり寝ちゃった……まあ、中にふかふかのタオル敷いてあるし、五月の梅雨前の爽やかな日差しは、そりゃ寝ちゃうよね。
そうやってしばらくハナちゃんを見つめた後は、すぐ飲めるようにお水の用意だけして、私は机に戻った。
さてと。
昨日、七絵ちゃんから『借りた』トートタロットのノートの続きを読み始めた。
個々のカードの意味、大まかな読み方などは、解説書でも分かるけど、実際に使った人だけが感じること、そしてお悩みに対して、このカードが出たら、基本の読みからは少しずれるけど、こういう読み方でも伝わったよという、実例集。
ノートの左側にカードの説明などの基本情報、右側に後から使いながら書き込んだことがびっしり。そんなノートが、アテュで2冊、コートカードで1冊、スモールカードはマーク毎に1冊ずつの計4冊。それから、トートタロットや占いの用語、星座や神話など、知っておくとより世界観を掴みやすい副読本のようなノートが1冊。8冊のノート、それから、いろいろな記事をコピーして挟んであるファイル。
学生の1日の授業のようなノート量だけど、七絵ちゃんが言うには『もっと深く知りたい人は、市販の本も何冊も買うし、勉強会や、同じ占い師さん同士で交流会もするみたいだし、私なんて細々と独学で学んでいるだけだからね』なんて謙虚な言葉を言ってたけど、全然凄いよ、これ。
七絵ちゃん、これだけの量を、いろいろな事と両立させてきたんだね。
とりあえず、広げたまんまでは何も出来ないから、今読んでいるノート以外は、片付けちゃおう。ノートをまとめて、七絵ちゃんが持たせてくれた鞄に入れようとして、ポケットに何かが入っているのを見つけて取り出した。
「これは……手紙?」
花ちゃんへ、とかわいい文字で書いてある封筒が出てきた。
スイーツモチーフの封筒と、シールが七絵ちゃんらしいなと、笑ってしまう。
落ち着いて読もう、インスタントのコーヒーとお湯をカップ半分まで入れて、冷蔵庫から出した牛乳を注ぎ入れる。熱い方がコーヒーの香りが楽しめるけど、少し温い方が好きだし、何よりカフェオレの優しい味が好きなので、自宅ではほとんどこのレシピ。時々蜂蜜を入れたり、ブラックのままで飲んだりもするけどね。
さてと。カップを手に、机に戻る。
一口飲んで、うん、美味しいと自画自賛した後は、封筒から手紙を出してみた。
『花ちゃんへ
何度も言ってしまうけど、この街に来て、うちのお店に来て、そして私達を助けてくれてありがとう。本当に、我が家はみんな、花ちゃんが大好きだし、感謝しています。』
そんな書き出しから始まって、自宅で一人で読み始めて良かったと思った。……ハナちゃんがいるけど、猫なので気にしない。外で人目を気にしながらだと、この時点で手紙を封筒に戻しそうになるだろうなあ。
『あのね、トートタロットのことを好きになってくれたことも、学んでみようって思ってくれたことも、本当に私嬉しいの。ネットを通してじゃない、顔を見ながら同じ話題で盛り上がれる仲間ができたんだもん。
でもね、花ちゃん。
もし、学ぶことや占いをすることが嫌だなって思ったら、無理しないでね。無理やり勧めたから……ううん、押し付けてしまったかもしれないって、私、ちょっと反省しています。』
手紙の内容は、いつもの、くるくると表情が変わる七絵ちゃんそのもので、彼女の声で再生されているみたい。だからね。
「大丈夫、私、無理してないから」
そんな独り言が、つい出てしまったのも仕方ないよね。
『あのね。花ちゃん。
花ちゃんはね、自分が思っているよりも、ずっとずっと素敵な人なんだよ。私もお兄ちゃんも、接客業してるから、いろいろな人を見てるけど、花ちゃんの素直なところや、人に感謝を伝えられるところ、それを自然に出せるのって凄いんだよ。
だからね。年下の私が言うのも変な話かもしれないけどね、花ちゃんには自信を持ってほしいんだ。あ、あとね、受けとることを怖がらなくても大丈夫なんだよ。』
う。褒め殺しされそう。
カフェオレを飲んで、ちょっと落ち着こう。えっとハナちゃんは……うん、大丈夫。まだ寝てるね。
『えっと、文字で伝えると上手く言いたいことが伝わるか不安だけど……。
初めて花ちゃんに会った時、私もバタバタしててあれだったんだけど、これから何かを始めようという人には見えなくて(ごめんなさい!)それが、ずっと引っ掛かっていたんだよね。
そしてね、それって、過去の私にそっくりだなぁって気が付いて、だからこそ、トートタロットを知ったタイミングで、もし良かったらとお勧めしてしまいました。うーん、こうやって書くと、何が何だか分かってもらえるかな?
私もね、前にいろいろ迷ったり悩んだりして、何度もお母さんにタロットで占ってもらったり、普通に相談もしてたんだけどね、その頃によく言われたのが、
結局、七絵自身は何をしたいの?
ということだったの。あ、これって、親子だから言えることであって、友人とか、お客様にはこんな……はっきりとした言葉では言わないんだよ?』
『結局、何をしたいの?』
その言葉は、まさに今、私が抱えていることかもしれない。
なんとなく、でこの街に来て、なんとなく仕事も友人も恋人も出来て……それは後悔していないんだけど、本当はどうしたかったんだろう?という部分では、どうしても『うん!』と言えないでいる気がする。
『そんな時にね、お母さんから、七絵もタロット自分でやったらいいのに、って言われてね、じゃあって始めることにしたんだけど、せっかくならお母さんのと違うのがいいな、って探して出会ったのがトートタロットでね。
その時に、ネットでトートタロットのフールの画像を見て、え?なんかお母さんのと違う?なにこれ?って凄く興味を惹かれて、解説も読んでたら、ますます気になって……。
お母さんの言葉と合わせたら、私、くよくよ悩んでばかりじゃなくって、これで自分の運命を動かしていこうって思って、それで、トートタロットの勉強を始めたの。』
あ、そうだったんだ。
てっきり康子さんに、違うタロット使ってみたらって言われたのかなと思ったけど、七絵ちゃんが自分で選んだんだね。それにしても、一目惚れみたいなものだったんだ。
『タロットはね、どのカードでもだけど、何を知りたいのか、聞いてどうするのかって、自分の中で気持ちをしっかりしないと、カードが応えてくれないの。
特に、トートタロットはその傾向が強いみたいで、自分で練習で引いてる時に、何度もぼんやりした結果だし、何を伝えたいのか全然理解できなくて、せっかくタロット買ったのに……って悔しいやら、自分のダメダメさに余計辛くなってたんだけどね。』
え……七絵ちゃん、最初はそんな感じだったんだ。あ、だから、これだけ勉強を……でも、手放さずに、勉強頑張ろうって思えたのはなんでだろう?
『お母さんに、それ愚痴こぼしたら
タロットは答えを出してくれる便利な道具じゃなくて、相談に対する最善を答えてくれる一番身近なパートナーなのよ。ほら、私に相談する時も、七絵は何でも人任せにしたり、自分でも分かんないって言うでしょ?まあ、若い子はそういう感覚の子が多いけど、自分で叶えたい夢や目標があったり、こうなりたいという人生の大まかでも計画があれば、そうは言ってられないはずよ。
タロットに適当な気持ちで、何か良いことないか教えてって聞いてないでしょうね?
って言われて、その通りです……って何も言い返せなくて。
それが絶対駄目なんじゃないけど、これから自分でタロットと仲良くなりたいんだったら、お互い真剣に向き合わないとって言われてね、
私、人生にも、タロットにも、向き合ってなかったなぁって……まあ、トートタロットに出会ったのが、高校生の頃だから、人生とは?って考える年でもないかもしれないけどさ、それでも、お母さんの言葉が分からないほど子供でもなくて。
なんだか何もかも疲れちゃって、しばらくタロットも占いも離れちゃったんだ』
高校生でタロットと人生を考える、それだけでも凄いなぁって思っちゃう私は、やっぱり頼りないんだろうな。高校生かぁ。私、何も考えず、なんとなく大学に行かせてもらえたけど、よく考えるとそれも凄い有難いことだったし、実家に甘えてばかりだったよね。
今の七絵ちゃんが、大学卒業した私の年くらいだっけ。
やりたいこと見つけて努力して、目標の仕事に就いて。それを自分で決めてきた人生。手紙を読む限りじゃ、過去の雰囲気と今は全然違う気がする。
『それで、進路を決めなきゃって時期に、とりあえず就職して、うちのお店以外の職場を体験したいなって思って、……それを自分で決めたつもりで、タロットと相談することなく、面接受けて卒業後に仕事し始めたんだけどね、
ぜんぜん楽しくなかったの。
もちろんお給料は頂けるし、先輩も優しい人なんだけど、なんだかこう、自分がこのままここで働き続けていいのかなって、悩んでたら、ある時、お母さんに、最近笑ってないねって言われちゃって。タロットに相談してるかって聞かれても、うーんって適当に誤魔化してたらね
そうやって、自分のやりたいことを適当に扱って楽しい?
って言うんだよ?びっくりでしょ?成人前の子供に言うんだよ……厳しいでしょ?でも、言い返せないくらい、私が目を背けてきたことでね……。』
それは……私なら泣いちゃうかも。
そういえば、私は親から、そこまで真剣に人生について話しをされたことは無かったなぁ。今回の独り暮らしを勧められたことくらい?
『泣いて、仕事もお休みしちゃって、お母さんと顔を合わせたくなくて……その頃にはお兄ちゃんも外で仕事してて家にいなくて、お父さんお母さんがお店に行ってる間にこっそりご飯作って食べて、また部屋に引きこもって、そんなことを二日やってたら、なんだか悪いことしか考えられなくなっちゃって。
誰にも相談できないなら、トートタロットに相談しようって、本当に久しぶりに出してきて聞いてみたの。
今の私の仕事をこのまま続けるとどうなるかな?
そうしたら、もう、お手本みたいなネガティブカードばっかりで、あー、続けてもこうなるんだって、気が抜けちゃってね。もうどうでもいいやって、開き直って
私が好きな、得意なことを仕事にしたら成功しますか?
その質問に対しては、動けば変わるけど時間がかかる。ただ、未来は気持ちが安定するって出て……これって、冷静に考えると、その時の状態で仕事してても精神的にどうにかなりそうだったし、同じ仕事なら楽しみをもっていた方が気持ちも安定するだろうって分かるけど、それでも、自分ではない誰か……トートタロットに示してもらって、やっと自分の中で区切りがついたの。
そして、仕事を辞めること、その後にどうするかって考えられるようになって、気が付くと、製菓学校に行く費用なんかを貯めるためには、とりあえず今の仕事をいつまで続けるかって調べてたんだ。』
びっくりした。七絵ちゃん、そういう時代もあったんだ。
ずっと好きなことに向かって進んでいるのかと思ってた。
『えーーと…………。なんだか、自分のことを語るのって恥ずかしいけど、つい長くなっちゃったんだけど、えっと、何を花ちゃんに伝えたかったのかっていうとね。
トートタロットは、ただ人生を変えてくれるものじゃなくって
トートタロットを通して自分の気持ちと向き合ったり、
忘れていた本音を思い出したり、無理していることに気が付いたり
時には、見たくなかった現実を突き付けられたり
望んでない結果を出されたりするかもしれないけど
質問したのは自分自身、ということを忘れないでね。
それから
何を聞きたくて質問するの、ということを
きちんと伝えないと、
トートタロットは察してくれないことの方が多いから。
たまに、
今の君に伝えたいことがある、
と聞かなくてもぴったりのカードを出してくれるけど
それに甘えないで、カードと、自分自身との対話を意識すること。
それさえ忘れなければ、どんなにゆっくりのペースでも
カードはちゃんと答えてくれるからね。
あ。ノートなどの私が渡したものは、覚えておくと、ぐっと占いやすくなるから、頑張ってねー!
返却は、いつでもどうぞ。
七絵より』
すごい、熱量の手紙だった。
カフェオレ用意してて良かった……。
あれ、もう一枚、ある?終わりかと思った手紙には、まだ続きがあった。
『追伸
ごめんなさい、夜に書いちゃったから恥ずかしい文章になったけど!でも、これが私の伝えたいことで……えっと、花ちゃんにトートタロットの勉強を楽しみながら続けてほしいなという、私の勝手なお願いと、それから
なんだか、うちの家族が花ちゃんのことを振り回してしまってあれなんだけど、その決断に、もし迷っていたら、自分で占ってみることで、周りに流されたんじゃなく、運気の波……えっと、良いタイミングを何度も掴んだってことかどうかも、自分で分かると思うんだ。
私は、花ちゃんは今、転換期にいて、スムーズに進んでいるように思うの。もちろん、いろいろと迷いや決断を迫られることがあるのは仕方ないことだけど、不思議と良い方を自然に選んでいる気がするのね。
でも、それって運が良いと自覚していない人にとっては、もしかしたら怖いことかもしれないし、自分だけ楽しているように恐縮しちゃうかもしれないけど、だけどね、それは花ちゃんが運が良いからなんだって、自信持ってほしいんだ。そんな花ちゃんの周囲にいる人もね、不思議と良い流れになってきてる気がするよ。
だから、私は花ちゃんにありがとうって言い続けるし、花ちゃんには、それを笑顔で受け取ってほしいと思ってるの。たぶん、お兄ちゃんも、お母さんも同じだと思うよ。
お兄ちゃんとは違う愛を込めて。
七絵より。(今度こそ終わりだから)』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます