24杯目
初めての恋人と初めて手を繋いだ夜の思い出は、ちょっぴり切ないものでした。
その反対の手には、友人、そして恋人の妹の温もりがあって、二人きりの甘い雰囲気はなかったけれど、きっと今夜のことは一生忘れない。
誰かの大切な人を思う気持ちが、こんなに切なくて美しくて優しくて……そう思ったとたん、涙が溢れてしまった。大切な人を突然失ったこと、その失った時間を埋めるために頑張ってきた残された家族。その人たちに受け入れてもらって、ありがとうねって言ってもらって、私は……。
「じゃあ、おやすみなさい」
「送ってもらってありがとうございました。……おやすみなさい」
七絵ちゃんを送った帰り、数分だけの二人きりの時間だけになると、なんとなく手を放して、黙って二人で並んで歩いたけど、それがあまりに自然で、ずっとこうして共に歩んできた二人のようだった。
そのまま、つい、一緒に部屋に入らないの?と思うほど……。
だけど、アパートの下でお別れして、2階の自分の部屋の鍵を開けて……振り返ると、まだこちらを見ている和宏さんに手を振ってぱたんとドアを閉めたら。
「ううぅ……」
我慢していた涙が、溢れて止まらなかった。
いつも明るく笑っていた、七絵ちゃん。
バタバタと顔色が悪くなるほど頑張り続けた、和宏さん。
温かく大きな存在でみんなを見守ってくれる、康子さん。
二年間。お父様が亡くなられてから、もう二年なのか、まだ二年なのか……その間も、お店は続けてきたし、和宏さんも、七絵ちゃんも、人生を変えた。ううん、変えざるを得なかった。
私の二年間は、ただ仕事して、派遣の契約が終わったらどうしよう、って受け身の人生。本当にやりたいことも無かったし、結婚を考える相手もいなかったし、守らなきゃいけないものも……まだ両親も元気で、何も考えてなかった。
こんなにも違う私なのに、どうして、あんなに優しいんだろう。
どうして、私にありがとうって言ってくれるんだろう。
泣きながら玄関で靴を脱ぎ、しゃがんで動けなかった。
悲しい、辛い、苦しい、嬉しい、愛しい……いろんな感情がごちゃ混ぜになって……。
コンコン。
ドアを叩く音がした。
こんな時間に誰?と思いつつ、のぞき穴から見ようとすると。
「花子ちゃん?大丈夫?」
和宏さんの声がした。
え?
どうして?あれから帰ったんじゃないの?
感情がぐずぐずなのに引きずられるように頭も混乱したまま何も考えられなくて、私は、ゆっくり立ち上がって、ドアを開けた。
「……花子ちゃん」
私を見て一瞬驚いた顔をして、そして。
「ごめん、部屋に入った後、帰ろうとしたんだけど、花子ちゃんが気になって……」
「えっと、……とりあえず、中に、どうぞ」
深夜ではないものの、廊下で声がするには遅い時間。ご近所さんにうるさいかな、と思って、和宏さんを部屋に迎え入れた。
「……」
「あの……」
こういう時、どうしたらいいんだろう。そう思っていたら。
「花子ちゃんにはさ、俺たちの悲しさや辛さを背負い込まないでほしいんだ」
「え?」
「俺たち、父さんのことがあって、突然で……いろいろあったけどさ、それはもう終わったことなんだ。だから、なんていうか、その、花子ちゃんを泣かせたくて、今日来てもらった訳で……えっと……」
和宏さんの言葉を聞いていたら、また、涙が溢れてきちゃった。
やだなぁ、人前でこんなに泣くなんて。指で涙をぬぐおうとして、動けなくなった。
「俺が、花子ちゃんを泣かせたくないんだ」
頭の上に、和宏さんの声と、熱い息を感じる。
大きな腕と胸にすっぽりと体を包まれて……。
「でも、どうしようもなくて、泣くときは、俺の胸で泣いてくれ」
ずるい。
涙と鼻水が流れてきて、こんな顔見せたくないのに、こんなに近くにいるんだもん。
でも、もう無理だ。理性とか建前とか、何もかも飛んで行って、和宏さんの胸に私の感情を全部流して……濁流のように流れ尽きた後、顔を上げると、濡れた和宏さんの目が私を見つめていた。
それは、ゆっくりと近づいて、やがて閉じられて。
私は、この夜のことを忘れない。
手の温もりと、唇の温もり。ちょっと塩辛い、私のファーストキスの思い出。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます