20杯目

テーブルの上に並んだ

『死』『カップの10』『愚者』

のカード。


……あぁ、うん。そうだね。


「あら。『死』が出ても怖がらなくなったのね」

「そりゃあね。私だって、もうタロット読めるんだから」

「そうねぇ。七絵も、もう大人だもんね」

「え。まだ、子供だと思ってたの?」

「まぁ、親からすると、子供はいくつになっても子供よ」

「えー、なんかひどくない?」

「ふふ。そういうものよ。……でも、今日見ていると、七絵も和宏も大きくなったなぁって、なんだかしみじみしちゃった」

「もう、お酒飲んだわけじゃないんだから……」

「はいはい。ごめんなさいね。えっと、……タロットの解説よね?」

「うん。お願いします」


『死』のタロットは、死神が描かれたカード。

私のトートタロットでは、少し違うんだけど、どちらも一見すると怖いんだよね。私も最初の頃は、びっくりしてたし、他の人を占うようになってからは、やっぱり驚かれることが多くて。


「過去の位置にある死は、さっきの七絵の時にも出ていた隠者のカードみたいに、一つの区切りを表すの。人の命が、生まれて死ぬ、という一つのサイクルの中での区切りが死。ただ、隠者は人生の何度もある区切りなのに対して、死は、もっと大きなものだし、そこから生まれ変わる再生の意味もあるの」

「うん」

「ここでいう再生は……そうね、これまでお父さんと私がお店をしていて、そこにお父さんの死と、和宏が仕事を辞めてお店を引き継いでくれたこと、お祖母ちゃんの入院で私がここを離れたこと、そうした大きな区切りが何度もあったこともそうだんだけど」

「……この数年でいろいろあったもんね……」

「そうね、やっと落ち着いたと思ったら、今度は……って、特に和宏は常に緊張してきたんじゃないかな?」

「多分。そんな中で、私がお店より製菓学校を選んで良かったのかなって、ずっと悩んでいたんだけど」

「七絵もお店のこと考えてくれていたのよね」

「だって……ここが私の家なんだもん。そりゃあ、いろいろ考えるよ」

「うん。そんな気持ちに対しても、一つの区切りを迎えたんじゃないかな?」

「それは……、うん。花ちゃんが来て、こうしてお店にも、お兄ちゃんにも馴染んでくれて、なんだろ、私がいなくても大丈夫かな?って、やっと思えたかも」

「この死のカードはね、怖いだけじゃなくて、区切りをつけて次に進む再生へのエネルギーも表すカードなの。ただの終わりじゃなく、必ず希望がある。そんなカードが過去にあるから、前向きな終わりね」

「なんだか、卒業式みたいね」

「そうね、今の状況が変わる、終わるというのは怖いかもしれないけれど、その先にあることを怖がらなくてもいいよって、学生さんには、よく伝えてるのよ」

「うん、分かる。気持ちの大きな変化だけど、通過点なんだよね」

「そういうこと。だから、過去にこれが出たということは、お店はいろいろあったけど、これからの希望がきちんとあるよということだから大丈夫」

「そっかぁ。うん、良かった。まぁ、過去だから、どんなカードが出ても、これから次第だし……って思ってたけど、うん、なんか安心しちゃった」

「ふふ。そして今は、カップの10ね。これは、……あの二人のことかしら?」

「……ちょっと……吹き出しそうになったじゃない。もう……」

「だって、七絵もそう読んだでしょ?」

「んー。まぁ……幸せそうだなぁ、周りにも笑顔を振りまいているなぁって思うけど、そんなストレートに言わなくても……」

「いいじゃない、もういっそ、二人の関係ですよって、このカード見せちゃう?」

「お母さん……」

「冗談よ」


……冗談に聞こえないところが怖い。

占い師が勝手に人様を占って結果を見せつけるのは、失礼に当たるって誰が教えてくれたんでしょうね……。本人がそれやっちゃ駄目でしょ。


「……じゃあ、次。これからのお店は……愚者かぁ」

「死から愚者。分かりやすく再生したわね」


にっこりするお母さんの笑顔が、ちょっと怖い。


「お店は、心機一転、ちゃんと進んでいくから大丈夫ってことね。ほら、いつまでもお店の心配ばかりしないで、これからは自分のことを考えていいのよ」

「……うん。分かってる」

「今、自分がお店の役に立ってなかったのかなって思ってる?」

「……別に」

「あのね。和宏から聞いたんだけど、花子さんがここで働いてくれるようになったのって、七絵のお陰でもあるんだからね」

「え?」

「花子さんを誘ったのは和宏かもしれないけれど、七絵がいて、そして占ってくれたことで、花子さんがここで働くことへの背中を押してくれたって。七絵の笑顔や優しさが、花子さんの……七絵?」


お兄ちゃん、そんなこと言ってたんだ。

そう思った途端、鼻の奥が痛くなって、そして……。


「お店で何かすることだけが、お店の、家の役に立つわけじゃないのよ。和宏を支えてくれたこと、花子さんにお店のことを教えてくれたこと、二人の相談に乗ってくれたこと、どれも、七絵だからできたことなの。七絵はは、ちゃんと、みんなの為に頑張ってくれたのよ。ありがとうね」


ずるい。

こんな流れで、その言葉を言うなんて。

そんなこと言われたら、私……。


「……あの、七絵ちゃん、大丈夫ですか?」

「はな、ちゃん……」

「はい」

「花ちゃーん!」

「わっ」


キッチンからこちらに出てきた花ちゃんの顔を見たら、もう駄目だった。

飛びついて、ぎゅーっと抱きついて、何も言わない私を、花ちゃんがそっと撫でてくれる。


「……花ちゃん」

「はい」

「ありがとね」

「はい」

「ここにきて、ここでバイトしてくれてありがとね」

「こちらこそ、です」

「お店のこと、よろしくね」

「はい」

「お兄ちゃんのこと、よろしくね」

「はい……え?」


戸惑う花ちゃんの胸から顔を上げ、お兄ちゃんに視線を移す。そして。


「お兄ちゃん!」

「ん。なんだ?」

「私、アリスで仕事することにしたから。こっちのお手伝いできなくてごめん!」「おう。こっちは任せとけ」

「それからね」

「ん?」

「花ちゃんのことも、よろしくね!」

「安心しろって。ちゃんと俺が守るから」


「え?七絵ちゃん?え?え…店長??」


「ということで、花ちゃん」

「あ、はい」

「私ね、今度から、お店にケーキを卸しているアリスさんでお菓子作りをすることにしました。だから、ここのお手伝いは出来ません」

「そうなんだね。分かりました」

「うん。お母さんも、時々は手伝ってくれると思うけど、たぶん、私はもうほとんど、こっちはできないと思うから」

「うん。任せて。七絵ちゃんに教えてもらってから、私、お店のことできるようになったんだよ」

「へへ。それは、花ちゃんが頑張ったからだよ……。えっと、だからね、お店のことも、それから、お兄ちゃんのことも、私の分までお任せします。よろしくお願いします!」

「はい。お店のことも、えっと……店長のことも、えっと……」

「花子ちゃんは、無理に頑張らなくても、そのまんまでいいんだよ」

「そうそう。花ちゃんは、お兄ちゃんと一緒にお店にいてくれるだけで十分なの」

「えぇ……。七絵ちゃんの頑張りに対して、それは……」

「花子さんは、花子さんらしく、ここで何かを頑張ってくれたらいいのよ。それに、今でも十分助かっているのは事実よ?花子さんがいてくれたから、七絵も夢を叶えられるんだからね」

「そうそう。花ちゃんの存在が、私やお兄ちゃんの大きな支えになっているんだから。無理しなくてもいいの」


え?え?と戸惑う花ちゃんと、それを見て笑う私達。

そうなんだよ、花ちゃん。

あなたが来てくれたお陰で、こうして家族がまた笑顔になれたんだよ。


「あ、そういえば、七絵」

「ん?なあに?」

「愚者には『重荷を手放す』という意味もあるの。身軽に、鼻歌歌いながら前に進めますよ、ということね。お店の未来、鼻歌歌うくらい楽しくなりそうだから、安心して大丈夫よ」


鼻歌かぁ。愚者のカードを見ると、確かに……。


「ん?七絵、お店のことを母さんに占ってもらってたのか?」

「あ、うん。私がいなくても大丈夫かなって」

「そっか。七絵にも心配かけたな」

「ちょっ」


頭をぐしゃぐしゃにされた……。愛情表現なのは分かるけど、もう小さい子じゃないんだから。そんな私達を見て、笑う花ちゃん。


「嬉しい結果で良かったね、七絵ちゃん」


優しく髪を整えてくれる花ちゃん……お母さんぽい。

って本当のお母さんがいる横で思う事じゃないけど。

花ちゃんの腕の中は本当に安心するなぁ。


「うん!」


この腕のぬくもり、お兄ちゃんに譲るのはもったいないな、なんて思いながら、私はしばらく会えそうにない花ちゃんの香りを楽しんだのだ。



「あ、ついでに和宏も占うから、何がいい?」

「何って、突然。……いつもそんな強引にお客さんに対応してるんじゃないよな?」

「まさか。親子だけよ。で?何か聞きたいことは?」

「そんなの急に言われてもなあ……」

「なんでもいいのよ、お店のことでも、自分のことでも」

「ん-。じゃあ、七絵はアリスで頑張るし、花子ちゃんは仕事頑張るし、俺は何を頑張ればいいかな?」

「頑張れば……これからの目標でいいのかしら?」

「あ、じゃあそれで」

「はいはい。じゃあ、そこに座って」


何だか流されて座ってみたものの、母さんに占ってもらうって久しぶり……だったっけ?もう小さい頃は遊び感覚だったから、大人になってからは初めてかもしれないな。


さっきまでの雰囲気から真剣な顔に変わって、カードを混ぜて、そして、テーブルいっぱいに扇形に……この動き、かっこいいな。


「はい。じゃあ、この中から好きなカードを1枚選んでみて。あ、これからの目標を教えてくださいって、心の中で思いながらね」

「ん-。じゃあ。……これで」

「はい。裏返して見ていいわよ」


お?なんだこれ。

椅子に座った女の人?


「女帝のカードね。これから和宏が目標にすることは、ゆとりや楽しさを味わうこと、それから愛を見つけること。後は、そうね……大切に守りたい存在がいるなら、大事にすることかしら」

「守りたい存在……」

「花子さんのことでしょ?さっき自分で言ってたじゃない」

「あ、あれは、その……」

「あら?冗談だったの?」

「え、いや、冗談じゃ……そんなんじゃないけどさ」

「冗談じゃないなら、大切なんでしょ?」

「う……まぁ、うん、居てくれないと困るからなぁ」

「お店のことだけじゃなく、和宏個人としても、これから目標にすることを占ったんだから、仕事上だけじゃないアドバイスよ」

「……わかってるよ」

「ほんとかしら?」

「ほんとって何だよ……。花子ちゃんは、俺の大事な人だよ。お店のことも、それ以外でも……って、母さん相手に何言ってんだ俺」

「ねえ、それ、花子さんには伝えてあるの?」

「……」

「……七絵、ちょっといい?」

「ちょ、何で七絵を……」


「ん?なあに?」

「ちょっとデザートのことで相談があるから、ちょっとキッチンに来てくれる?あ、花子さん、ここで座って待っててね」

「はーい」

「あ、はい」


おいおい……。

耳元で「目標叶えちゃいなさい」なんて言い残して……母さん何考えてるんだ!


「あ、あの、失礼します」

「あ、どうぞどうぞ」


そんなこと考えているうちに、花子ちゃんが前の席に来てしまった。

目標……守りたい存在を大事にする……守りたい存在……。


「あ、あの……七絵ちゃんのこと」

「あ、ああ。あいつ、昔からお菓子作り好きだったし、ここよりアリスの方がいろいろと良かったから、佑太……あ、ケーキ屋アリスの店長で、俺たちの幼馴染で、俺の後輩なんだけど……そいつとも相談してたんだ。ただ、うちの店のバタバタで、ちょっと話が止まってたんだけど、花子ちゃんが来てくれたお陰で、上手く話が進んだんだ」

「そうなんですね」

「ああ。だから、俺も、七絵も、アリスの佑太も、それから母さんも、花子ちゃんがうちの店で働いてくれることで、本当に助かってるんだよ」

「私の方こそ、皆さんによくして頂いて……ありがとうございます」

「いやいや、俺の方こそ、強引に誘って悪かったなと思って……」

「いえ、私、嬉しかったんです。だから、その、店長にそんな風に思われると、私……」


困ったように視線を落とす花子ちゃんの姿を見て、想像以上にショックを受ける自分に気が付いた。なんで、この子に、こんな顔をさせてるんだ、俺。


「花子ちゃん、顔をあげてくれる?」

「……はい」

「俺ね」

「はい」

「花子ちゃんの笑顔が好きなんだ」

「え」

「さっき、花子ちゃんのこと守るって七絵に言ったけど、あれ、本気だから。花子ちゃんの笑顔、俺が守りたい。守らせてくれるかな?」

「あ、あの……」

「花子ちゃんのこと、お店のこと以外でも、大切な存在だと思ってるんだ」

「店長……」

「……突然言われても困るよな……ごめん。だけど、俺の気持ちは……俺は、花子ちゃんが好きだから」

「……も」

「え?」

「私も……私も、店長のことが、好き、です……」

「花子ちゃん……」

「はい」


大切な存在を守る。

愛を見つける。

俺、目標叶えた……んだよな?


「か、和宏、さん」

「!」


なんだこれ。名前呼ばれただけで、ぞくぞくする。

目の前には、頬を赤くして俺を見つめる花子ちゃん。

たぶん……俺も同じような顔してるんだろうな。


「花子ちゃん。お店も、花子ちゃんのことも、俺が守るから。……これからもよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします……てん……和宏さんの作るお店の賄いも、和宏さんのことも、私、大好きです。だから、私にも、守らせてくださいね」


「あぁ。一緒に守っていこう」


俺の愛。見つけたからには、何があっても守り抜くぞ。


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