19杯目
「お待たせしました。お片付け、交代しますね」
「はーい。じゃあ、花ちゃん、後お願いね」
「あれ?もう終わったの?もっとゆっくり占ってもらえばいいのに」
キッチンに入ると、二人から同時に声がかかる。
もっとも、七絵ちゃんは、返事をする間もなく、康子さんのところに向かったので、残されたのは私と店長の二人なんだけどね。
「いえ、今は特に悩みも無いですし、大丈夫です」
「そう?悩みが無いのは良かった。あ、母さん、何か変なこと言わなかった?大丈夫?母さん花子ちゃんに会えるって楽しみにしてたから、今日もなんだかいつもに増してはしゃいじゃって……」
「え、そんなことないですよ。私が緊張していたので、気を遣っていただいたのかなって思ってました」
「あー、うん、それもあるかもしれないけど……。迷惑ならはっきり言っていいからね」
「そんなことないと思いますけど……康子さん、素敵な人ですよ?」
「え?」
「え?」
あれ?何かおかしなこと言ったかな?
「康子さん、って?」
「あ、最初はお母さまって呼ばせていただいたんですけど、名前で呼んでほしいと言われたので……」
「あー、なるほど。そっか……、うん。あのね、花子ちゃん」
「はい?」
なんだろう。困った顔をされてしまった。
「えっとね。花子ちゃんのこと、母さん、すごーく気に入ったみたい……。いや、気に入ってくれるとは思っていたけど、会ってすぐにとは……うん、さすが花子ちゃん」
「さすがって……私、何もしていないですよ?」
「うん。多分、そのまんまの花子ちゃんが気に入ってもらえたんだと思うよ」
「そうなんですね……えっと、ありがとうございます」
「ぶっ。俺にお礼言われても……いや、それも花子ちゃんらしいな」
噴き出して、さらに笑いながら言われる言葉は……誉め言葉なんだろうか。
気にしないでおこうかな。
お喋りしながら食器などを片付け終わり、ふと店長の方を向くと、目が合った。にっこりと、いつもの笑顔を向けられて、私も同じ顔を返す。
この笑顔見ていたら、悩みは…………あっても、さすがに本人のお母さまには言えません。
◆
「…………ねぇ、七絵」
「まだ付き合いどころか、告白も何もしていないはずよ」
「……まだ何も言っていないわよ。でも、なんていうの、もう、夫婦のような空気ねぇ……」
「ほんとに……たまに、お店のお客さんからも『奥さん』呼びされてるもんねぇ」
「花子さんは和宏のこと好きなんだと思うけど、和宏がねぇ……ここ最近は浮いた話も無かったから、そういうのはもう諦めてるのかと思ってたけど」
「うーん。まだ30だよ?まあ、一番出会いのある時期に、バタバタしてたからねぇ……これからでも遅くはないと思うけど?」
「そうね……まあ、花子さんが良ければ私は大歓迎よ」
「私も。花ちゃんがお姉さんなら嬉しいもん」
「まぁ、とりあえず見守りましょうか」
「そだね。そんなに時間かからないと思うけど」
「私も。……あ、そういえば七絵の相談は?」
うーん。
このタイミングで言うべきかどうか。迷う、でも、こんな時間はまたしばらく取れそうにないし……。
「あのね、お母さん」
「うん?占いの相談……というより、報告かしら?」
「あー、うん。あのね、私、学校を卒業したら、アリスの臨時バイトから正式に仕事に来ないか?って、佑太さんに言われててね」
「ああ、その話なら、私も少し聞いたわ。……麻奈美ちゃんが居なくなるものねぇ……うん、いいんじゃない?」
「え?そんなあっさり?」
「だって、七絵はお菓子作りが好きで学校まで行ったんでしょ?もちろん、ここで和宏と一緒に喫茶店のお客様にお菓子を作ってくれるのもいいけど、毎日そんなに数が出る訳じゃないし、今だって、アリスさんのケーキを卸してるんだから、何も変わらないわよ」
「はー。もっと何か言われるかと思った……」
脱力。
多分大丈夫と思ってたし、カードでも心配ないと出ていたけど、こうして言葉にするのは緊張するよ。
「そうねぇ……。もし、花子さんが居なかったら、ちょっと困ったかもしれないけれど、その心配も無さそうだし」
ちらり、とキッチンに目を向けるお母さん。
私もつられて見たら……なんだか二人で楽しそうに作業してるし。どう見ても仲良し夫婦なのに本人達だけは、気が付いてないんだろうね
「うん。花ちゃんが来てくれたことも、お兄ちゃんと仲良くなっていることも、私がアリスの方を選べる理由なんだけど、もしかして花ちゃんに責任を負わせちゃうかなって心配してたの」
「責任かぁ。確かに、花子さん、責任感強そうね。私が帰ってきたから、代理の自分は不要と思い込んでいたみたいだし。逆に考えると、任せちゃった方が、本人も嬉しいのかもね」
「そうだね。ここまでお店やお兄ちゃんと相性良いんだったら、もっと長く……」
「……やっぱり、あの子のお尻叩いて、進展させた方がいいかしら?」
「えー、それは……こういうのは、周りがあれこれ言っちゃダメだって」
「そうねぇ……そういえば、七絵は?佑太くんとはどうなの?」
「え、なんで佑太さんの名前が出てくるの?!」
「あら?あなた達お付き合いしてるんじゃないの?」
「……そんなんじゃないもん」
「あら、そうなの。昔から、七絵はいつも麻奈美ちゃんと遊んで、和宏は佑太くんと4人で一緒にいたから、そういう関係になるかなって思ってたのに」
「まぁ……麻奈美ちゃんもお兄ちゃんと付き合うのかなって思ってた時もあったけど、結局違う人と結婚するし、私だって……」
「まぁ、就職は人生の転機だからね。あれもこれも一度に動く人もいれば、一つ一つゆっくり動かしてもいいのよ。……そっか、七絵も、和宏と同じなのね」
「えー。お兄ちゃんはあれ、無自覚すぎるでしょ?私は違うもん」
「……どうなんでしょうね……」
「もうー。お母さん、ひどい」
「あら、和宏にも聞いてみたら?七絵は……って」
「やだよ、恥ずかしい!」
「はいはい、じゃあ、この話はおしまいにしよっか」
「まったくもう……」
「それで?占うのは恋愛じゃなくていいのよね?」
「うん。……私が、ここじゃなく、ケーキ屋アリスで仕事したら、どうなるかなって」
「それは、七絵が?それとも、喫茶店 太陽が?」
「どっちも、かな」
「そうね、じゃあ、七絵と、お店、別にしてカード並べてみましょうか」
「うん。お願いします」
久しぶりのお母さんの占い。
裏返したタロットカードを、テーブルの上で混ぜる手つき。小さい頃は魔法みたいな動きでわくわくしていたなぁ。手の中でトランプみたいに混ぜる方法もあるけど、私はお母さんの影響か、こっちが好き。
手早くまとめられたカードをさらに分けてまとめて、と繰り返して、両手の中に入れて一呼吸。
お母さんが、占い師になる瞬間。何度見てもドキッとしちゃう。
「じゃ、まずは、七絵のケーキ屋アリスでの仕事について」
そう言って並べた三枚は、『隠者』『ワンドの1』『太陽』。
「わぁ」
思わず声が出ちゃう。
だって、結果に太陽!
「七絵もタロット分かるから、解説はいいかな?」
笑うお母さん……うん、こんな結果が出たら、嬉しくなっちゃうよね。
「えー。せっかくだから、聞きたいなぁ。ね、『先生』?」
「おだてても、サービスはしないわよ。じゃあ、まずは過去から順番に伝えるわね」
「うん」
「過去は隠者。これまで勉強を頑張ってきた集大成で、知識の完成の時。そして、自分の立場や居場所が変わるタイミングでもあるの」
「うんうん」
「学校、頑張ってたものね。どう?以前と比べて、自分の中で自信がついた?」
「そりゃあね。お菓子作りが好きという素人と、お客様や経営のことも考えたお菓子のプロとの違いは大きいなあと痛感したよ」
「そうよね。じゃあ、次のワンドの1。お菓子を作って販売できることに、今やる気が溢れてるわね。学校で学んだことを生かせるし、早く現場に立ちたいという気持ちが燃えている……確か、七絵が製菓学校に行くことを決めた時にも出てたカードだった?」
「うん。あの時も、現在の位置にこれが出ていて、学校楽しんできてねってお母さんに言ってもらった気がする」
「そうだったわね。頑張らないと、と気負い過ぎた感じもあったから、そんな風に言ったけど、学校は楽しめた?」
「そうだねー。大変なことも多かったけど、やっぱり楽しかったなぁ」
「ふふ。和宏は料理、七絵はお菓子、それぞれ好きなことしている時が一番楽しそうだもの。お店のこととか、親のこととか考えずに楽しんでくれたら、それが作ったものにも反映されて、食べてくれる人も笑顔になるのよ」
「そうだね、作る人の気持ちが入るよね。……試験前とかにね、上手くできなくてもうヤダ!ってなることもあったけど、やっぱり私はお菓子が好きだって、そのたびに再確認したもん」
「そうね、その好きが、七絵のお菓子の魅力にも詰まっている気がするわ」
「そう?お母さんにそう言ってもらえると嬉しいな」
「ふふ。じゃあ、最後、太陽ね」
「うん、太陽。やった!」
「まぁ、これは何も言う事はないかな」
「えー」
「じゃあ、そうね。作ることはもちろん、お店に立つ人としての意識をしっかり持つこと。お客様や、お店の仲間にとっての太陽になることを目指してね」
「誰かにとっての太陽……」
「この喫茶店は、太陽さん……あなたのお父さんの名前からとって太陽という店名にしたけど、これを決める時にね『太陽みたいに、温かく、ほっとできる空間にしたいね』って、お父さんと話して決めたのよ」
「そうだったんだ」
「そうなの。あ、そうだ。これ、違うお店だけど頑張ってねって、お父さんからのメッセージかもしれないわね」
「お父さんの?」
「そう。一般的に太陽のカードの意味は七絵も知っていることだけど、私が七絵のために、ここで引いた、という流れも考えると、お父さんからの応援かなって」
「そっか……お父さんの……そうだよね。お父さんのカードかぁ……」
「もちろん、私も応援してるわよ。同じ商店街の中で一緒に頑張りましょうね」
「うん……って、お母さんはお店にはあまり出ないんじゃないの?」
「たまには出るわよ。それにね、大人はお店に出ること以外にもいろいろとあるのよ」
「そうだね。お兄ちゃんが一人で頑張ってた間のあれこれもあるし……」
「まあ、いろいろとね。じゃあ、次、七絵がいなくなった後の、喫茶店 太陽のことを占うわね」
「はい。お願いします」
そうして再びカードを混ぜて、並べた三枚は。
『死』『カップの10』『愚者』
……あぁ、うん。
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