18杯目


もぐもぐもぐもぐ……。ごくん。

「花子さん、美味しそうに食べてくれるのねぇ。見ていて気持ちがいいわ」

「あ、ありがとうございます」


美味しい大好きなナポリタン、なのに、喉を通りにくい。

さっきの会話の後で、冷めないうちに、とみんなで食べ始めたのだけど、なんかこう、もう帰りたい……。うう。顔赤くなってないよね?


冷静になって、店長の言葉を思い出すと……うぅう。


「花子ちゃん、飲み物お代わり作ろうか?」

「ぇあ、あっ、はい、お願いします!」

「カフェオレでいい?それとも別のにする?」

「あ、カフェオレでお願いします……」

「了解。ちょっと待っててね」


ふぅ……。

キッチンに向かう店長の姿に、ますます顔が赤くなっていないかと、頬に手を当てて確認してしまう。


「花ちゃん、花ちゃん」

「あ、はい」

「お兄ちゃんのこと、よろしくね」

「え?」

「おにーちゃん、私もお代わりほしいー」


そう言って、席を立つ花ちゃんの背中を見て、私の頭はさらに混乱するのでした……。


「花子さん」

「あ、はい」


お母さまがいらっしゃること、一瞬忘れてた……。


「ふふ。そんなに固くならなくて大丈夫よ。ごめんなさいね、うちの子たちが賑やかで」

「いえ、あの、私一人っ子だったので、兄妹のこうした掛け合いもいいなと思っています」

「あら、そうなのね。……あのね、和宏も、七絵も、花子さんにお店にいてもらえると思って安心していたけど、本当に良かったのかしら?」

「はい。私は、今は、ここで働かせていただけることが嬉しくて、他に何かやりたいこともありませんし、……でも、あの、お母さまがお店に戻られたら、私、お邪魔にならないでしょうか?」

「ああ、それなら大丈夫。私ね、今回お店を離れたことで、なんとか和宏に任せても大丈夫と分かったし、まだ時々は実家にも顔を出さないと駄目だし、花子さんにいてもらえた方が安心なのよ」


にっこりと、今までで一番の笑顔を見せられると、うん。なんだか、ようやく安心した気がする。お世辞でも、何でもなく、私、ここに居ていいんだって。


「ねぇ、花子さん。今日はまだ、お時間大丈夫かしら?」

「あ、はい、大丈夫です」

「せっかくの機会だし、良かったら、後で、占いさせてもらえないかしら?」

「あ、お母さん、私も占ってー」

「七絵は自分で占えるじゃない」

「えー、いいじゃない。たまには他の人に占ってもらうのがいいの」

「はいはい、じゃあ、花子さんの次にね……あ、花子さん、いいかしら?」

「占い……ですか?はい、あの……」

「あ、花ちゃん、あのね、お母さんもタロットで占うんだよ。私、お母さんのタロット見て育ったんだ。お母さんはね、私よりずっと凄いんだよ」

「そうなんですね、あの、私でよろしければ、お願いします」


座ったまま、テーブルの向こうのお母さまに頭を下げる。


「はい、どうぞ。良かったね、母さんの占い、よく当たるらしいよ」


カランと氷の音がして、目の前にカフェオレが置かれた。


「カフェオレ、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、うるさい家族だってびっくりしてない?ごめんね」

「いえ、賑やかな食卓、嫌いじゃないです」

「そっか、良かった」


にっこり。

あ。店長の笑顔、お母さまのと似てる……親子だから当たり前かもしれないけれど、接客用とかじゃなくって、なんだろ、心の底からの笑顔。

ほっと、安心できるこの笑顔。やっぱり、私……。


自分の世界に半分浸りつつ、賑やかな親子の会話に混ざりながら食事を終えた頃、じゃあ、と店長と七絵ちゃんはキッチンに入り後片付けを始めてしまった。私がしますから、と言っても、いいのいいのと追い出され、今のうちに占ってもらいなよと七絵ちゃんにテーブルに連れ戻され、そして。


「ふふ。あの子達、気遣いしてくれたのかしら。じゃあ、改めて、花子さん」

「は、はい」

「占いは、初めて……ではないのよね?」

「はい。七絵ちゃんに何度か占ってもらって、自分でも少し……」

「うんうん。占いのこと嫌いじゃないってことも、私、花子さんに居てもらいたい理由の一つなのよ」

「え、そうなんですか?」

「七絵が時々、お店で占いしているのは聞いてるかしら?」

「はい」

「私もね、昔は占いしていたのよ……昔は、っていうとあれね。七絵がお客様を占えるようになったし、私は、昔馴染みのお客様だけで、今はほとんど、占いはあの子に任せていたの」

「そうなんですね」

「まぁ、私も七絵も、お店の仕事の合間にだから、そんなに毎日している訳ではないけど、これからは花子さんも居てくれることだし、もう少し占いをする時間を増やそうかなって思っているの。だから、占いをしている私を迷惑に思わない人が、お店のお手伝いしてくれることは、私の中では大切な条件だったのよ」

「お母さまの……」

「あ。花子さん」

「えっ」

「あのね……、もしよければ、お母さまじゃない呼び方してもらえると嬉しいな」

「それ以外、ですか?えっと……」


お母さま、以外……ママさん?奥様?え?駄目だ、対人スキルの低さがここで……。


「あ、ごめんなさいね、逆に呼びにくいわよね。えっと、名前で呼んでもらっていいかしら?私、康子というの」

「やすこさん……」

「そう、徳川家康の康に子供の子で、康子。これからは、同じお店で働く仕事仲間ですからね。よろしくね」

「はい、康子さん。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


テーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げると、くすくすと笑われてしまった……。


「えっと、じゃあ、話を戻して……そういうことで、占いのリハビリも兼ねて、花子さんのこと占わせてくださいね」

「はい、お願いします。あ、でも、何を占ってもらえば……私、何も考えてなくて」

「そうね、突然言われても困るわよね……。えっと、そうね……お店での仕事について占ってみましょうか?今、特に不安なことや、困っていることはない?」

「そうですね、分からないことは、お二人に聞いたら教えてくださいますし、お客様も優しい方ばかりですし、特には……」

「あら。皆さんも花子さんこと、優しくて良い子って話してくれたわよ」

「そ、そんな……私の方こそ、お客様には助けてもらってばかりで」

「ふふ。じゃあ、そうね、お客さまが、今のお店にどんな印象をお持ちなのかを占ってみましょうか」

「はい、お願いします」


お母さま……じゃなくて、康子さんは、鞄の中から小さな袋を取り出し、そこからタロットカードを机の上に置いた……あれ?


「どうかした?」

「あ、ごめんなさい。あの、タロットが七絵ちゃんのとは違うんだと思って」

「そうね、あの子は、私のタロットでも一通り教えたんだけど、お客様が違うタロットがあった方が楽しめるんじゃないかって、あえて違うのを選んで学びなおしたのよ」

「そうなんですね。私が自分で使うのも、七絵ちゃんから教えてもらったタロットだったので、それが普通なのかと思っていました」

「ああ。トートタロットね。そうね……あれは独特の雰囲気があるから、好き嫌いや、相性が合えば良いタロットよ。私が使うのは、普通……というと変な話だけど、一般的にタロットというとこれのことになるかもね。花子さん達のトート版に対して、これはライダー版や、ウエイト版って読んで区別するの。ほとんど一緒なんだけどね」

「そうなんですね、私、あまり詳しくなくて……」

「お客様はタロットの種類にまで詳しくなくていいのよ。占う側になると、知っておいた方がいいこともあるけど、そこまで気にしないで大丈夫よ。どんなタロットでも、占えることに変わりないのだから」

「はい」

「そのうち、またタロットのお話ゆっくりしましょうね。じゃあ、カードを並べるからちょっと待っててね」


康子さんの手の下で、くるくるとカードが混ぜられ、生き物のように動いていく。さっさっ、とんとん、とリズミカルに一つにまとめられたカードを、また混ぜて、ようやく手の中に収めたと思ったら、すっと、康子さんの表情が変わった。


そう思ったのは一瞬で、そこからは、テーブルの上にカードが次々に並べられて、そして。


「ふふ、そうね。えっと、花子さん。結論から言うとね、お客様は今のお店に満足されているわ」

「ほんとですか、嬉しい!」

「少し前……たぶん、私が居なくて、花子さんもまだ居なかった頃は心配もしていたみたいだけど、今は落ち着いて安心しているし、これからも賑やかな楽しさもあるだろうなって思っているんですって」

「ええ。私も安心したわ」


ふふ。康子さんと笑いあって、安心を分かち合う。


「せっかくだから、カードの説明も兼ねて詳しく読むわね」

「はい、お願いします」

「これからを表すのは、ここにある未来のカード。ね、楽しそうでしょ?」

「あ、本当ですね。三人の女性が楽しそうに踊ってる?パーティ?えっと、よく分かりませんが、賑やかな感じがします」

「大丈夫、見たままの気持ちを大事にしてあげてね。そうなの、このカードはカップの3、友人や仲間など親しい人と楽しい時間を過ごしている様子ね。カップって、気持ちを表すものだから、ほら、乾杯しているみたいにも見えるでしょ?それだけ賑やかに楽しそうにしていることを、お客様はこれからのお店に感じているということなの。……まあ、さすがにアイスコーヒーで乾杯することはないと思うけどね」


ふふふ。と笑いながら話してくれるけど、確かに、と思う説明に頷くしかできない私。こうやってカード1枚から、質問内容に対する言葉が出てくるの凄い。


「その逆で、過去の位置、少し前……今回ははっきり時期を読むというより、お店の変化を軸としているから、今の花子さんがいる前のことだと読んだんだけどね、これは同じカップでも、5番のカード」

「なんだか……随分雰囲気が違いますね……寂しそうです」

「そうね、カップって、その中に入っている水や、カップの状態から読むと、さっきの手に持って乾杯しているのに比べると、手にしていないし倒れているものもあるわよね」

「はい」

「このカップは感情のカードなの。つまり、気持ちが倒れた……拗ねたとか、落ち込んだとか、ネガティブなイメージね。ただ、全部が倒れている訳じゃないから、この世の終わりほどはショックを受けていない。なので、ちょっとした気持ちの落ち込みを表しているの」

「なるほど。お店が店長一人で大変そうだし、もしかして何かあって休業するのかも?と心配していたということでしょうか」

「あ、そうね。カードの人物の目線はよく分からないけれど、倒れているネガティブなことしか見えていない。どうしようと不安な状態だけど、動いてそれを解決する気配もないし、ただ単純に心配しているだけね。……まあ、男性陣はどうしようどうしようってオロオロしてるわって、常連さんから連絡があったけど、私の出産の時にも何日かまとめて休業していたんだし、そんなに悪い状況じゃないのに気持ちばかり焦って不安になったんでしょうね」


まったく男って……と聞こえたような気もしたけど、聞かなかったことにしよう。だって、あの方々かな?ってお顔が浮かんでしまったし……。次にいらした時にどう接していいか困るようなことは聞かない方が安心だもんね。


「その2枚の間にあるこれ。今の気持ちは、そうね……まあ、安定しているということにしておきましょう。これは、女帝のカードよ」


そう言って、椅子に座った女性のカードを指して教えてくれた康子さん。女帝……なんか強そうな名前……。


「女帝、ですか」

「あ、最近は女帝って、なんだか強い女性ってイメージなのかな?えっとね、お妃様というイメージでもいいし、お母さんというイメージでも大丈夫よ。とりあえず、椅子に座っているから、安定しているという部分と、豊かさや楽しさ華やかさなどを表すカードね。他にも意味はあるけど、今回はこんな感じで大丈夫」

「お母さん、ですか。そう聞くと、優しい雰囲気に見えますね」

「そうね、まあ、お客様から見て、和宏のお母さんの私が帰ってきたことへの安心感もあるかもね」

「あ、そうですね。康子さんが帰ってきて、和宏さんへの心配も減ると安心したのかもしれません」


すごい。タロット3枚を見ただけで、お客様の気持ちが全部繋がった。一つ一つの意味も、3枚通しての意味も、どちらも納得できるし、お客様の声を代弁しているみたい。


「あ、これって」

「どうかされましたか?」

「あ、ううん。ごめんなさい、気にしないでね」


ちょっと困ったような顔をされると、私も何も言えなくなる……。


「あ、悪いことじゃないの。ただ、ちょっと、お客様の……期待というか、えっと……うん、よし、次に何か聞きたいことはあるかな?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。タロットって、凄いですね……」

「ふふ。花子さんもタロットの魅力に取りつかれたみたいね。私か七絵の休みと合う時に、またこうしてカード並べて勉強会しましょうね」

「はい、ぜひお願いします!」

「こちらこそ。じゃあ、七絵と交代しても大丈夫かしら?」

「はい。じゃあ、私、交代してきますね」


お礼を告げて、キッチンにいる七絵ちゃんと交代する為、席を立つ私は、帰ったら自分のタロットに触れてみたくてわくわくしてた。お客様のお気持ち、という第三者のことなのに、カードと状況を合わせてあんなに鮮明にイメージできる結果がでるなんて、やっぱりタロットは凄い。康子さんや七絵ちゃんだからできるのかもしれないけれど、それでも、私なりにもっとカードを知りたい気持ちが強くなっていった。


「……女帝に、カップの3。……あの人たち、花子さんが、和宏のお嫁さんにならないかって思ってるのね……見たところ、二人ともまんざらでもなさそうだけど、さすがに、本人に伝えるのはまだ早いわよ……」


軽やかな足取りでキッチンに向かう花子の背を見ながら思う康子の独り言は、いつの間にか足元にいた猫のハナちゃんだけが聞いていたのでした。



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