12杯目
「ありがとうございましたー!」
カランカランと音を立ててドアが閉まり、喫茶店 太陽の最後のお客様が帰られた。
「……っう!」
ぐぐっと手を上げて伸びをすると、緊張と疲れで凝り固まった背中が気持ちいい。
「ふふっ、花子さんお疲れ様でした!」
「あ、七絵ちゃん……お恥ずかしいところを……。テーブル片付けてきますね。」
「あ、もう片付けたから大丈夫ですよ。それより、一息つこうって、お兄ちゃんが珈琲を入れてるので、飲みましょう。」
「ありがとうございます……なんかすみません、私、ちゃんとお役に立てましたか?あんなにお客様がいらっしゃるなんて思ってなくて、私……」
「あー、それね。」
珈琲を手にやってきた店長さんが、なぜか困った顔をして私の前に座る。どうぞ、と配られた珈琲の香りが、疲れた心に染み渡る……。
「七絵、お前何かやらかしただろ?」
店長さんが、私の横に座る七絵ちゃんを問い詰める……えっと、何かって……?
「あー、ごめんごめん!お店のTwitterに『明日から新しい店員さんが入ります!私も明日は久しぶりにフロアー立ちますので、よろしくお願いします。』って、書き込んだら、常連のお客様が見てくれて、それをさらに口コミで広げてくれたみたいで……。」
ええっと、つまり、今日の混雑は偶然じゃなく、七絵ちゃんの宣伝のおかげ、なのかな。
「まあ、こういう訳で、こんなに混雑したのは……あれだ、うちの母がしばらくお店から離れますって時以来なんで、普段はもっとお客様も少ないからね。」
そう言って、私の方を見て笑ってくれる店長さん。いえ、お客様が少ないのも、それはそれで大変な気もしますが……まあ、毎日がこの忙しさじゃないと分かっただけで、ちょっと安心したかも。
「じゃあ、残り物の食材で何か夕食作ってくるよ。七絵、ちょっと手伝ってくれ。あ、花子さんは座っててください。今日はこいつのせいで、忙しくて大変だったでしょ。」
「あ、いえそんなことないです。大丈夫で……」
ぷぷっ、とこちらを見ないようにしながら笑う店長さんと、七絵ちゃんはキッチンへ向かっていった……。
「花子さんの分、大盛りにしますからねー!」
と言いながら。
……正直すぎる胃袋が恥ずかしい……。
二人がキッチンへ向かったのを眺めながら、程よく冷めた珈琲を口にする。
本当に今日は忙しかった。
私が知っている喫茶店 太陽は、私も含めてお客様が2組ほどなのに、今日はほぼ満席!しかも、後から後からお連れ様がいらして、途切れることが無かったかも。どのお客様も、七絵ちゃんに声をかけ、私にも頑張ってね、とお言葉をかけて下さり、何だか文化祭の喫茶店に身内が来てくれるような、アットホームな雰囲気だったなぁ。
そんな中でも黙々とキッチンで注文をこなす店長さんも、気のせいかとっても良い笑顔で、楽しそうだった。時々お客様から声もかけられて、良かったわねーなんて言われてたっけ。
……なんだかお嫁さんが来たかのような空気も感じたけど、気のせい……ということにしておこう。
「はーい、花子さん、お待たせー!」
両手にお皿を持った七絵ちゃんがキッチンから戻ってきた。
「あ、私もお手伝いしますねー。」
「ありがとうございます。おにーちゃーん、後何を持っていけばいい?」
「んー?じゃあ、グラス用意してもらっていいかな?悪いねー、営業時間外まで手伝ってもらって。」
「いえ、こちらこそ、夕食ご馳走になって……。」
「ご馳走、なんていえるほどのものじゃないけどね、まぁ、何でもいいや、ほらほら、食べよっか。」
わいわいと3人で用意して、みんなで食べるご飯。疲れと興奮も手伝ってか、いつもよりたくさん食べた気がする……。
「花子さん、まだまだありますからねー。今日は疲れたでしょう?いっぱい食べてくださいね!」
そして店長さんは、そんな私たちを、ずっとにこにこと、眺めていたのでした。
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