第2話

中山さんにメッセージを飛ばした後、僕は屋上でぼけーっとしていた。何事も考えるわけでもなくする訳でもなく。ブレザーを下敷きにし、寝転がりながら春の風を感じつつゆったりと流れていく雲を眺める。

ここ僕の通う海風高校は静岡県のある田舎にある高校だ。教室でもどこでも海と富士山が見える。僕はそれに惹かれてここに来たのだが、如何せん友達は未だになかなか出来ないでいる。

僕が根暗だから―――というより、なんとなく違う理由でないかと思わざるを得ない。避けられてるわけでもなく、虐められているわけでもなく。結局の所分からないが、不自由はしてないので良しとしよう。


ここで僕がぽけーっとしていたのには訳がある。中山さんと待ち合わせをするためだ。部活の時に話そうと思ったら、気になるからすぐに話して欲しい、とのこと。なら部活は何を話せばいいんじゃい。


「ふわぁ~~ぁ」


でかい欠伸をする。ここにいるとあまりの心地良さに眠たくなってしまう。といっても、人を待っているわけだから眠るわけにはいかない。軽く伸びをしながら、財布の中を見る。三千円とちょっとか……。まあ、飲み物も買えるし食べ物も買えるから問題はなかろう。


「おまたせっ!」

「ん、よく来てくれたね」

「……春くんから呼んだんじゃない」

「はは、確かにね」


軽く風がそよぐ。

桜の季節はもう終わった。でも僕の呪縛は終わらない。別に苦しいけど苦しいわけじゃない。

好きな人に会えないのが苦しいだけ。そうなんだ。


「で、話って?」

「んー……そうだなあ、初夏と言っても暑いわけだし涼しいところに行こう」

「なんでここに呼んだのよ」

「ゆったりしたかったから?」


「仕方ないわね」と呟きながら、移動してくれる中山さん。まあ、まだまだ五月といえどこの暑さにはなかなかに応える。


初夏。始まりの夏。

これからまだまだ熱くなるな、そんなことを思いながら近くのカフェに移動した。


☆☆☆


「いらっしゃいませ」

「どうも」


カランカラン、と気持ちのいい鐘の音と共に僕らはカフェ「メモリー」というところに来た。思い出、という意味を持つカフェとはなかなかに洒落てるな。


「中山さん、何飲む?」

「私はいいわよ? 持ち合わせ今日ないし」

「いいよ、僕が奢る」

「悪いから大丈夫」

「今日の相談料ってことで、ね?」


「それなら……まあ、いいけど……」と渋々ではあるが了承してくれた。ここにはあまり来たことないが、なかなかいい雰囲気だ。昭和というよりも大正に近い雰囲気という感じか?


「じゃあ……オレンジジュース」

「ん、分かった。

マスター、オレンジジュースとアイスティをひとつずつお願いします」


にこり、と微笑むとマスターは作業に取り掛かり始めた。優しいところだ。「メモリー」という名前がよく似合ってる、かもしれない。


「それで、どうしたのかな?」

「ああ……。

これを見てほしいんだ」

「……春ちゃんと、結婚してあげる……券?

すごいきれいな字……」

「でしょ?

僕の自慢の従兄弟だったんだ」

「そっか……」

「可愛くて優しくてさ、人の心もちゃんと気遣うことも出来て。それでも僕みたいな奴を好きになってくれてさ。態々このチケット作ってくれて……本当に大好きだった」

「ん……」


マスターがテーブルにアイスティとオレンジジュースを置きに来た。軽く会釈をすると「ごゆっくり」と、また笑顔で去っていった。


「それで……この子は?」

「事故で死んだんだって」

「そか……」


流石の中山さんも何も言えないようだ。僕だってこんなこと言われたら何も言い返せないだろうし。


「そんな言いづらいこと、聞いちゃって、ごめんね?」

「ん、良いんだ。

僕もこの子の呪縛に囚われてるのは疲れたから」

「この子……って、名前とかは?」

「なーんにも覚えてないよ、本当にこのチケットだけ。

でも大切で……本当に好きだったんだ」

「……」


中山さんは黙ってしまった。そんなに歯を食い縛らなくてもいいのに。本当に優しい子だ。


「ありがと、中山さん。

中山さんのおかげで救われたよ」

「そんな……私話聞いただけで……」「それだけで嬉しかった。

救われた」


そう言って僕は笑顔を見せた。多分歪んだ笑顔だったんだろう。歪みに歪みまくった笑顔は中山さんにどんな風に写ったんだろうか。


「なら……私にもう少し救わせてよ」

「え?」

「私だって誰かを救えるような人になりたい。だから……私を頼って?」

「は……え?」


彼女は俺の手を軽く握る。その時間は約十秒くらいだろうが、僕にはまるで一時間のようにも感じられた。 からんっ、とグラスの氷がなる音がし僕らは手を離す。


「ね、私とその従兄弟のために青春しない?」

「……何言ってんの?」

「あはは、そんなに身構えなくてもいいのよ?

ただ……私が、春くんの偽の彼女になるだけなんだから」

「いやいやいや……」

「え、何?」


中山さんからすごい圧を感じる。

笑顔のはずなのに「うんって言おうか?」ってくらいの圧。


僕は首を縦に振らざるを得なかった。


正直、その時の中山さんはとても怖く逆らえる雰囲気ではなかった。

その後二人して、メモリーから出て熱い外の中歩いた。

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君に会えるだけで。 撫子桜 @ema0205

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