第24話 国民的女優の護衛依頼

『後はこの紙に書いてある場所に行ってちょうだい。ね♪』


 最後の『ね♪』にただならぬ圧を感じたので仕方なく、紙に書いてあった集合場所に行く。


 待ち合わせ場所はレトロな雰囲気のカフェ。静かな空間にクラッシックが流れて落ち着く。椎波が好きそうな場所だ。

 お昼時というにお客さんがいないのは気になるが……。

 

「椎波のやつ、遅いな……」


 遅いと言ってもあと1分で集合時間になるというだけ。撮影で遅れているのかもしれないな。


「マスター。アイスコーヒーをひとつ」

「はいよ」


 待っている間に飲み物を注文。これで時間を潰そうと思っていると、


「わっ」

「うぉぉ!?」


 いきなり耳元で声がした。控えで小さな声だったが、人が耳で話しかけてきたということに驚く。


「タクさんを驚かす作戦成功です、えへへ」


 後ろから聞き覚えのある声。振り返ると控えめに笑う椎波の姿があった。


「ビックリしたぞ。いつ来たんだよ」


 俺の席からは入り口が見え、見えなくても入ってきた時に鳴る鈴の音で気づくというのに……。


「5分前くらいですからね。後ろにいましたよ」

「ご、5分もか!?」


 気づかなかったわ。てか、マスターも教えてくれよ。


「ふふ、私の演技力にタクさんもビックリしちゃいましたね」

「いやそれは演技力というよりかは存在が薄かった……なんでもありません」


 悲しい顔になったので言葉を変える。

 椎波が対面に座るのを見て、俺は口を開く。


「親父……社長からは話は聞いているがもう一度、椎波の口から事情を説明して欲しい。あと飲み物何にする?」

「私はりんごジュースを。はい、もちろんですよ」


 椎波はニッコリと笑う。

 

 アイスコーヒーとりんごジュース。お互いの飲み物が届き本題に入る。


「それで、俺に頼みたい要件は?」

「はい。私、3日後に雑誌の撮影があるのですが……そこでタクさんには私の護衛をして欲しいのです」


 全部聴き終えた上で俺はハッキリ言う。


「え、嫌だ」


 そう、嫌なのだ。

 今は夏休み中。里緒菜さんと今いい感じに仲を深めている今、この夏こそが勝負だ。いくら2ヶ月近くあるとはいえ、1日でも多く里緒菜さんともっと距離を深めることを考えたり、一緒に遊んだりしたい。


「タクさん……私のことが嫌いなのですか。うぅ……」


 椎波、涙目。

「女の子を泣かせた〜。いけないんだぁ〜」というブーイングが空耳で聞こえる。


「まてまて! 嫌いじゃなくて護衛はその……他のいい人がいるじゃないか! 俺よりも頼り甲斐がある人!!」


 別に椎波が嫌いでも、危ない目にあって欲しいと言っているわけではない。それに椎波にはちゃんとした護衛がいる。


「いつものムキムキ護衛はどうした?」


 国民的女優なので一流のSP、スーツから筋肉が溢れ出している屈強な男が護衛についているはずなのに。


「あの方たちにも護衛にあたってもらいますよ」

「え、じゃあ俺必要なくない?」

「いえ、必要です。タクさんには私の一番近くで守っていただきたいです」

「でも撮影中はどうせ俺も近寄れないし……結局俺必要なくない?」

「護衛はしてくれませんか?」

「あ、ああ……」

「絶対に?」

「ああ」

「………」


 椎波が考え込むよに黙り込んだ。


 おっと、これはもしかして断れそうか? 椎葉には悪いが好きな子との夏に生憎俺は忙しい——


「マスター」

「はいよ」


 パシャ


 シャッター音が響く。

 俺もこの業界には詳しい。だから椎葉が何をしよか瞬時に予測できた。


 考えただけで声が震える……。


「し、椎波さん……?」

「こんな事、私もしたくはありませんが……タクさんがどうしても護衛を引き受けてくれないので」

「ま、まさかだと思うが……」

「さすがタクさん。私のプロデューサーですね。タクさんが引き受けてくれないのなら……報道にこの写真をリークします」

「だめーー!!」


 思わず立って声を上げる。


 マスターが写真を取った位置なら俺と椎波がお忍びでいるように映る。

 もし、写真が世に出回れば……間違いなく恨まれるのは俺の方。プロデューサーが実は国民的女優に手を出した、なんて恨まれ、叩かれるネタだ。そして他のプロデュースした美少女たち、pastel*loverや歌手などにも関係を持っているのではないかと疑われ、被害が及ぶ。


「タクさん。改めてお聞きします。私の護衛、引き受けてくださりますよね」

「は、い……」


 悪魔的な椎波の笑みに俺はなくなく頷くしかなかった。


 なんで俺がプロデューサーを務める美少女ってこんなにも怖くて頼もしいのだろうか。

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