第15話 恋する女の子は甘くない
――キスされた
柔らかい感触、ジワジワ熱くなる唇でそう実感する。
雅の部屋で、俺は彼女を押し倒している状況。立場的にはこっちの方が有利なのに、何故か俺は負けていた。
「ふぁ……くっ……」
抵抗するも、唇は奪われる一向。
視線を落としていくと、シミ一つない滑らかな肌に言うまでもない巨乳。キュッと引き締まったくびれがあり、黒のストッキングに包まれた綺麗な足が伸びる。
まさに男の妄想を形にしたような身体付きで、無意識に釘付けになってしまうような一級品。
でも俺には好きな人がいる。見惚れている場合でない。
「み、みやび……落ち着いてくれ……」
なんとかして止めようと、雅をどかそうとするが、首に手を回していて思うように動けない。
「大丈夫、怖くないよ。タクは私に身を任せてリラックスしてればいいから」
こんな時に優しくかけられる言葉。つい、力が抜けてしまう。
「み、みやび……」
「ねぇタク。私をナデナデしてほしい。私を甘やかして」
ぼんやりとした頭の中、言われた通り頭を撫でる。
それからも間近で見つめ合いながら、頬や鼻先や唇に何度も軽いキスをされた。
「タク……キス、して……」
俺からキスして欲しいということだろう。自分からキスしたら理性がどうなるか分からない。
身体が動かせない俺は首を横に向け、抵抗の意思を示す。
「してくれたら、解放してもいいよ……?」
解放……してくれるのか。
僅かな望みだったが縋らずにはいられなかった。
だが、そんな自分にとって都合のいい考えだったことをすぐに後悔することになる。
「……分かった」
俺の返事を聞き、雅はギュッと目を瞑った。彼女の唇だけに視線を落とす。
チュッ
二人しかいない空間にリップ音が響く。
頭を離すと、柔らかな感触が唇に残る。キスなんて自分からしたのは初めてだ。
「これで解放してくれるのか……?」
僅かな期待を抱く。
「だーめ。まだ解放しない」
だが、期待はその一言で裏切られた。
「ちょっ、話が違っ——んむ!?」
また唇を奪われる。
どうすればいいか頭をフル回転させるが、考えても考えても案が浮かばない。
キスしながらもぞもぞと動く雅。太ももが下半身のとあるところに当たった時、動きが止まった。
「……へぇ」
弱点を見つけたとばかりに、口元を緩ませる雅。俺は冷や汗がたらりと流れる。
「タクになら好きにされてもいいよ」
その言葉に思考が止まる。
少し低めでクールな感じの声音が、まるで好きなおもちゃを見つけたようなウキウキとした声色に変わった気がした。
異変を感じ、焦る俺に雅は爆弾を投与した。
「ねぇ、タク…… ——私とエッチしよ?」
――やばい。このままじゃ堕ちる。
掌の上で翻弄される。
普段はクールであまり感情を表に出さない雅。エッチな事なんてことに興味なさそうな感じだ。
そんな彼女がまるで豹変してしまったかのように甘い言葉で誘惑し、俺を堕とそうとしている。
雅は俺の反応を伺うよにじーと顔面を見つめていたと思えば、
「……♡」
唾液で濡れた舌でペロリと唇を舐めて、スカートを捲し上げた。そしてスカートの裾を口で咥え固定する。
「はぁ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
スカートをあげれば当然、下半身が見え訳で……
「……ふふ」
上気した雅の顔には、明らかな興奮と発情の色が滲んでいた。まるで、「私を襲ってもいいよ」と誘っているように。
首筋に冷や汗が流れるのが分かる。
黒のストッキングに包まれている脚から視線を上に向けていくと、黒いパンツが薄く見えた。
(ダメだダメだ。流されるな俺ッ)
大きく息を吸い、深呼吸した後、乱れた雅を見ないように横を向く。
俺に襲う意思がないと察したのか、雅は口に咥えていたスカートの裾を離した。ファサッとスカートが落ちて淫らな下半身を覆い隠す。
「……ぺろ」
一安心だと思ったのも束の間、ツーっと雅の舌先が俺の首筋を這う。肩がゾクリと震え、脱力してしまう。
(これじゃあ振り出しに戻っている……! )
「雅……やめっ……」
せめて言葉だけでも抵抗しないと……。
「そっか、だめかぁ……」
「えっ……」
あんなにやめてと言っても言うことを聞かなかった雅があっさりと止まった。
「だって、だめなんでしょ? これ以上甘やかされるの嫌なんでしょ?」
俺が一番望んでいることのはずなのに……その言葉から嫌な予感しかしないのは何故だろう。
驚く俺に対して雅はクスリと笑った。
「それとも、"もっとして"のだめなの? タクはもっと私に甘やかされたいの? 私バカだからちゃんと言ってもらわないと分からないなぁ」
人差し指を唇に当て、とろけるような笑みを浮かべる。
俺にとっては悪魔的笑み。
雅の『甘やかす』というのは、普通の意味ではない。これはもう、誘っているのだと判断して良いだろう。雅は俺と"エッチしたい"と言っているに違いない
言い方を変え、俺に選択権を託してだけ。
「タクは私に甘やかされたいの?」
雅の指先が揺らいでいる俺の心をなだめるように耳元の髪を撫でる。細くて白い指がゆっくりと髪の毛を通るのがくすぐったい。
「してほしいことがあるなら、遠慮なく言っていいから」
そんなことを言われたら、思わず要望を呟いてしまいそうだ。
してほしいことを言えば、雅は優しく綻んで、喜んで要望に答えてくれるはず。
しかし、一度心を許してしまえば、俺は『甘やかされる』という快楽を覚え、後はペットのごとくねだるに違いない。
このまま俺は、なす術なく、堕ちてしまうのか――と思った時、ふと原点を思い出した。
『初めまして。
水色の髪が靡く綺麗な女の子。
――一目惚れだった。
美少女なんて事務所にたくさんいて、見慣れているはずなのに、一緒にいるはずなのに、頭を電流が駆け抜けるような衝撃が走った。
『いえ、初めての人とお話しするのって緊張しますよね。私も同じなので気にしないでください』
朗らかな笑みを浮かべる彼女。
見た目を気にせず、周りの評価を気にせず、一人のクラスメイトとして接してくてた。
眺めているだけの高嶺の花。
そんな関係は初めてだった。
芸能界では敏腕プロデューサーなTak。
学校ではただの陰キャな佐藤卓。
どっちの自分も俺であり、どっちの自分も
ファーストキスは取られてしまったが、ここで本番行為までやったら本当に戻れない。
――恋は人を動かす。いや、動けッ
俺は残った理性を振り絞って叫ぶ。
「誰か助けてぇぇーー!!!」
「!?」
今回はもう、解決方法が思いつきません!!(涙)
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