第16話 pastel*lover
「む、タク大声出したたらダメ!」
「むぐっ!?」
叫んだ俺を口を雅が塞ぐ。
手を退かしたいが、雅に倒れ込まないよう、踏ん張っている状態なので両手が使えない。
「ここまでかぁ……」
雅が名残惜しそうに呟いたと思えば、ドタドタという慌ただしい足跡が聞こえた。そして鍵が閉まっていたはずのドアが開かれた。
「はいはいー! 桐花ちゃんだよー——って、うぇぇ!? たっくんが雅ちゃんを押し倒してる!?」
「桐花ちゃんどうしたの——って、わぁ、予想していた展開と逆だぁ……」
「ふがふが!? ちがっ、誤解だぁ!!」
口から雅の手が離れ、俺はベッドから身体を起こし慌てて否定する。
寝そべっていた雅も起き上がった。
「二人とも来るの早い……」
「たっくんがギブアップしたからねー」
「雅ちゃんはキスしたんだし、もう充分でしょ。私なんかタクくんと会話だけで終わったんだよ」
色々とツッコミことがたくさんあるのだが……。
「ん? 天姫と桐花。鍵かかってたはずなのにどうやってきたんだ?」
「合鍵ー!」
「実は私たち、タクくんと雅ちゃんの会話をドア越しから聞いていて……」
「それでたっくんが『助けてー!』ってギブアップしたところで合鍵を持ってきたと」
えっ、嘘。一部始終を天姫と桐花に聞かれていたということか。会話よりキスの方が多かったと思うけどな……。
「それにしても、たっくんの女装だぁ! 可愛い〜!」
「タクくん、可愛い……」
「だから写真撮るなッ!」
パシャパシャとスマホで俺の女装姿を撮る天姫と桐花。
というか、さっきの光景。側から見れば俺と雅って百合だったよな……。
◆
「やっと落ち着いたね」
「お前らがな」
雅の件から数分、俺たちは勉強会を開いていた。
普通ならありえないだろう。俺も信じられないよ……。あと格好は未だに女装したまま。早くこれ脱ぎたい。
「もう二時間も勉強したね。そろそろ休憩しよっか」
天姫の言葉を合図に、桐花が俺たちが買ってきたポッキーの袋を開けた。
「んー! 勉強した後の脳みそにポッキーが染みるー」
「桐花ちゃんはまだテスト範囲の十分の一もやってないから頑張ろうねー」
と、天姫がポッキーを咥えている桐花の頭をよしよしと撫でる。
「……タク、私もナデナデしよっか?」
「いや、別に羨ましくて見ているわけじゃないからしなくていいよ」
「……」
「あー、分かった分かった。それじゃお願いしますよ」
しゅんと落ち込む雅にため息をつき、ナデナデを要求する。雅は嬉しそうに俺の頭を撫でた。
つか……
「俺が言うのもなんだけど、お前ら切り替え早くない?」
さっき俺が雅に襲われたというのに反応が薄い。自惚れたことを言うと、好きな相手が他人に襲われてそんな平然といられるか?
って、思う俺も普通じゃないか。
pastel*loverのリーダーを務め、ほんわかながらもしっかり者で頼りがいのある
人懐っこく元気な
クールで感情を滅多に表に出さない
こんなことをされたのに、今三人と普通にいるもんな。
三人は俺が育てた美少女で、国民的アイドル。そんな彼女たちに好意を寄せられているなんてまだ信じられない。
そして俺のことが好きすぎてヤンデレ化しているという事実も。
国民的美少女 ヤンデレ
どちらにしろ、普通の恋愛はできなそうだけどな。
「んー、そう?」
「私も普通だと思いますが」
「普通」
「三人に襲われてもなお、ここにいる俺が言うことではなかったな。あと俺、雅にファーストキス奪われたんだけど……」
「ファーストキス? タクくんのキスは全員経験済みですよ?」
「は?」
えっ、ケイケンズミ……? 俺キスした覚えないけど?
「たっくんがスタジオで居眠りしてる時とかキスしたよねー」
「だから今、私がタクにキスしたのはファーストキスではないの。セカンドキス? なんて言うんだろう?」
「ちょ、ちょっと待った! つ、つまりお前ら全員俺とキスしたってことなの……?」
俺の言葉に三人は首を上下にコクコクと振った。
俺のファーストキスは初恋の人に捧げる前にすでに奪われていたのか……。
あまりの衝撃に開いた口が塞がらないが、勝手にキスされたという怒りは不思議ない。ないというか「ほ、ほえー」と半分混乱状態だ。
「だってさ、好きな人といつも一緒にいるんだよ? そりゃキスしたくなるじゃん」
「おい桐花、今の発言、欲求不満な理不尽オヤジみたいだぞ」
「恋する可愛い乙女と言って欲しいなぁ。また
「ごめんなさい何も言いません」
ただでさえ女装でダメージ喰らってるのに、みんなの前で耳なめされるとか羞恥という言葉に収まらない。
なぜか和やかな雰囲気になっているが、天姫がこほんっと咳払いをして口を開いた。
「タクくん、これで分かりましたか? 私たちpastel*loverが貴方が好きだと言うことが」
天姫が微笑みながらそう言う。
女の子から好意を向けられるのは純粋に嬉しい。でも……
「pastel*loverが俺のことを好きなのは分かった。でも、俺にも好きな人がいる。みんなもそれは知っただろ?」
俺の言葉に一瞬表情を曇らせた三人だったが、すぐに表情が戻る。
「私たちpastel*loverはみんなが同じ人を好きになり、一時期はその事で喧嘩しました。みんなTakという人物に、プロデューサーとしても、一人の男性としても心動かせられた。やがてそれは、尊敬から好きという感情に変わっていった」
天姫の言葉を静かに聞く。
「たっくんが他の子を好きにるのはもちろん自由。でも、私たちだって諦めきれない。だって初恋だから。こんな感情初めてだから」
初恋……今の俺もそうだ。
でも俺には好きと告白できる勇気がない。一歩踏み出せないでいた。
「たとえそれが横恋慕でも、私たちはこの初恋を忘れない。好きだと気づいた瞬間は何度も繰り返し夢に見る。そのくらい大切な恋で叶えたい未来だから」
彼女たちも俺も、初恋という恋愛では同じ感情を抱いている。
誰だって好きな人と結ばれたいのは本望だ。そのためにアプローチをする。
「だから、まだ好きでいちゃダメですか……?」
天姫の言葉に胸がキュッと締め付けられた。
俺も想い人に好きな人ができたとしても、まだ付き合ってないからと彼女たちのように諦めきれないだろう。
好きな人がいる俺。でも、彼女たちの恋心を邪魔する権利はない——。
「俺のことを好きでいてくれるのは全然構わない。だが、俺は好きな人としか付き合う気はないから、結ばれたその時は潔く諦めてくれよ」
俺は最低な人間だ。
好意を寄せてくれる女の子を振っても、彼女たちにまだ好きでいてもいいよなんて言うなんて。
だがそれは逆に、自分がその立場になった時、掛けられたら嬉しい言葉だ。
「タクくん、ありがとう……」
ポロポロと涙を流す天姫。
「私、たっくんに好きになってもらえるようにこれからもっとアピールするね!」
意気込む桐花。
「タクをもっと甘やかして私に夢中になってもらう」
なんかやばそうな雅。
三者それぞれの反応だ。
まぁこれでひとまずは大丈夫だろう。
だが卓は知らない。
この許しが、のちの自分の初恋に大きく影響することを。そして彼女たちが
〈追記〉
自分の甘えるという行為を他人に見られるのが苦手。そのため、恥ずかしくなり元の精神状態に戻る。
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