三人目の堕落(ヤンデレ)

第14話 女装とネコと兎と *

 猫の鳴き声? の真似を突然され、戸惑う。一方、囁いた雅は俺からゆっくり離れ口を開いた。


「猫って言うのはね、動物って以外にも意味があるの。今のタクの格好は女装。つまり女の子。同性と恋愛をする人で、受身はネコって言うんだよ」

「お、おう。そうなのか……」

「そして攻める側はタチ。なんだかタクの名前と似てるね」

「一文字しかかすっていないが……」


 ネコとタチ? 雅は一体何を言いたいんだ……?


「それはそれとして……タクはこの前、スタジオで桐花と何をしてたの?」


 この前――


『ん……はぁ……可愛い、たっくんぅ……♡』


 雅の言葉であの日の情景がフラッシュバックする。

 

(き、桐花に耳舐めされたとか言える訳ねーだろ――!!)


 あの耳舐めを思い出すだけでゾワゾワする。

 どう誤魔化そうか迷っていた時だった。


「———ナデナデ」

「ん?」

「桐花にナデナデしてたでしょ」


 ナデナデ……? ああ、最後のやつか。ということは雅は耳舐めのシーンは見ていないということだな。


 ホッとしたのも束の間、雅が猫を思わせるしなやかな四足歩行でじりじりと距離を詰めてきた。


 カツンッ

 

 指が何かに当たる。

 後退りをしていた俺は気づけばベッドの足元まで追い詰められていた。


「ふふ、つかまーえた」


 すると、雅は俺の胸元に顔を埋めてきた。制服越しに伝わってくる体温。彼女の髪から仄かに甘い香りが広がる。

 雅はまるで猫のようにスリスリと顔を擦りつけて甘えてきた。


「私もナデナデされたい」

「へっ?」

「私もナデナデされて甘やかされたい。兎のもう一つの意味も知ってるよね? 兎は寂しがり屋で、不安で悲しいと死んじゃうって。私、ナデナデしてくれないと死んじゃうかも……」


 上目遣いで見つめながら猫撫で声を出す雅。

 いつもは大人っぽく、クールで感情が読めない。だが、今の雅は幼い子供のように自分の思ったことを素直に言っている。


「……ナデナデ」

「分かった」


 優しく撫でてあげると、雅は僅かに目を細め気持ちよさそうにしていた。


「私もする」

「えっ?」

「私ばっかり甘えてばかりじゃ嫌だからする」

「いや、でも……」

「ナデナデする」


 ……この状況は一体なんなんだ?

 この豹変ぶり……雅はヤンデレ化してるのか? どちらかというと幼稚化して甘えてるというか、なんというか……。天姫と桐花の時と違って緩いな。


「……分かった。じゃあこうする。タクちょっと立って」

「お、おう?」


 言われた通りに立ち上がる。と、雅に両手で身体を押された。後ろによろめいた俺は、ぽすんとベッドに腰を下ろす形になる。


「まだ撫でにくい。タク移動しよっ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる雅に指示を出され、俺は仰向けに寝転がり、その上から雅が覆いかぶさる格好になった。


「よしよし」


 俺の頭を撫でてくれる。そして俺も撫でる。


「タク、もっと撫でて……?」


 包丁を握る時の猫の手のように丸くなった手を俺の胸に置き、うるうるした瞳向けてくる。そのいじらしい仕草に思わず鼓動が跳ね上がった。


 なんかこう、守ってあげたい感じがするな……。


 お互いしばらく撫であった後、雅が口を開いた。


「――pastel*loverのみんながタクのことが好きだって驚いた?」


 その言葉が俺の体を強張らせる。


「みんなってことは雅も……」

「うん、私もタクが好きだよ」


 天姫の時から分かりきっていたことだったが、告白されるとドクリと心臓が跳ねる。


「みんなタクが大好き。天姫の私だけを見てほしいも、桐花の傷つけ癒したいもみんな個性的なヤンデレ。堕ちたのはタクが大好きだから」


 俺は恋愛したことがないし、恋愛の価値観なんて分からない。だから大好きだからヤンデレになるという意味も分からない。


「アイドルの時は絶対にこんなはしたない姿は絶対見せない。これは裏の姿で内緒の姿。でも、タクの前だとみんなしてる」


 堕落の二文字が俺の脳内を支配していく。

 堕ちる、ヤンデレ、堕落……恋は依存レベルのものなのか?


 ぼぉーと考えていると、ぐいっと掴んで引っ張り上げれ、体勢が逆転した。今度は俺が雅を押し倒している状態。


「私をいっぱい甘やかして。私も貴方を甘やかすから」


 両手をいっぱい広げ、妖美な笑みを浮かべながら言う。まるで挑発しているかのような口ぶり。

 何故か俺は抗うことなく、彼女の胸元に顔を埋めた。

 雅は「ふふっ」と上機嫌に鼻を鳴らしたと思えばギュッと手を首に回す。


「大好きだから独占欲したくなる。大好きだから普段とは違う自分を見せられる。大好きだから――甘やかしたくなる」


 耳元で囁かれる。

 吹きかけられる吐息のこそばゆい刺激に焦らされ、身体が熱を帯びる。


「みんなタクが依存レベルで好きなの。だからね、タクも私たちに依存してほしい」


 甘い囁きに歯を食い縛り、飲み込まれないように抵抗していたが、それは一瞬のこと。


「みんなごめんね。抜け駆けする――」


 ここにはいない天姫も桐花に一言断りを入れた雅は、俺の肩を掴み……そして強引に――をした。



 朱兎雅あかうさみやび 【盲愛型ヤンデレ】

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