第11話 表と裏の裏の裏

「大丈夫だよ。俺が全部受け止めるから」


 耳舐めを回避するために咄嗟に出た言葉。今までの展開からは絶対出ないであろう。

 しばらくして自分が全く関係ないことを言ったことに気づいた。


(何言ってるんだ俺ぇぇ!? 何が全部受け止めるだ!? 確かに俺は桐花の過去を知っている身だが、今の状況とは場違いな発言だ。これは桐花に俺が耳舐めをするつもりがないとバレたか……?)


 内心焦りまくりの俺は恐る恐る桐花の顔を伺うと……


「……」


 彼女は目を見開き固まっていた。

 先ほどまで俺の身体にピッタリと密着しながら甘い言葉を囁いた桐花。その誘惑に負けそうになる危ない場面もあったが、ギリギリ耐え抜いた。これぞ男の意地だ。


「俺の話を聞いてくれるよな」


 刺激しないように優しく語りかける。

 桐花の動きが止まったことをチャンスだと思い、彼女の両肩を掴んで距離をとらせる。すんなりと起き上がることができ、桐花に少し落ち着きが戻ったのが分かる。


「桐花の気持ちは嬉しい。こんな美少女に好意を向けられたら誰だって嬉しいさ。君みたいな愛想がよくて可愛い、元気な女の子と付き合いたいと思ったことだってある」

「ふぇ? う、うん」


 張り詰めた言葉から戸惑いの色が見える言葉。俺はその変化を感じとりながら言葉を続ける。


「でも俺にも選ぶ権利というのもがあると思う。だから今は見守ってほしい」


 俺から言えることはこれだけ。

 誰しも好きな人に振り向いてもらいたいという気持ちはある。その反面、好きな人だからこそ、その人の気持ちを優先させてあげたいという感情もある。

 俺は桐花に後者の感情が残っていることを願う。


「……そうだよね。私が好きだからたっくんが好きっていう都合のいい両思いはないよね……。ごめんね、自分勝手に暴走して……」


 ポツポツと言葉を述べ終わった後、桐花は俺に抱きついき、首筋に顔を埋めた。ぐず、と鼻をすする音が聞こえる。俺は慰めるようなにポンポンと背中を撫でた。


「悪いな、想いに気づけなくて」

「ううん。たっくんが鈍感なのは元からだし、しょうがないよ」

「なんか俺、悪口言われてる?」

「悪口じゃないよ。そういう鈍感なところも含めて私は好きだよ」


 こうやって素直に好きという二文字が言えるなんて桐花は凄いな。それに傷つく覚悟で告白もしてくれたし……。

 それに比べ俺は、九重さんに嫌われたくない一心で、彼女に近づくどころか遠くで眺めているだけで情けない。


「あはは、みっともないところを見せちゃったね」


 指で目に浮かんだ涙を拭き取り、はにかむ桐花。その笑顔はいつもの彼女だが、どこか気まずそうだ。


「桐花」

「な、なにたっくん?」

「この話はこれで一旦終わりだ」

「えっ──あいたっ」

 

 軽く頭を小突く。

 桐花は突かれたおでこに手を当て不思議そうな顔をしている。


「今日のことは二人だけの秘密。桐花がまたヤンデレ化して暴走したら俺が止めてやるさ」


 多分次は負ける気しかしないが強気なことは大切だ、うん。


「だからいつも通りに接してくれ」


 俺がそう言った後、しばらく何も言わなかった桐花だったが、やがて口角が上がった。


「さすが私たちプロデューサー。器が広いね! でも私、まだ諦めたわけじゃないから。たっくんが結婚しない限りは諦めるつもりはないよ。というか私はハーレムでも全然OK♪」


 俺の胸にハートマークを描くように指を動かす。座高の差から必然的に桐花が俺を見上げる形、上目遣いになる。彼女は小悪魔な表情を浮かべ、にししと笑っていた。

 

「日本でハーレムは築けないだろ」

「じゃあサウジアラビアに逃げる」

「俺は石油王になる! とはならないな。悪いが俺は日本からは出るつもりはないんでね」

「大丈夫だよ〜。いざとなったら睡眠薬で眠らせてトランクに詰めて連れて行くから〜」

「爽やかな笑顔でえげつないこというな!! それ、俺五体満足なの? 死体の俺を愛すバットエンド嫌よ!!」

「私は死体のたっくんでも愛せる器の広い女の子だよっ!」

「器が広いどころか、もはや人としてどうなのそれ……?」


 満面の笑みの桐花に正面から抱きつかれる。会話は笑えないんだけどなぁ……。


 このまま天姫おりひめの時のように誰にも見つかることなく一旦終わることができる———はずだった。


 

 ガチャ


 スタジオの扉が開かれたことに気づくのが遅れた俺は、桐花と密着している状態をその人物に見られてしまった。


「……」


 入ってきたのは紺色のロングストレートが特徴的な美少女、朱兎雅あかうさみやびだ。彼女は俺と桐花の全身を鋭い眼差しでじっくり見ている。


「何してるの二人とも?」

「あっ、いやっ……」

「あっ、雅ちゃ〜んやっほー! 今たっくんに私の悩み事について相談に乗ってもらってたんだよ〜」


 なんと誤魔化せばいいか口籠る俺に対し、先ほどの行為がまるでなかったかのように明るく接する桐花。その切り替えの速さに驚く。


「アイドルのメンタルケアもプロデューサーのお仕事だからねっ」


 パチンとウインクを俺に向ける桐花。「私に任せて」と合図しているに違いない。

 どっちらかいうと俺がメンタルケアして欲しいのだが……。天姫といい、桐花といい態度の違いからヤンデレにも種類はありそうだな。


「ん〜! すごくスッキリしたよ。またお願いね、たっくん」

「お、おう……」


 今回は偶然に止められたけど、次はどうなることやら。さすがの俺も女の子に耳舐めなんかできないぞ……。


「タク」

「ん?」


 何が言いたげな様子の雅だが、一向に話さない。

 

「雅?」

「……やっぱりなんでもない」

「おう、そうか。また言いたくなったら言えよ」


 雅は表情変化が少なく声も淡々としている。一言で表すならクール。それゆえに見た目ではほとんど感情を読み取れない。


 無理に聞くのもあれだし、待っておこう。


「にしてもさっきのたっくんは可愛かったなぁ〜。目になみ——」

「桐花ちゃんは口が達者ですね〜」

「いひゃいいひゃい〜〜」


 俺は両手で桐花の両頬を左右に引っ張り、喋らせないようする。ついでにこの可愛い顔がどれだけ変顔になるか遊んでみるか。


「ずるい……私だって……」


 桐花に接する中、雅がそう囁いたのを俺は聞き逃さなかった。




「桐花、あの涙まで計算でしてたの?」

「んーあれは本当に涙が出てきた部分もあったよ〜」


 あれからTakこと佐藤卓さとうすぐるが社長に呼ばれスタジオを離れていた頃、三人はストレッチをしながら雑談していた。


「桐花ってそっちに関しては頭脳明晰よね」

「勉強は嫌いだけど、たっくんは好きだから自然と頭がよく働くの。限界突破!って感じかな〜」


 えへへと笑う桐花だが、先ほどの豹変ぶりは二重人ではないかと疑うほどだった。


「天姫ちゃん、さっきから携帯と睨めっこしてどうしたの?」

「ううん。なんでもないよ」


 桐花に指摘された天姫は慌てたように携帯を裏返しして床に置く。そんな彼女の姿に桐花は一瞬首を傾げたものの、話を続けた。


「あともう少しで夏休みだねー」

「その前にテストがあるでしょ? 桐花は次赤点取ったらパズラブの活動に支障がでるわよ」

「そこはいつもみたいにみんなに教えてもらって回避する!」

「あっ、でも桐花ちゃん。今回は雅ちゃんは……」

「あっ、そっか! ぶー、ずるいよ雅ちゃん! 私もたっくんと勉強会したいー!」

「じゃんけんで公平に決めたから文句言わないの。それに桐花は自分のことに手一杯だからタクに教える余裕はないでしょ。天姫、桐花のこと一人で大変だと思うけどよろしくね」

「うん、任せて」

 

 卓の通う学校と三人が通う女子校はテスト期間がちょうど被る。そのため、卓はよく三人と勉強したりしている。

 卓の一つ下の学年に関わらず、天姫と雅に関しては高校二年も勉強もバッチリだ。


「くれぐれも抜け駆けはダメだからね!」

「抜け駆けしない。どこかの誰かと違って」

「私してないもん!」

「まあまあ二人とも。そろそろタクくんが帰ってくるから話の続きはまた後でしようね」


 天姫の言葉に二人ともコクリと頷き、ストレッチに集中する。



 恋心わがままなんて心の中に留めておけない。それが同じ異性を好きになったら尚更だ。

 そして人間誰しも裏はある。重要なのはその割合。

 コインで表と裏が出る確率は二分の一。ただ人間の場合は二分の一と綺麗に割り切れない。そもそも割合なんて決まってない。

 だが少なくとも今の彼女たちのヤンデレは裏。ごく僅かな人にしか知られてないない内緒の姿。

 でも完全に裏だとはまだ断定はできない。だって表と裏が入れ替わる可能性だってあるのだから——。



【癒合型ヤンデレ】


〈追記〉

 優しい言葉や甘い言葉をかけられると落ち着きを取り戻し、元の精神状態に戻る。

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