「恋撃(こうげき) Ⅲ」◇2人目の堕落(ヤンデレ)
(
心の傷の癒し方。
私は自分に合う方法をずっと探していた。
私は元々競泳の選手だった。知名度もあり、プロとして活躍する未来も決まっていた。
けれども世の中は残酷だ。
私は交通事故で怪我を負い、プロの推薦枠と学校での立場を失った。受験しての入学なので在校は可能なのだが、そこは一流スポーツ選手のタマゴたちの集まり。居心地は悪く自主退学を選択。
それがたっくんとの出会いのきっかけになるとはこの時の私は思ってもいなかった。
◆
薄っすらと消毒液の匂いが香る頬。その頬に左手を添える。吐息がかかる距離。柔らかく温かい感触。骨抜きにされそうになる瞳。
全てが私を刺激する。
「たっ、たのむきりか……っ。おねがいだから……はなしを……」
目に薄っすらと涙を浮かべるたっくん。それが嫌で出ているのか、気持ちよくて出ているのか分からない。
ただ、表現しがたい気持ちが湧き上がってくる。
たっくんの見たことない表情。好きという感情がさらに湧き上がってきて耳の中をかき回すように舌を動かす。
「話をしたい……お前を嫌いたくないから……っ」
嫌いになりたくない。
その言葉に反応し、ピタリと止まる。
たっくんに嫌われたくない……。
「……分かった。これ以上は止まらなくなっちゃうから今回はここで
名残惜しくもたっくんの耳から離れる。が、跨っている状態はそのままだ。
「ねぇ教えて? どこの女を好きになったの? 女優の子? 歌手の子? それとも……」
息がかかる近距離で語りかける。
自然と気持ちに焦りがあってか、無意識にたっくんのシャツを握りしめた。
「俺は……転校生の女の子に一目惚れした」
「っ……」
ハッと息を呑む。
一目惚れ……一目惚れって初めて会った瞬間恋に落ちたってこと……? 私よりずっと付き合いが短い、ましてや素性の分からない女の子が好きになったってこと?
そんなの……そんなのって……。
なんで……?なんで私のことは好きになってくれないの……?
そんなことを考えていると、上に乗っている私をたっくんが押しのけた。体勢が後ろに傾く。咄嗟に袖を掴み、自分の方へ引っ張った。
「あはっ♪たっくんに押し倒されるのって……すっごく興奮する♡」
見下ろしていた側から見下ろされる側に。たっくんのカッコ良さがさらに際立つ。
「き、桐花! 目を覚ましてくれ!」
「目を覚まして? ふふっ、違うよたっくん」
私の方に倒れ込まないように両腕を伸ばし踏んだっているたっくんの首に手を回す。そして耳元でそっと囁く。
「たっくんは私を覚ましたんだよ」
「っ……」
私の囁きにたっくんはまたピクリと肩を震わせながら、弱弱しい声を返す。
理性。
本能や感情に左右されない冷静なさま。また自分の感情や欲望を抑えようとする心。
「理性が飛ぶ」「理性を抑えられない」「理性が壊れる」
理性を失った時、人は自分でも考えられないくらい本能と感情に従った獣のような行動をとる。
そして理性を失った行動をとった時、その後で後悔してしまう。
理性を自由にコントロールできることがどれほど幸せか。胸から衝動的に沸き起こり、制御することの難しい感情。そんな感情に出さず心の中に留めておくことがどれだけ大変か。
その理性をよりよって好きな人に解放されたらどれほど——
「好きだよたっくん。大好き」
「……桐花の思いには答えられない」
「どうしても?」
「ああ」
今のたっくんにこれ以上言っても無駄だと踏ん切りをつけた私は次の提案を出す。
「じゃあ……"私を傷つけて"」
「えっ……」
後ろめたさから一変、戸惑いの声が漏れ出すたっくん。それもそうだ。いきなり傷つけてと言われたら誰でも戸惑よね。
「桐花? どういう意味?」
「そのままの意味だよ。私を存分に傷つけて、そして癒して。それしかないの。私、失うのはもう嫌だから……」
私の過去(競泳選手だった頃)を知っているたっくんは、落ち着かない様子で目玉を左右に泳がせ、困ったように眉を下げた。
こんな状況なのに私のことを心配してくれる姿にますます好きという感情が増幅する。
拒絶されて傷つくくらいなら、好きな人に傷つけてもらって、癒してもらいたい。
私の心の癒し方と同様のことを好きな人にもして欲しい。
「傷つけるって……何をするんだ?」
「んーそうだねぇ。じゃあ私がさっきしたみたいに耳舐めしてよ」
「なっ!?」
「はやく、お願い。私を傷つけ癒して……」
たっくんの身体にピッタリと密着しな
がら甘い言葉を囁く。
「……桐花はそれをしたら落ち着いてくれるのか?」
「うん」
「そっかぁ……」
悩んだ様子のたっくんだったが、覚悟が決まったように切なそうに微笑んだ。その笑顔に私はぞくりと体を震わせる。
たっくんの頭の中は私のことしか考えてないない。好きな子と揺れていた脳内は今や私のことでいっぱいだ。嬉しい……♡
「じゃあいくぞ……」
夢見心地のふわふわした感覚の中、生暖かい吐息が耳元をくすぐった。あとは数秒後にくるくすぐったさと鋭い痛みを待つだけ。
しかし、たっくん顔が自分の横にきてから一向に事が進まない。
それから顔がスッと離れた。
「大丈夫だよ。俺が全部受け止めるから」
たっくんは傷つける行為とは逆に朗らかな笑顔を浮かべた。
あれ、私何して———
好きな人を傷つけて癒したいという一連の治療に快楽を感じるヤンデレ型。また自分が同じことをされるもの好き。
普段は活発で人懐っこい人がなりやすい。
常に主導権を握っていたいと思っていて、状況判断など頭の回転が早い。
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