「恋撃(こうげき) I 」 ◇2人目の堕落(ヤンデレ)

「はぁ……」


 事務所に到着するなり大きなため息をつく。


 九重さんに完全に引かれたかもしれない。チラッと見たら視線を逸らされたから絶対に嫌われてる……。

 

 ちなみに何故、事務所に来たかと言うと、桐花から「来て!」という連絡をもらってからである。俺が週に一度来る日は、今月はpastel*loverの三人に決めてもらうというルールをいつの間にか親父が決めていたらしい。

 普通俺に選ばせるだろ。まぁ今回は休日出勤じゃないからまだマシだな。


 九重さんのことが気になりすぎて憂鬱だったが、あっという間に事務所三階にあるスタジオに着いた。だがすぐにはドアを開けない。


「これは絶対アイツいるな」


 伊達に一年間も一緒にいる関係だ。行動パターンは大体把握済み。

 すでに嫌な予感がしつつも、ドアを開け中に足を踏み入れる。


「たっくん〜!!」

「ぐほっ!? 桐花きりかっ……だからいちいち突進してくるなって言ってるだろ……!!」


 スタジオに入るなり、抱きついてきた人物の顔は分からなかったが、こんなことをするのは崎宮桐花さきみやきりかしかいないと断定する。

 抱きついてくる桐花を無理矢理剥がし、近くにあった椅子に座る。


「あれ? 今日は桐花が一番乗りなのか」

「うん。私が一番乗り〜ぶぃ!!」


 自慢げにピースサインを掲げる桐花。子供っぽい仕草だなと思いつつ、アイドルとあって顔は整っている。

 ベリーショートに胸は二人ほどないが、天真爛漫な性格でファンはもちろん、色んな人に可愛がられているみんなの妹的存在だ。


 天姫がほのぼの系アイドル。桐花が元気系アイドル。雅がクール系アイドル。シンプルな振り分けだが、明確にすることで人物像が分かりやすくなる。


「ねね、この前言ってた遊園地いつ行くの!!」

「言ってたのは桐花だろ? つか、遊園地に行く日に俺を呼べばよかったんじゃないのか?」

「あっ! そっか!!」

 

 まるで名案だとばかりにりポンと手を叩く桐花。こういう天然でお馬鹿さんなところも彼女の魅力だろう。


「って、分かってるなら教えてくれたっていいじゃーん!!」


 桐花はむぅと頬を小動物のように膨らませる。いつもなら指でつついて戯れるのだが、今はちょっと凹みすぎて構ってやれない。すまんな桐花。


「おっ、なんのプリントだこれ?」


 テーブルの上に置いてあるプリントをパラパラと捲り内容を見ていく。

 

 あー次のライブの資料かぁ———


「痛っ!?」


 呑気に眺めていると突然、手に痛みが走った。

 いつまでもクヨクヨすんなという神のお告げなのか。紙で手を切ってしまうという凡ミスをしてしまう。

 紙なので傷口はそれほど深くはなかったが、血がぷくっと出てきた。


「悪い桐花、絆創膏とか持って——」

「……んむっ」

「ん?」


 人差し指が何か温かいものに包まれた。よくよく見ると桐花が切った指先を咥えて——


「って……おいちょっ、指ぃぃぃぃぃい!?!?」


 慌てて人差し指を抜こうとするも両手で手を押さえられ抜くことができない。


「むふ、むふむふ!!」

「いや、何言ってるか分からんわ!!」


 落ち着け俺、これはきっと消毒……消毒液の代わりなんだ。傷口を舐めて消毒とか子供の頃によくやっていたじゃないか。そう、やってた……


「らいじょうぶ?」

「この状況が大丈夫じゃない!」


 なんのプレイだよこれ!! 女の子が指ぺろぺろしてるとかDTに対する侮辱なの!? 我慢大会なの!? 


 そんな俺の心の叫びをよそに、桐花は傷口を重点的に舐めていく。


「ふむ……ちゅ、じゅる……」


 おお、本当に傷口を舐められてる。

 自分で舐めるのとはわけが違うから変にこう……意識してしまう。


 指を引き抜こうとしても、しゃぶりつかれているので断念。このままことが済むのを待つしかないな。

 出来るだけ桐花から視線を逸らすように天を見上げていた俺。しばらくして指が離された。


「……はい、これでいいよ」

「あ、ありがとうな」


 ズキズキと鋭い痛みがあった指先は桐花の処置のおかげですっかり和らいだ。

 濡れた指をタオルで拭いて、手慣れた手つきで桐花が俺の傷口に絆創膏を巻いてくれる。

 

「こっちの傷も舐めよっか?」


 次に桐花が目をつけたのは、昼休みに公道に殴られた頬。軽く手当はしてあってもう消毒液行為は間に合ってるのだが……。


「もう治療済——」

「いや、治療は済んでないよ。むしろバイ菌が入って悪化してるよ」


 言い終わる前に、言葉が被せられる。

 先程の無邪気な笑顔は無表情に、目からは光が消えた。


 どうやら俺はヤンデレスイッチを入れてしまったようだ。


 背中に冷や汗が流れるのを感じながら口を開く。


「さ、流石に桐花みたいに指を舐めてもらう治療はしてもらってないから……」

「そういう問題じゃない。私以外の人に治療してもらうなんて汚らわしい以外ないよ」


 桐花の声に感情は入っていない。彼女が放つ異様な雰囲気に飲み込まれないように精神を保つ。

 

「たっくんを傷つけていいのは私だけ。そして治療していいもの私だけ」


 小柄な体から発せられる圧と冷たい目に思わず一歩引いてしまう。


「お、落ち着つけ桐花! ——ぐぶっ!?」


 桐花は口答えするなとばかりに勢いよく抱きついてきた。突然のことで支えきれず、バランスを崩して二人して床に倒れ込む。


「いてて……おい桐花……っ」

「痛いの? 私が治療してあげようか?」


 そんな心配の声をかけながら起き上がる俺の身体にドンっと乗っかってきた。手を肩に回わされガッチリとホールドされて逃げ場がない。


 天姫の時よりかなりヤバい……。


「ねぇたっくん。私もたっくんのこと、好きだからね♪だから今日は……私がたっぷり制裁ちりょうしてあげる」



 崎宮桐花さきみやきりか【癒合型ヤンデレ】


 相手の傷を癒やしてあげたい。

 ???

 

           続く、、、、


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