第8話 「陰キャな俺と敏腕プロデューサーの俺」
九重さんは全国で総合病院を経営する家の一人娘。
高校一年生までは女子校に通っていたけど、異性との接触があまりにも少ないと、両親からの勧めで共学であるうちの高校に転校してきた。と、一瑠が教えてくれた。
九重さん。あんなに優しいのに、異性との接触は少なかったのか。良かった、最初からガツガツ行かなくて。
しかし、仮に付き合うことができても両親。特にお父様という難題があるのか……。恋愛って大変だな。
「なに難しい顔してんの?」
ドカッ、と俺の机の上に尻を置く一瑠。目立つからやめてほしいんだけど。
うちのクラスには四つのグループが存在する。
一瑠が中心のグループ。
男女陽キャグループ。
そしてその二つに属さないグループが男女一組ずつ。
俺は唯一どこのグループにも属していない。だってぼっちだから。
でもぼっちでも九重さんは話してくれるし、ぼっちも以外と悪くない……。
「ちょっと卓。無視しないでよ」
不満そうに見下ろす一瑠を横目に、スマホを取り出し、文字を打ち込んだ後……一瑠宛にメッセージを送信。
ピコン
「ん?」
一瑠がスマホを見る。
もちろん見ているのは俺からのメッセージだろう。
『公道から一瑠と関わんなって言われたから喋らない』
「はぁ? あんな奴の言うこと素直に聞くバカがどこにいるのよ」
『ここ』
「やかましいのよ」
「いひゃいいひゃい」
メッセージ送って、わざわざ会話してんのになんで喋りかけんだよ! あとすぐに人の頬を引っ張んな!
「ふふっ。お二人は仲がいいんですね。そういえば佐藤さんと一瑠さんは幼馴染だと聞きました」
隣の席の九重さんが聖女のような美しい笑顔を浮かべ話しかけてくれた。
「いや、仲がいいってほどじゃあ……」
「まぁ卓はだらしない弟みたいな感じよ。世話を焼きたくなるダメ弟」
「一瑠さんの面倒見の良さが存分に発揮できますね」
手を添えてクスリと笑う姿もまた可愛い。
ピコンとスマホが鳴る。
『いつまでも見惚れてるんじゃなくてアプローチしなさいよ。なんのために事務所抜けさせてもらってんの』
うっす……ごもっともです一瑠さん……。
◆
昼休み。
昼用の水筒を忘れた俺は自動販売機に来ていたのだが、すぐ近くにある渡り廊下が妙に混み合っていた。
気になって近づくと……何やら起こっているらしい。誰かに聞いてみるか。
「何かあったの?」
「ああ……。なんかアイツが公道の気に障ったらしいぞ」
「公道……」
嫌な予感しかしないなぁ。
教えてくれた生徒が指さす先には、眼鏡をかけた男子生徒と公道が何やら言い争っていた。
「おい、どこ見てんだよこの雑魚がッ」
「ひぃ、す、すすいません……!」
公道の制服のシャツには茶色いシミがついている。どうやら眼鏡の男子生徒が公道にコーヒーをかけてしまったらしい。
「お前のせいで汚れたじゃねーか。クリーニング代、当然出してくれるよな? なぁ?」
「は、はひ! もちろんです!」
眼鏡の男子生徒の胸ぐらを掴み、脅すような低い声を出す公道。これに関しては……眼鏡の男子生徒の不注意だな。
しばらくすれば収まると思い、立ち去ろうとした時だった。
「あっ!」
眼鏡の男子生徒の焦った声が聞こえ、振り向けば……それは公道の足元に転がっていた。
「なんだこれ。キーホルダー?」
あれはpastel*lover1周年ライブ参加者のみに配布された限定キーホルダーアクリルだ。メンバー三人がそれぞれアニメキャラ仕様にデザインされたものである。
かなりの限定品とあってオークションで売買する悪質な奴らもいるが、高額にも関わらず、すぐ売り切れになっている。
「き、きりたん!」
よく見るとスマホにつけていた三人のキーホルダの内の桐花がモチーフのキーホルダーが落ちてしまったようだ。それも運悪く……公道の足元に。
キーホルダーを見下ろす公道。やがてそれがアイドルグッズだと気が付いたらしい。
そして一言……。
「——きめぇなぁアイドルとか」
吐き捨てた。
アイドル
それがpastel*loverのことを指してるのかは定かではない。が、ゾワッと鳥肌が立った。気付かぬうちに拳に力が入っていたらしく、手を開くと爪痕がくっきりと残っていた。
「そういや、昼休みにアイドルのライブ、鑑賞しているクラスがあったなぁ。あんなのなにが面白くて見てるんだ? つかアイドルが好きとかオタクかよ」
加えてオタクを蔑視する発言。
「オタクって合いの手で太い声を上げるやつだろ? キモいわ。つか、アイドルとかやらずに、ああいう顔と身体が良いやつは、グラビアとかAVやればいいのにな。どうせ年取ったら結婚したり引退したりするからよっ。それからだと結局アイツら、身体で稼ぐしかなくなるんだからよぉ。パズラブだっけ? アイツらもいずれは落ちぶれるんだろうなぁ」
こいつ……。
「ぱ、パズラブのことを悪くいうな……っ!」
今まで怯えて何も言わなかった眼鏡の男子生徒が声を張り上げる。
推しのことを馬鹿にされたなら、怯えとかよりも怒りが勝つからな。
その姿が気に食わなかったのか、男子生徒をギロリと睨んだ公道だっだが……やがてニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「たかがアイドルぐらいで熱くなってんじゃねーよ!!」
公道は右足を上げた。それは真下にあるキーホルダーを踏み潰すつもりだ。
「あっ……!?」
ガリッ!!
男子生徒の声も虚しくキーホルダーは踏まれ粉々になる——はずだった。
「あ?」
上から不満の声が聞こえる。
公道が踏んでいるのはキーホルダーではなく……俺の手。滑り込んだおかげで間一髪キーホルダーを守ることができた。
「ザコウ……」
「はは、さすがに痛いなぁ……」
踏まれた右手を庇い、キーホルダーを持ちながら立ち上がる。
目立ちたくなかったから変装してたのに、なんで俺は飛び出したんだろ。陽キャな公道に盾をつけば目立つと分かってるのに……。
なんとなく助けたい。
そんな軽い気持ちでは廊下を埋め尽くす野次馬をかきわけ勢いよく飛び出すなんてできない。
自分が一生懸命育ててきたアイドルがバカにされたから。オタクを蔑視する発言をしたアイツが許せなかった。
所詮変装で変わるのは外見だけ。中身はプロデューサーのTakだ。
「公道くん……いや公道。ちょっと俺とお喋りしようぜ」
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