1人目の堕落(ヤンデレ)

第5話 「国民的アイドルの日記」*

 午後のだるい授業も終え、待ちに待った放課後がきた。


 俺は今、物凄くワクワクしている。


 なんでかって? そりゃ九重さんの校内案内があるからさ。


「里緒ちゃん。今、職員室に呼ばれてるから校内案内はそれからね」


 他の生徒は部活や下校して教室には俺と一瑠しかいない。


「……俺、うまく話せるかな?」

「アタシと今話してる感じでいけば大丈夫でしょ」

「でもなぁ……」


 一瑠と話す時と九重さんと話す時はこう、慣れた違いというか、緊張感が違うんだよなぁ……。


 そんなことを心配していると、


 ブーブー


 ポケットに入っているスマホが揺れた。が、聞かなかったことにしよう。


 ブーブーブーブー


「卓、電話鳴ってるわよ」

「俺には何も聞こえないなぁ……」


 腕を組んで目を瞑っていると、ほっぺを指でつつかれる。さらには横に引っ張られた。


「にゃにひとのかをぉであふぉんで——」

「えいっ」

「あああっ!?」


 一瑠が俺のポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。それが狙いだったのかよ!?

 

 電話の相手はなんとなく察しがつく。察しがつくからこそ、なおさら電話に出られては困る。


「ちょっ、待っ———」


 俺の声も虚しく、一瑠はそのまま電話に出た。


「もしもし? あっ、剛志さんお久しぶりです〜。はい、卓なら隣にいますよ」

「一瑠おまっ」


 やはり電話の相手は親父。親父がわざわざ電話をしてきたということは、事務所に行かなければならない可能性が高い。


 だから電話に出なくなかったのに……電話に出てしまったら、九重さんの校内案内ができなくなるじゃないか!!


「代わってだってさ」


 パチンとウインクをしてスマホを渡してくる一瑠が憎い。

 

「ぐぬぬ………」

「早く〜。ふふっ」


 一瑠のやつ、楽しんでやがる。その笑顔も憎い……っ。


「ぐぬぬぬ……ぬぬぬぬぬ……っ」


 俺は……諦めて電話に出た。


『す〜ぐ〜る〜ちゃ〜ん〜?』

「お疲れ様パパ♪卓ちゃんだよ〜」


 声色で機嫌が悪いことを察知し、パパ呼びて媚びてみる。親父が機嫌が悪い時はこうするのが一番だ。


『もう、パパって嬉しいわね♪』


 はい。見事にうちの親父はご機嫌が良くなりました。


「で、どうしたんだ親父?」

『親父って……ぱぁぱでしょ? もう……。期限を守れって言ったのは誰かしら?』

「期限……? あっ」


 そういや昨日、俺が事務所を抜けるのを今日まで考えるから待ってほしいって言ってたっけ? すっかり忘れていた。


「すまん。今日だけはどうしても事務所に来れないんだ」

『ダメよ。今すぐに事務所に来なさい』

「お願いパパ」

『パパ呼びは嬉しいけどこればっかりは、うちの事務所に関わる重大な決断だから早く来なさい』

「頼むパパ! これは俺にとって千載一遇のチャンス——」

『事務所に来てくれないと……卓ちゃんのお小遣い減額するからね?』

「ひっ、卑怯だ! 大人の横暴だ!!」


 Takとしての稼ぎは、俺がまだ高校生ってこともあるので、親父に全部預かってもらっていた。高校生で金遣いが荒くなっても嫌だしな。

 つまり、俺は親父がお小遣いを渡してくれないと、何も買えないのだ。

 

「ぐぬぬ……」


 買いたいもの……ラノベの新刊や新しいゲームとか……まだまだたくさんある……。


『卓ちゃん〜〜?』

「はい。わかりました……。事務所に行きます」

『よろしい。いい子ね、卓ちゃんは。じゃあ待っているから』

 

 俺は頷き、電話を切る。


「い、い、一瑠ぅ。感想とか教えてくれよ……?」

「感想ってなによ。ほら、早くいきなさい」

「うう……うう………」


 一瑠に背中を押されて……俺は落ち込みながら教室を出るのだった。




「会議が終わるまで暇だなぁ……」


 変装を解き、事務所に来たものの、親父からメールで会議が入ったと連絡がきた。

 これなら九重さんの校内案内に同伴できたじゃん、チクショウ。お小遣い倍増してもらおう。


 時間があるので、三階にあるダンススタジオを覗いてみる。普段はpastel*loverのメンバーがいるのだが……。


「まぁ誰もいないよなぁー…って、天姫おりひめ!」

「ふぇ? あっ、タクくんこんにちは」


 まだレッスンの時間までかなりあるにも関わらず、動きやすい格好に着替えた天姫が床にペタリと座っていた。


 普段はpastel*loverのリーダーをしている天姫だが、その正体は女子校に通う高校一年生。俺の一つ下だ。そのため、俺に対して礼儀正しく敬語を使っている。


「今日は随分と早いな」

「たまたまですよ。でもタクくんとこうして会えたので、早く来て良かったですっ。タクくんの方こそ、今日はどうしたんですか?」

「親父に呼び出されたけど、時間までまだあるし、ちょっと覗きにきてみた。桐花と雅は……まだいないのか」

「二人は遅れてくると連絡がありました」

「そうか。おっ、また日記か」


 天姫の傍にはノートがあった。

 俺と出会って少し経った頃から書き込んでいるのをよく見る。中身は見たことはないが、定期的に書き込むってことは日記だろう。


「そのノート、何冊目だ?」

「三冊目ですね」

「真面目に書いてるんだな。俺だったら三日で飽きるよ」

「ふふっ、タクくんはサボり癖がありますもんね。あっ、電話がかかってきちゃいました。出てきますね」


 そう言って天姫はスタジオを出た。

 俺は天姫が先ほどまで持っていたノートに視線を向ける。


「少しぐらいなら見ていいかな?」


 どんなことが書いてあるのか気になり、天姫には悪いと思いながら日記を開いてみる。


【六月十四日】


 今日もタクくんがカッコ良かったです。担当は外れてしまったけど、たまに様子見に来てくれて、相変わらず面倒見がいいなぁと思いました。

 でも……少し二人に構いすぎて寂しかったです。

 

「俺のこと? まぁ別のページをめくるか」


 と、どんどん捲っていく。


【六月二十五日】


 今日はレッスンがお休みの日。リフレッシュできるから嬉しいけど、タクくんに会えないのは寂しいです。

 事務所以外でも会いたい。でもタクくんの学校も知らないし、家も知らない。社長であるお父さんに聞くも頑なに教えてもらえません。もう発信器をつけて住所を特定するしか……


 

 内容が怪しくなってきたが、手を止めることなく読み進める。それからも内容のほとんどが俺のことについてだった。


「えーと最近のページは……と」


 一番新しいページを開く。日付は昨日だ。


【七月六日】


 タクくんの様子がおかしかった。おかしいというより何やら浮かれている様子だった。二人も異変にすぐ気付いていた。

 タクくんに好きな人がいるってことで一回会議を閉めたけど、私は納得いかない。タクくんのことが好きな気持ちは誰にも負けない。


 というか……タクくんは私のこと好きだよね? 


 タクくんは私の事が好きなはずなのに。私以外の女の子が好きなんてありえない事なのに、タクくんはどうしちゃったんだろう? 他の女の子のところに行っちゃうのかな? 


 そんなの……ゼッタイユルサナイ。

 

 タクくんが他の女の子のところに行っちゃうならいっそ、、、



 ここで文字途切れていた。だが文字の後には黒い粉が少し散らばっていた。それはまるで、途中で鉛筆の芯が折れて続きを書くことができなかったように思える。


 俺は静かに表紙を閉じた。

 

(俺は何も見てない、何も知らない、ここに書いてあったことなんて———)


「ふふ、見つかっちゃいましたか」

「っ……!?」


 ガバッと顔を上げるとそこには無邪気な笑顔を浮かべる天姫の姿があった。どうやら電話は終わったらしい。


「お、天姫……」

「その日記見たんですね?」

「あ、ああ……」


 この際言い訳などできないので潔く認める。


「そうですか……。ちなみに感想とかありますか?」

「随分と俺についてたくさん書いてくれてるんだなぁ、と」

「はい。私はタクくんのことが好きですから♪」

「……好きって異性としてか?」

「もちろんです♪」


 天姫が俺のことを好き、かぁ……。だが、俺は九重さんが好きだ。天姫には悪いがここはやんわりと断ろう。


「あ、ありがとう……。でも俺と天姫じゃあ付き合えないよ。だってアイドルは恋愛禁止なんだから」

「……そうですか」


 その言葉を最後に天姫は黙り込んだ。

 重苦しい空気がダンススタジオに流れる。


「おりひめ……?」


 たまらず声をかけると、天姫は緩く笑みながら座っている俺に合わせかがみ込んだ。


「……タクくんがそういう対応なら遠慮はもういりませんよね?」


 そして天姫は徐々に俺に近づいてきて———




 櫂天姫かいおりひめ 【ハイブリッド型ヤンデレ】

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