「恋悔(こうかい) 」 ◇1人目の堕落(ヤンデレ)

(天姫おりひめside)



 織姫と彦星。

 七月七日の七夕の日にだけ天の川を渡って再会できる男女の関係。

 この二人の関係を多くの人が"恋人"と認識しているが……実は二人は"夫婦"である。


 そんな二人が何故、一年に一度しか会えなくなったか。


 理由は、結婚した二人がその後、仲睦まじくするばかりで全く仕事をしない姿に怒った天帝が、天の川を隔てて二人を離れ離れにしたと言われている。


 私はこの話に納得いかなかった。


『愛する二人が幸せに暮らしているのにそれを外部が邪魔をして引き離した』


 簡単に言えばこうだ。

 何故? 

 何故、好きな人と過ごすという権利を他人に制限されないといけないのか?


 アイドルが恋愛禁止という先入観はつきもの。会社が恋愛禁止ではなくとも人はそう認識している。


 つまり私も織姫と同じ。


 好きな人と過ごす時間を周りに邪魔されている。会える回数はままならず、気持ちだけが募っていく。


 私は織姫のように一年に一度なんて耐えられない。耐えられないからどんどん気持ちを溜め込んでいき、やがて消化しきれなくなり……


 自分が普通の状態じゃないのは分かってる。けれど、歪んだ感情が抑えきれない。それを少しでも誤魔化すかのように日記に綴る。


 そして今日、七月七日。偶然が必然か……私の愛しの人に七夕の日に日記を見られた。いや、この展開をいつかは望んでいた。


 タクくんは少し怖がっていたが、構うことなく私は好意を伝えた。が……。


「あ、ありがとう……。でも俺と天姫じゃあ付き合えないよ。だってアイドルは恋愛禁止なんだから」

「……そうですか」


 そう、タクくんはそう思ってるんだぁ……。


「……タクくんがそういう対応なら遠慮はもういりませんよね?」


 アイドルだからと私を拒絶するなら……


 座り込んでいるタクくんに視線を合わせるようにしゃがみ、四つん這いになって近寄ると、彼は私から逃げるように数歩後退りをした。

 

 まだ、このままの距離でいよう。


「タクくんは私がアイドルだから付き合えないんですか?」

「そ、それもあるがなんというか……」


 視線を逸らしポリポリと頬をかくタクくん。それは——嘘のサインだ。タクくんは嘘をつくとき、必ず身体のどこかを触る癖がある。辞めると言った昨日も、頭を触っていた。


 好きな人ができたから付き合えないというのが本心だろう。と、分かっているが……少し困らせてみたくなった。


「では私、アイドル辞めます」

「へっ?」


 タクくんは目を丸くし、驚愕の表情を浮かべている。


「これならタクくんと付き合えますよね?」

「いやいや!? 付き合うとかどうとかの前に天姫がアイドル辞めるとなったら大変だろっ!?」


 私より世間体を気にする、かぁ……。


 恋愛は誰にでも平等なのていうのは嘘。

【国民的アイドル】

 便利な称号だ。元々は同じ一般人のはずなのに、周りからの評価でその称号がつけられる。そして一般人から芸能人、高嶺の花とどんどん遠ざっていく。


 増えるものは期待だけではない。ともにリスクも増える。

 同じスキャンダルでも一般人と芸能人、ましては国民的有名人はその問題自体の価値観の重さが違う。

 期待を裏切りでもしたら落ちるのは業績だけじゃない。人望、人気あらゆるものが積み上げてきた努力なんてまるで無かったように一瞬にしてバラバラになる。


 そう、国民的アイドルが恋愛をするなんてものはスキャンダル。少なからず失望する人はいるだろう。


 でも動かないと後悔することになる。……いや、恋悔こうかいしてしまう。

 

 好きな人が拒絶するなら……自分だけの物にすればいい。どんな手を使ってでも手に入れる。

 

 それを周りが邪魔するなら、私は容赦なく——


「タクくん」


 怖がられないようにいつもの私でいる。そっと微笑み安心させる。

 一歩……そして一歩と少しずつ距離を縮めていく。あと一歩でタクくんに触れられるという距離まで近づき止まる。


 鼻をスンスンと動かすと、大好きな匂いが鼻腔をくすぐった。


「……タクくん」

 

 小さく吐いた熱い吐息で囁くと、ピクリと動いた。可愛らしい反応だ。

 そっと頬を触り、その瞳を見つめる。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。


 その瞳に映るのはアイドルとしての私なのか? 

 それとも一人の女の子としての私なのか? 


 どっちの私も好きだからいい。だってどちらの私もタクくんに育ててもらったから。


「天姫……?」


 不安げな瞳で私を見上げるタクくん。


 告白だなんてものはもういらない。

 好きだなんて伝える必要はない。

 ただ自分が望む未来を口にすればいい。


 自分の瞳に映る大好きな人に再び微笑み、ゆっくりと口を開いた。


「タクくん、私のになりましょう♪」







 櫂天姫かいおりひめ 【ハイブリッド型ヤンデレ】


 好きな人に愛されたいと同時に、私以外を見て欲しくないというメンヘラとヤンデレ両方の個性を持ち合わせるハイブリッド型。

 普段はおっとりしている人がなりやすく、喜怒哀楽の差が激しいことから、独占欲が発動すると手に止められなくなる可能性がある。ただヤンデレ型の中でも唯一自制が効く。

 

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