第2話 「国民的アイドルに"絶対"辞めるとバレてはいけない」
転校生の
「隣の席ですね。よろしくお願いします」
綺麗なソプラノの声が優しく耳に入ってきた。
「あっ、えと……」
よろしく、と一言返せばいいものの……隣の席になったというだけで内心バクバク緊張していた卓は、話しかけられたことでさらに挙動不審になっていた。
「おいw 陰キャがテンパってんぞw」
「どんだけ女子に免疫がないって話だよなっ」
「里緒菜ちゃん、あんな陰キャが隣で可哀想〜」
卓の態度に後ろの席に座る男子が馬鹿にするようにゲラゲラ笑う。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
卓は敏腕プロデューサーで芸能人ではかなりの知名度があり、容姿もいい。そんなハイスペックな卓は、スクールカーストというのがあれば間違いなく上位に君臨するだろう。ましてや、馬鹿にされることなんてないはず。
だが現状を見てみる。
先ほどから卓のことを馬鹿にしている男達と、それに便乗するかのようにクスリと笑う、数名のクラスメイト。
現状は逆であった。
……何故なのか?
原因は卓の容姿にあった。
プロデューサーとして活動する時は、身なりに気をつけている卓だが学校では違う。
ボサボサのウイッグを被り、度の入っていない黒縁のメガネを付けており、見た目は、完全に地味で陰キャ男子。そのため、誰も卓があの敏腕プロデューサーのTakとは知らないどころか、人生も地味そうな陰キャと認識しているのだ。
「ご、ごめん……緊張しちゃって……」
やっと落ち着いた卓は、そう返す。
馬鹿にされることに慣れている卓は、周囲の反応を気にすることない。ただ今回は、里緒菜という美少女に緊張しているのだ。
「大丈夫ですよ。初めての人とお話しするのって緊張しますよね。私も同じなので気にしないでください」
「っ………」
卓のことをバカにすることなく、里緒菜はふんわりと穏やかな笑みを浮かべた。
その姿にドキッとした。身体がほんのり熱くなった。
卓はこの瞬間、自分は恋に落ちたと確信するのであった。
◆
「俺が来たぞー!」
社長室にいた卓が次に来たのは事務所の三階にあるダンススタジオ。中に入ると、広々とした空間には動きやすい格好でストレッチをしている三人の女の子がいた。
一人が卓の元へ来て……。
「たっくん〜〜〜!!」
「ぐほっ!?
「え〜。そんなこと言ってもたっくんはいつも受け止めてくれるじゃ〜ん」
にしし、と悪戯な笑みを浮かべベリーショートの女の子、
「き、桐花ちゃんだけずるいです!」
「いやいや
やや茶色ががった髪をサイドテールにした女の子、
「タクがニヤニヤしてる……変態」
「してねぇわ。つか男なんてだいたい変態だわ」
紺色のロングストレートの髪を靡かせた女の子、
【pastel*lover】
通称:パスラブ
今、注目度No.1三人組アイドルで、
ファンのことをパスラーといい、ファンクラブ会員はすでに100万人越え。曲を出せばすぐミリオンセラーにいく、国民的に有名な美少女アイドル。
今や誰もが知る彼女たちだが、一年前は名も知らない地下アイドルだった。
とあるきっかけでTakと出会い、やがて国民的に活躍するトップアイドルとなったのである。
「久々に会ったが、元気そうで何よりだ」
「たっくん。今度の日曜日どこか空いてない?」
「日曜日はゴロゴロするのに忙しいわ」
「つまり暇ってことだね。一緒に遊園地行こうよー!」
「ずるいー!! 私も! 私もです!」
「私だって!」
「待て待て。なぜ俺が出かける前提になっているんだ! お前ら常日頃から記者にマークされてるから、男と一緒に出かけてるなんてスクープにされちまうぞ!?」
「そこは『Takが新しい新曲考えるのに遊園地で遊ぶ必要があった』って言えばいいんだよ〜」
「そうですね。Takならと納得してくれますね」
「Takって便利」
「確かに納得しそうだが……」
Takはプロデューサーの活動以外にも、楽曲や歌詞考えたりと色々なことに携わっている。
「というか、早く私たちのところに戻ってきてよー。やっぱりたっくんがいいー」
「あの高身長イケメンの高村さんの何が不満なのかよ」
卓がパスラブの担当を外れた後、新たな担当として高村という長身金髪イケメンを入れたのだが……どうにも彼女たちとは相性が悪いらしい。
「確かに高村さんは私たちのために一生懸命してくださってるけど……」
「なんか違う」
「感覚かよ」
「たっくんが忙しいのはわかるけどさぁ〜」
「アイドルに女優に歌手と……。タクくんはいろんな女の子を導いていますもんね」
「またタクの女が増える……」
「次はどんな子を担当するの〜?」
「雅、言い方……。いや、俺はもう——」
『敏腕プロデューサーのTakが芸能事務所を辞めたとなったら日本中……いや、世界中がパニックよ!』
「俺はもう事務所をしばらく抜けるから」と言いかけた卓だったが、剛志の言葉を思い出し、言葉を詰まらせる。
「たっくん?」
「タクくん?」
「タク?」
心配そうに顔を覗き込む彼女たちにハッと気づき、慌てて誤魔化す。
「そ、そういやこの前の新曲もすごく良かったぞ!」
「たっくん、聞いてくれたの!」
「もちろん。担当を外れても俺はお前たちの1番のファンだからな」
卓が笑いかけると三人とも嬉しそうに笑った。
このまま平和に終われば良かったものの……卓は機嫌のいい彼女たちにある質問を投げかけてしまった。
「ちょいと聞きたいことがあるのだが、お姉さん方……」
「話し方がおかしくない? なになに?」
「なんですか?」
「なんでも聞いて」
三人は卓の次の言葉を待つ。
卓はチラチラ視線を外しながら……。
「俺がさ、もしもこの事務所を辞めるって言ったらどうする?」
純粋な好奇心で聞いた。
自分が辞めると言ったらどんな反応をしてくれるのかが気になっただけ。
そんな軽い気持ちで聞いた卓とは違い、目の前の三人からは……笑顔が消えた。
カッ、カラン……。
誰かが持っていたペットボトルが床に落ち、鈍い音を立てコロコロと転がる。
「へ?」
呑気に頭をかいていた卓は彼女たちの異変に気づき、様子を伺う。
しばらくスタジオ内に沈黙が流れたが、ようやく口を開いた。
「えっ、たっくん事務所辞めちゃうの……?」
「嘘……っ。タクくんが……」
「タクが……」
「ちょっと待て。人の話をちゃんと聞けや。俺は"もしも"って言ってるんだぞ! 仮の話だ」
彼女たちの早とちりを慌てて訂正する卓。
「もしも、たっくんが辞めるなら私も辞める」
「……はい?」
「私もタクくんが辞めるなら辞めます!」
「はい?」
「タクがいないなら辞める……。というかアイドルも辞めてタクと一緒の学校に行きたい」
「おいこらちょと待て雅! お前の発言はツッコまずにはいられない!」
卓は「ええ!? 嘘っ!?」と驚かれるだけで、まさか三人が辞めるなんて発言するとは思っていなかった。
「こほんっ。お前らの俺に対しての気持ちがよくわかった。ありがとな!」
卓は「練習頑張れよ」、と一言残して逃げるようにスタジオから去っていった。
◆
「ふーん。たっくんが事務所を辞めるかぁ……」
「これはちょっと聞き逃せない発言だったねぇ……」
「……それじゃあ練習の前に会議でも開きましょう」
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