国民的美少女たちが俺を堕としてくる件
悠/陽波ゆうい
プロローグ
第1話 「俺、事務所辞めるわ」
「俺、事務所辞めるわ」
まるで今からコンビニ行ってくるのような、軽い口調で
その言葉に剛志は手に持っていた書類をパサリと床に落とす。
「……? えっ、え……?
「俺、事務所辞めるわ、って言った」
卓は顔色ひとつ変えず、再度言った。
「は………はっ、はぁぁぁぁぁぁぁ??!!」
バンと椅子から勢いよく立ち上がり、大声を上げる剛志。その強面な顔は、あまりの驚きで顎が外れそうなほど口を開いている。
一方の卓は、大きく開いた父親である剛志の口に、マシュマロを投げたいなと思いながら、うるさそうに耳を手で押さえていた。
「す、卓ちゃんっ! 卓ちゃんはなんてことを言うの!!」
「俺、事務所辞めるわ」
「それはもう分かってるから何度も言わないでぇ!? というか、やっぱり分からないわ! 辞めるってどういうことよ!? 卓ちゃんはウチの事務所の顔なのよ!!」
「親父の方が顔面強いだろ……。あと個性」
「見た目の話をしてるんじゃないの! それと、わたしのことは"親父"じゃなくて"パパ"でしょ」
「今時、自分の親をパパなんて言う高校生なんていないわ」
「いるの! ぱぁーぱ」
「お・や・じ」
「きぃ!!」
見た目に似つかわしい高い声を上げて、地団駄を踏む剛志。外見はガタイがいいと強そうなに中身はオネエと色々と紛らわしい。
「パパの件はまた今度にして……。こほんっ。卓ちゃんはもっと自覚を持ちなさい。何故なら貴方は敏腕プロデューサーのTakなのだから!」
佐藤卓。別名は【Tak】
一年前に突如として現れ、数々の国民的美少女を世の中に送り出した敏腕プロデューサーである。
輝かしい実績を持つTak目当てに芸能界事務所に入ってくる人はここ数年で急激に増加。
しかし彼は、自分が気に入った人しか指導をしないという活動方針だ。要するに、彼に目をかけてもらえれば芸能界での活躍が約束されたもの同然。
その奇抜なスタイルが彼のプロデューサーとしての地位を上げ、事務所はこじんまりとした一軒家から高層ビルになるほど大躍進を遂げた。そして今や、大手芸能事務所の仲間入りである。
さらに彼の人気に拍車をかけるのは、その容姿。綺麗に整えられた七三分けの黒髪に、キリッとした琥珀色の瞳。細マッチョな身体。Takは男性アイドル並みにカッコいいのだ。
「今大活躍しているアイドル、女優、歌手……。あの子たちを国民的に有名にした敏腕プロデューサーのTakが芸能事務所を辞めたとなったら日本中……いや、世界中がパニックよ!」
「そんなの知らん」
「無責任すぎるのよ!!」
卓が辞めれば、事務所は多くの損害を負う可能性や彼目当てに来ている未来の卵たちが事務所を辞めていくかもしれない。
卓が辞めることによって起こる影響は計り知れない……。そのくらい卓ことTakは芸能界に大きな影響を与えている存在なのだ。
「あんなに熱心に指導していた卓ちゃんがどうして……」
剛志にはTakが、息子がプロデューサを辞めたい理由が思い浮かばなかった。
悲しげな表情をする剛志を見た卓は一息つき、
「……確かにプロデューサーとしての活躍は楽しかったし、やりがいもあった。彼女たちの目標を全力でサポートし、共に切磋琢磨し、辛いも悔しいも一緒に味わい、努力のすえ、ついに目標を達成したあの瞬間は……何よりも嬉しいし、プロデューサーとしての活動を続ける糧だった」
「卓ちゃん……」
「でも今は、それよりも熱中するものができた」
「プロデューサーより熱中できることって……?」
剛志は、ゴクリと唾を飲み聞く。卓は微笑み……。
「俺さ……一目惚れしたんだ。今日転校してきた清楚系美少女に」
「………。はい?」
予想外の回答にまた口が大きく開く、剛志。
「だから俺、一目惚れしたんだよ。今日転校してきた清楚系美少女のことが気になるの!」
卓は声を大きくして再度、言った。
遡ること今日の朝。正確的にいえば卓の学校での出来事。
卓のクラスに1人の転校生が来たことがきっかけだ。
「初めまして。
ソプラノの心地いい声色に、透明感のある水色の髪。シャツを押し上げるバストにスラリと伸びた手足。雰囲気はお淑やかでまさに清楚系美少女という呼び名が似合っている。
クラス中がその容姿に見惚れたり、騒いだりする中、
「っ……」
俺もまた、見惚れており……。
(な、なな………なんだこのめちゃくちゃ可愛い子わぁぁ!!?? Takとして今までも数々の美少女を見てきたが、それに劣らないくらい……。むしろ今までで1番可愛い! なんでだ! なんでこの子は可愛いんだ!! ……もしや俺、この子のことがタイプなんだ。ドストライクだからより可愛く見えるのかぁ……)
俺は机の下で控えめに。拳を握る力は強く……。俺は拳を握りしめて、
(よし、俺……この子と絶対に付き合ってやる……! むしろ付き合って欲しいです! 好きです、付き合ってください!!)
俺は自己紹介という短い時間で恋に落ちた。いわゆる一目惚れというやつだ。
だからプロデューサーを辞める決心をしたのだった——。
「ということだ」
「どういうことよ!」
「そういうことだよ!」
話しているものの、詳しい光景は卓の頭の中で考えていることなので、剛志には全てを理解できるはずがない。
「話は一通り聞いたけど……なんでそれで辞めることになるのよっ。大体その、一目惚れした子をうちでスカウトして育てればいいじゃないの?」
「チッチッチッ……仕事と恋愛は違うのだよ」
「なんだかムカつくわねっ」
卓は何故か得意げな顔をして続ける。
「アイツらはビジネスパートナーとして接しているが、彼女とはいずれ恋人になれるよう接したい……。つまり俺は、彼女をプロデュースするのではなく彼女にアプローチするのだ!!」
拳を強く握りしめ、一生懸命説明する卓。その瞳はプロデューサーとして熱心に活動する時のようだ。
「………卓ちゃんの好きなことを親としても優先させてあげたいけど……。でも……プロデューサー業が……むむむ……」
卓の説得に顔をしかめ、悩んでいる様子の剛志。それを見た卓は、新しい提案をすることにした。
「じゃあ一目惚れした清楚系美少女を落とすまで、事務所に帰らないというのはどうだ?」
「それも辞めるのと同じくらいのリスクなんだけど……?」
「俺が落とせないと言いたいのか!!」
「だって卓ちゃん、アプローチとか苦手でしょ? 大体、プロデューサーを始めたのだって、女の子とちゃんと話せるようになるためで——」
「あーあー! 聞こえませーん!! 昔のヘタレでチキンな俺は捨てたんだーー! と、とにかく! 俺はあの子を落とすまでこの事務所には帰らない! プロデューサーの活動も中止だ!」
慌てた様子で剛志の言葉を遮り、頑なにそう宣言する。
「うーん……」
剛志はしばらく黙り込んでいたが……やがて重い口を開いた。
「……この件、明日まで考えさせてくれるかしら?」
社長としては事務所に残ってこれからも活動して欲しいという気持ちもあるが、父親としては子供のやりたい事を応援してあげたいという気持ちもあるのだろう。
最終的な決断するためにはもう少し時間が必要だ。
「わかった。明日な? 明日って言ったからな!」
「はいはい。私が期限を守らないことなんてないでしょ?」
「確かに親父はオネエってこと以外几帳面だもんな。言いたいことも言い終わったし、俺はアイツらに会ってくるわ」
「ちょっ……辞めるって話した後に会いにいくなんて神経おかしくない!? くれぐれも辞めるってことは言わないでよね!!」
「りょうかーい」
全く信頼ができない軽い返事に背を向けてヒラヒラと手を振る卓の姿に、剛志は心配そうにため息をついた。
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