第641話 最強コンビ

「ハットリよ。貴公は、ラクシャサをその手で始末するために来たのか? それとも、情けを掛けるためにここまで来たのか?」


 俺の余計なツッコミの所為で話が長くなり、とりあえず結論を述べろと告げるヴェンバイ。

 そう、結局、こいつらは、そしてハットリは何をしに来たのか。

 ヴェンバイと同じで、ラクシャサを倒すのか。それとも救うのか。それによって、状況がガラリと変わる。

 すると……



「……俺は、朝倉が……ヴェルト・ジーハのことが嫌いさ~。うるさいし、暴論ばっか、意味分からない、性格も粗い。おまけに、女関連にはとことんなまでに酷いものさ~」



 って、なんでそこで俺? とツッコミたかったが、もう俺は余計なことを言えない立場なので大人しくシュンとしていると……


「でも、そのヴェルト・ジーハは……ちゃんと責任を取ったさ~。ちゃんと、女たちの気持ちを受け入れ、愛し、結婚までしたさ~」


 結婚式はまだだけどな……


「そういうの見せられると、俺も決着を着けないといけないとって思ったさ~。そして、その決着とは……過去に俺ができなかったこと……ラクシャサを止めて……救う……それが答えさ~」


 そこで俺を例に出すのはどうかとも思ったが、今は最後の一言だけで十分だった。

 ラクシャサを、「救いたい」ってこいつはちゃんと言った。

 ならば!



「それなら、ツッコミなしで大賛成だぜ、ハットリッ!」



 俺は再び立ち上がって、そう叫んだ。


「ハットリ、貴公は……」

「すまないさ~、魔王ヴェンバイ! 俺は……行くさ~!」


 次の瞬間、異空間がガラスのように粉々に砕け散り、元の青空と一面に広がる大海の世界へと俺たちは戻った。


「ドラちゃん! ルシフェル君! ハットリ君を援護だよー! 深海賊とかには気をつけてねッ!」

「任された! では、行こう!」

「ええええ、オイラもっすかーっ! せっかく兄さんと再会できたのに~!」


 宙に投げ出された俺たち。ドラが、ルシフェルとハットリをその背中に乗せて、海へと一直線に突き進む。


「ッ、待たぬかーっ! ちい、月光眼よ! 奴らを引き寄せろッ!」


 ヴェンバイが月光眼を発動。引力であいつらを引き戻すつもりだ!

 だが……


「天候魔法・磁場マグネットフィールド!」


 眩い稲妻が空間を歪ませ、ヴェンバイの月光眼の発動を阻止した。

 それをやったのは、あの女。

 神族の兵器とかいう、SFチックなジェットアイテムを使って空を浮かぶ、クロニア。


「クロニア……貴公は……」

「行かせないよん、魔王様」


 クロニアは残った……まさかこいつ、ヴェンバイの足止めをする気か? 無茶だ!



「……やれやれだな、クロニア。貴公らは、ヤヴァイ魔王国の国民ではないものの、我にとっては対等に意見を交わせる友と思っているというのに……」


「そーだよ。私だってそう。感謝してるし、実際魔王様がいなければ、私たちは今、こうして生きていないからね」


「そうか。だが、別に我は恩を売るわけでもないため、そのことをとやかく言うつもりは無いが、例え貴公やハットリにラクシャサを救いたいという気持ちがあったとしても、我はそれでもここでラクシャサを生かすべきではないと考えている」


「たとえ、世界が死んだほうがいいって思っても……それでも死なせたくないって思う人が居るんだから……それが私にとって大切な仲間の想いなら、やっぱそこは引けないよ。半年前に、マニーを救おうとした私だからこそ」



 クロニアは、引かない気だ。ハットリの意思を尊重し、過去、こいつがマニーを助けた時にハットリが力を貸したように、今度はクロニアが……


「オリヴィア! お前はどうするつもりだ? クロニアと共に、我を止めるか?」


 オリヴィア……あっ、あのイケ女はハットリたちと行ったわけじゃねーのか。飛翔の魔法でプカプカ浮いたまま、腕組んでキザな笑みを浮かべている。



「いーや、いや。私はラクシャサとそこまで関係がなかったから、そのことでパパと対峙するなんてことはしないよ。最初に言ったように、私は見届けに来ただけだよ。この、悲哀に満ちた世界を最後に彩る幕が……悲劇トラジェディーとなるのか、それとも喜劇コメディーとなるのかを」


「ならば、何故この場に残る? クロニアの援護をするためか?」


「いいや。ただ、幕も気になるところだが、今は舞台の袖裏にも興味があってね。ちょっと、こちらを見学してから、私も客席へと向かおう」



 ……なんか、イチイチキザな奴だな、この女。男だったらイラっと来てぶん殴ってるぞ? まあ、とりあえず、こいつは参戦しないってことらしいが。


「そうか。まあ、良い。となると……クロニア……貴公一人で我を足止めするということか? よく鍛錬で遊んでやったが、今回は事態が事態故に、少々荒っぽくどかせるが、それでも構わんな?」


 邪魔するなら、怪我してもしらねーぞ? と、怒気と気迫を込めた重たい言葉。ビリビリと空気が痛い。

 だが、クロニアはそんな脅しで引っ込むような奴じゃねえ。

 クロニアは笑いながら……



「一人? な~に言ってんのさ、魔王様。ここに~、世界最強のモテ男がいるでねーでスカイ」


「なっ! なんだと、そ、……そう来るかッ!」



 そう、クロニアは笑いながら、さっきから置いてきぼりの俺の肩に手を回して引き寄せて、そう言いやが……って!


「って、俺ッ?」

「オフコースだぜ、ヴェルトくん」


 確かに、普通に考えれば当たり前のこと。

 俺はヴェンバイと対峙していた。そしてクロニアたちもまたヴェンバイと反対派ならば、自然に俺とクロニアは共闘することに何の問題もないってことになる。

 だが、正直、俺はこれまでそんなことを一度も考えたことが無かった。

 ガキの頃から、前世の頃から、いつも俺の前を笑いながら走ってたあのバカ女に、俺はいつも追いつこうとして手を伸ばしても、捕まえられず……だけど今は……


「背中をずっと見ていたんだが……こうして、隣に並んでお前と一緒に同じ方角を見る日が来るなんて……考えたこと無かったぜ」


 クロニアに……神乃に告って……そこまでは想像できていたのに、こうしてこいつと一緒になる未来までは、どうしても考えられなかった。

 だけど、今は違う。

 

「体もボロボロなのに……心は……正直なもんだな……」

「ヴェルトくん?」

「……漲ってくるよ……何でもできるって気分になる」


 クロニアにも神乃にも、ドキドキさせられてた。ガキみたいに甘酸っぱいことを妄想したりもした。

 だが、今、こうしいてこいつと隣に並んで、俺は違う気持ちがこみ上げてきた。

 それは、恋愛じゃねえ。友情でもねえ。ただ、無性に熱くこみ上げる何か。

 その気持ちの正体は、口ではどうも説明できねえが、少なくとも俺は今この瞬間に胸が高鳴り、そしてどこかしっくりとしている気がした。

 恋人だったり、結婚したり、そうしてイチャつく妄想よりも、こっちの方がよっぽどしっくり来る。



「ふん、これまで色んなやつらから自分の恋愛問題に援護射撃してもらってきたが……俺が援護射撃側になり、影から頑張るのは初めてだな」


「そうだよそーだよソースだよ。誰だって先のことは分からないんだもん。可能性は無限に広がっている。だから、魔王様、それに賭けてみてもいいんでないでしょーか?」

 

 

 ワリーな、ハットリ、ラクシャサ、ヤシャ。ぶっちゃけ、今の俺はお前らのために戦おうとか、そういう気持ちよりも、今の状況にばかり意識が奪われちまってる。

 でも、それが結果的にお前らのためになるんなら、構わねえだろ?


「こんな怪我人を引っ張りまわしやがって。酷い女だぜ。でも、どーやって倒す?」

「酷い女はクラスメートからのお墨付き♪」

「また、俺も太陽なんたらの力使うか?」

「ああ、アレはダメ。アレは危なすぎるから。っていうか、アレやると味方も全員死んじゃうから気をつけてね」

「んな、オーバーな」

「うおおおおい、君は本当に困ったくんですなーっ! あとで、手取り足取りみ~っちり、教えてあげるから、今はあの力は忘れてチョンマゲ」

「みっちり? ……みっちり、……手取り足取り? お前がか?」

「あっ、エロイの期待しちゃダメだからね? さーせーん」


 それと、嫁共! これは、浮気じゃねーからな。


「我が未来を賭けた、クロニア・ボルバルディエとヴェルト・ジーハが……二人揃って我が前に立つと言うのかッ! ふふ、ふははははははははははは! これは傑作だ! 心躍るとはこのことだ! よかろう、力で我を退けて、その無限の可能性とやらに賭けてみるがよいっ!」


 ヴェンバイは、怒るでもなく、殺気をむき出しにするでもなく、ただ機嫌よさそうに笑った。

 俺とクロニアが並んで戦うことで、こいつもまた、心の中の何かが刺激されたのかもしれない。


「行くか、クロニア」

「おうよ、ヴェルトくん」


 今の、ヴェンバイは、イーサムと同じ目をしている。

 その目は、「自分をうならせてみろ!」と言っている。

 だから、俺たちはそれに応えなくちゃいけねえ。



「くはははははは! 成り行きだけど、ある意味―――」


「うん! 最強コンビの完成だね♪」


 

 俺たちは、共に笑い合いながら、世界最強へと向かって行った。

 そんな俺たちに、オリヴィアはキザったらしく微笑んでいた。

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