第640話 覇王ブーメラン
「おやおや、警戒しているね。悲しいものだね、ワンパクくん。そうだ、ならば私の魔法で君を笑顔に変えてあげよう」
「いや、んなのどうでもいいから、まずは降ろせよ!」
つうか魔法で笑顔? それってどんな……
「ある夫婦の物語。妻は夫にこう言った。私はあなたの服になりたいと。そうすれば、あなたの温もりを常に感じて一緒に居られるからと。すると、夫はこう言った」
「……………………………………………………?」
「自分もお前が服ならば良かった。飽きたり古くなったら、新しいのに買い換えられるからと」
「………………………………」
「……………………? ………………おや?」
魔法……? 全然何も魔力を感じねえけど……なんでこのイケメン女はキョトンとした顔をしてんだ?
「ぷーーーーっくくくくくく! いいね~、オリーちゃん最高ッ! 流石は、世界最強の劇団員を目指す女は伊達じゃネーデルラント! 前説ようのネタまで完璧だね♪」
「姉さん、いつもいつもキレキレっす! ……って、何で兄さん笑わないんすか?」
何故か、クロニアとドラはバカウケしてるけど……なんだ?
「わ、笑っていいのだよ、ワンパクくん? 新婚で重婚の君用にと……」
「……はっ?」
「……ふ、ふふ……これは驚いたな。私もまだまだ未熟だな。この程度では君の笑顔を取り戻せないとは。ならば……これはどうだい?」
「………………」
「働きに出た夫が家に帰ってきた。夫の帰りを待っていた妻は夫の労を労いながら、こう言った。おかえりなさい、今日はとても遅かったのね? すると夫は、面倒な仕事を全部済ませてきた、と答えた」
「…………」
「妻はまた尋ねた。ご飯は食べる? 夫は答えた。ついでに外で済ませて来たと。なら、寝る前にお酒でも飲む? 夫は答えた。それもついでに外で済ませて来たと」
「………」
「妻はまた尋ねた。扇情的な笑みを浮かべて、今晩は久々にどう? 夫は答えた。それも外で済ませてき……あっ……と。夫は失言で顔を蒼白させたとさ」
…………?
なんだかまるでよく分からない話をペラペラと喋るイケ女子は、俺の反応を見ながら、目を大きく見開いた。
そして、クロニアとドラは大爆笑。
ルシフェルは苦笑。ハットリは溜息。ヴェンバイは頭を抱えているが……
「やれやれ……手ごわいな……手ごわいよ、ワンパクくん。ならば君にはクロニア直伝の最強の笑顔創生魔法をかけてあげよう。……コホン! ……嫁の余命が読めない!」
「………………………………………」
「ッ、……バカな……こ、これでもダメと? 嫁のヨメと余命のヨメと読めないのヨメを掛けた三連弾を!」
異空間の中なのに、しらけた風がピューッと吹いた気がした。
「……クロニア……この姉さんは何なんだ?」
「んにゃ? ジャレンガくんからなんも聞いてないの? って、ヴェルトくん、お姉さんはないっしょ。オリーちゃんは、まだ十四歳なんだから」
ジャレンガから…………まさかっ!
「クロニア、私を子ども扱いしないでくれたまえ。もうすぐ十五歳になる。そうなれば、私も成人だ」
ん? 十四歳? じゅうよん? 十四ってあれだよな? 十三の次で十五の前。
俺は今、十八歳だから、十七、十六、十五、十四……四つ年下か……へ~……年上のお姉ちゃんだと思ってたけど……って、おいおいおいおいおい!
「じゅ……十四歳いいいい?」
とりあえず……なんか、変な女が出てきた!
にしても、ジャレンガの妹って、全然妹らしさがねえじゃねえかよ。同じ学校に居たら、こんな女、絶対に先輩って呼んじまうぞ!
「っていうか、いつまで俺をお姫様抱っこしてんだよ、さっさと降ろせ!」
「おやおや。困った照れやさんだね」
あまりの衝撃で今、俺がどういう状態だったのかもすっかり忘れちまっていた。俺は慌てて痛む体に鞭を打ってイケ女の腕から降りた。
そして、改めて、こいつ含めて、突如乱入してきたこいつらを見る。
「にしても、テメエら……なんなんだよ、このメンツは。クロニア、これが噂の愉快な仲間たちか?」
「そうそう。ここにジャレンガくんも加えちまえば、最強布陣のできあがりだぜい!」
変だよ、絶対変。もはや、意味不明な集合体過ぎて、全然頭が冷静に働かねえよ。
「オリヴィア。家出をして人類大陸で行方不明と聞いていたが、何をやっていたのだ?」
俺と同様、すっかり戦う気が萎えちまったヴェンバイが溜息吐きながら尋ねた。そういや、この女、行方不明だったんだよな。
「人類大陸で姿と身分を偽って、とある楽団の一座に入って腕を磨いていたよ。人々を笑顔にさせるために」
「……なぜ、そんなことを……」
「愚問だよ、パパ。幼い頃、笑顔の無かった私を、心から笑わせてくれたクロニアのように……私も、誰かを笑顔にしてあげたい。その夢は、今も色褪せていないからさ」
クロニアをチラッと見る。
すると、クロニアは俺の耳元でコソコソと……
「ほら~、戦争で両親もお兄さんたちも忙しいし、身分が高貴すぎるから友達もいないとかで、いつも一人で寂しそうにしてたからさ~、ちょっと笑わせてやろうと思って、駄洒落とか漫談とかお風呂でおっぱいビ~ム、とかって悪ふざけしたら、ツボにハマちゃってね」
「生物最上種相手に、何をやっ……お、おっぱ……ビーム?」
「いやいや、何でそこに反応する!? こらこら、ヴェルトくん、そんなんじゃ六人も居るお嫁さんが怒っちゃうぞ~?」
「七人だよ。なあ、それよりも、その体を張ったギャグってどういう……」
「ああ、そ~だっ…………増えてる? おい、こらこら、なになになに? な~んで、半年前から増えてるんでスカイ?」
おっぱいビーム? 光線が出るのか? 知らなかった。これまで、エルジェラからは、枕とか、サンドとか、プレスとか……いやいや、そうじゃなくて、そんなビームがあるのか? レーザー攻撃を使う俺としては見ておかないとダメなんじゃねえか? これも俺が強くなるため……
「いや、見せないよん。つか、心の声ダダ漏れだよ?」
「はっ、し、しまった!」
「ヴェルトくん、前世じゃ喧嘩好きで恥ずかしがり屋で素直になれない、ひねくれツンデレくんだったのに、今じゃすっかり、おっぱい星人ではないのかい?」
くそ、いかん。何で俺は……ラクシャサの胸でもここまでウロタエなかったのに、クロニアの胸からは光線が出ると分かった途端に、こんなに動揺しちまう……
「楽団をやっていると、観客で……なぜか、女の子たちのファンも多くてね。私は女だというのに、年上の方から「お姉さま」なんて呼ばれて恋文やプレゼントを貰ったりしていたときに、リリイ同盟の話を聞いてね。調べてみると、吸収したはずのクライ魔王国と魔王ラクシャサも動いていることが判明し、流石にまずいと思って、パパに情報を伝えたのさ」
「それは理解しているし、正直、ラクシャサの謀反をまるで気づかなかった我としては感謝している。が、なぜクロニアたちとこの地へ来た?」
って、俺がクロニアの胸のことばかり考えていたら、オリヴィアとヴェンバイは俺らを無視して普通に話を続けていた。
そして、何故、この地に来たかという問いかけに対して、オリヴィアは横にずれて、ハットリを指差した。
「彼の頼みでね」
「……そうか……ハットリ……貴公か?」
ハットリが全ての理由と答えるオリヴィア。
そして、俺は同時に、ハットリがかつてラクシャサの仲間だったというのを思い出した。そして、暗殺ギルドを一緒に作ったと。
だが、ハットリはその後、ラクシャサの元から姿を消したと。
「どういう風の吹き回しだ? かつて、ラクシャサのあり方を受け入れることが出来ずにクライ魔王国から抜けたはずの貴公が」
「………そうさ~……俺は、ラクシャサから逃げたさ~。どんどん変わり、狂い、堕ちていくあいつに耐え切れず、恐くなって逃げ出したさ~……」
あの時、ラクシャサは確かに呟いていた……追い詰められ……瀕死になりながら、それでも呟いた言葉……ハットリの名前を……
「っざけんな、テメエ!」
俺は気づいたら叫んでいた。
「女から逃げ出しただ? 男のくせに何を―――――」
そして、俺は叫んだと同時に、先日恋愛シュミレーションゲームをしている時に、嫁たちに見つかりお仕置きされたときを思い出した。
―――ふふふふふ、ヴェルト、足りませんの? まだ足りませんのね。ワタクシたちの想いを微塵も理解していないようですわね。そこに正座なさい!
―――ヴェルト、ふくらはぎを出せ。ローキック地獄で生まれたての小鹿の用にしてやろう。手加減はしないぞ? 簡単に歩けるようになったら、またお前はフラフラとどこかへ行くからな
―――それよりも、氷付けにして身動き取れないようにするのはどうかしら? 私たちが居ない間は氷付けにして、一緒に居る時だけ、解凍してあげるのよ。
―――それはいい案ね。では、氷付けで意識が絶たれている間のヴェルトには、幻術の世界で夢を見させてあげるわ。もう、浮気は絶対しないと心から誓えるほどの地獄の世界をね
つい先日の、フォルナ、ウラ、アルーシャ、クレオの発言。
その出来事の果てに、俺はロアたちに、旅に出ようと……
「……まあ、男だって、女が恐くてたまに逃げ出したくなるって時もあるかもしれねえけど……」
「ちょい、待て、ヴェルトくん。君は今、何で言い直した? 何を共感したんだい?」
「兄さん、また、姉さんたちを怒らせたんすか?」
怒鳴ろうと思ったがシュンとなっちまった俺を気にせず、ハットリは続ける。
「忘れていた過去の記憶を思い出したり、自分がやってきた罪や呪いの重さに耐え切れず……俺は逃げたさ~……そして、クロニアとも出会い……いや、再会したりして、その間色々と大変な日々を送る中で、俺は、ラクシャサのこともクライ魔王国のことも遠ざけていたさ~……」
前世の記憶を思い出して、自分の行いに耐え切れなくなった。そりゃそうだ。平和な日本の高校生が、カルト集団真っ青な行いや儀式、そして非道な戦争での行いを目の当たりにして、耐えられるはずがねえ。
そんな中で、クロニアと再会できたっていうのは、確かに色々と救い……
「って、それはふざけんじゃねえぞ、ハットリ!」
「……朝倉……」
「俺はラクシャサと話をした。声を聞いた! だからこそ、あいつにとってテメエがどういう存在だったかも、何となくだが分かった!」
「ラクシャサの声を……朝倉が?」
「それなのに、テメエは……テメエは自分のことを想っている女の気持ちなんて考えずに、他の女のケツヲ追いかけるとか、ふざけん――――」
自分のことを想ってくれる女が苦しんでいるときに、他の女を追いかける……?
かつて、俺が嫁たちの前でクロニアのことで、口元がニヤけた時があり……
―――ッ、ヴェルトッ! ちょっと、ヴェルト! なんですの、それは!
―――おい、ヴェルト! ど、ど、なん、なんなんだ、その顔は!
―――~~~~ッ、ふざけないで! やめて、そんな顔をしないでよ、君にはもう、私たちがいるんだから
―――………ヴェルト様が、………まるで、ヴェルト様を想う私たちのような表情をなさって………
―――う~~~、その顔やめろ、婿! どこの女かも知らないやつに、その顔やめろ!
―――いや~~~、ね~わ~、マヂね~わ~、そりゃねーわ
フォルナ、ウラ、アルーシャ、エルジェラ、ユズリハ、アルテアのあの不満顔……
つうか、そもそも俺はフォルナが戦争行ったり、ウラが俺とラーメン屋を二人でやりたがっていた時、十五歳になったらクロニアを探すための旅に出て……
「…………まあ、その話はしても仕方ないので、続きを話せ、ハットリ」
「いや、朝倉、お前、さっきから本当にどうしたさ~?」
「コラコラ、ヴェルトくん! なんだい、君は! なんか、ものすげー気まずそうな顔してどうしたんでい? ブーメラン? ブーメランだったのか! 君はゲスの極みどころか、ゲスの臨界点突破ですな!」
はい、ごめんなさい! ブーメランです! このことは俺には何も言えませんので、もう余計なツッコミ入れないから、俺のことを気にせず続きをどうぞ!
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