第642話 月と太陽
そういや、俺、右腕が折れてたっけ? 体もバッキバキだったはず。
だけど、自分の体をふわふわ技でコントロールすれば動かせる。
今は、アドレナリンが出まくってるから、むしろこの痛みも快感だっ!
「「魔道兵装!」」
同時に魔道兵装を身に纏う、俺とクロニア。
俺は元の手当たり次第に魔力をかき集めて纏うバージョン。
クロニアは本家本元の太陽エナジー。
「いくぞコラァッ!」
「やっちゃいまソウルッ!」
俺は左手一本に警棒を持ち、クロニアは大型トンファーを。
十メートル越えるヴェンバイの図体を相手にするには心もとない大きさの武器も、今では何の不安もなく振れる。
「ふははははッ! 生物界の極み、思い知るがよいッ!」
ヴェンバイは俺との遊びモードの時よりも更に嬉しそうな顔で、しかしその身に纏う魔力は猛々しく漲っている。
ヴェンバイが手を前にかざし、吼える。
「さあ、今こそ我が前に現れるがよい、古の魔剣よッ! 戦場の匂い、血肉の味、強者の命を喰らいつくさんがため、固き封印の門より今、解き放たれよッ!」
ヴェンバイが伸ばした手の先、丸い空間の穴のようなものが出現。最早何でもありだな。
そして、その穴の向こうから、これまたヴェンバイサイズの巨大な禍々しい黒い剣が俺たちの前に現れた。
「いでよ、我が一族伝家の宝剣! その名も―――」
なにやらスゲー剣が出てきたな。正に、魔王剣って感じだな!
まあ、今更、ビビることもねえ。
「極大ビーム警棒だッ!」
「ミリオンサンライトンファーッ!」
魔剣を構えて何やら口上を述べようとしたヴェンバイを無視して、俺たちは同時に巨大な一撃をかましてやった。
「貴公らッ! 少しは空気ぐらい読まぬかっ! せっかく我が武神イーサムとの戦以来何十年ぶりにこの剣で戦うというのに!」
「空気を読める男と女なら、俺たちに関わるやつらは誰も迷惑かかってねーっての!」
「それに~、その剣だって昔、自分の武勇伝を語りながら、いっぱい自慢されたり見せびらかされているから耳タコ焼きなんですね~」
ヴェンバイも、少しムカッとした表情で、手に持った剣で俺たちの攻撃を捌いた。
「ならば、耳だけでなく、その魂にまで刻み込むがよい! 我が、魔王剣の力ッ!」
「なんつー、フツーな名前ッ!?」
「それを言っちゃ~、終わりでんがな、ヴェルト君」
対して、俺たち二人は笑っていた。
「二人まとめて遥かなる高みの力にて圧倒してくれよう! 我が魔王剣に魔力に月光眼。その全てを同時に放つことにより、空間を歪め極限に圧縮させ、あらゆる物を飲み込む脱出不可能な無限の無の世界を作り出す! 一筋の光明すら届かぬ世界にて、少しは頭を冷やすのだな!」
上空に現れたあらゆる物を吸い込む無限の闇の世界。あれは……
「って、アレはジャレンガが使っていた……ブラックホールかっ! しかも、規模がデケエッ!」
「にはははは、手加減ないね~、相変わらず! ヴェルトくん、私たちを逆方向に引っ張って! 私も逆風を発生させるから!」
ブラックホール。飲み込まれた時点で終了だ。
だが、向こうの吸い込む力に対して、俺は自分とクロニアをふわふわ魔法と天候魔法で逆方向に引っ張って、奴の吸い込みに抗う!
そして、何度も言う。吸い込まれたら終わりで、敵はヴェンバイ。状況は何一つ変わってもいない。
なのに、俺たちはそれでも笑っている。
「くはははは、で、どーするんだ? 低学歴DQNな俺でも、あのブラックホールはヤバイってのは分かってる。何か手はあんのか?」
「もちのロンドン! す~~~~~~、はい! 『マ~オちゃ~ん』、朝だから起きなさ~~~~い!」
マオちゃん? 誰だ? 俺に引っ張られながらクロニアが……の前に、ブラックホールの吸引で凄い風が吹いて、クロニアの胸がバインバインに揺れまくって……これがダブルドリブル! いや、フルチェンコが言っていた、ロデオッパイ!
「ふわ~~~あ……アレ? あ~、クロニアちゃんですーっ! わー、私、外に出られたですね~!」
えっ……?
俺は耳を疑った。
「なな……なにいっ?」
ヴェンバイも目を大きく見開いている。あまりにも驚きすぎて、ブラックホールが解除されたぐらいだ。
だってそうだろう? 突如と聞こえてきた、なんか凄い幼い幼女の声。
その剣は、禍々しいヴェンバイの魔王剣から聞こえてきたからだ。
「お……おい……」
「あーっ、あなたが今の私の所有者である主様ですね~。初めましてです。魔王剣のマオです」
「なっ、に、な、ど、どういうことだ! 魔王剣がしゃ、しゃべっ……」
「あ、い、いやです~、寝起き姿は綺麗じゃないから見ないで欲しいです~」
しかも、喋っているだけではない。刀身から、目と口が現れ、黒い刀身が若干赤らんで、イヤイヤンとクネクネ動いている……
こ、これは!
「ま……まさか……お……おい、クロニアッ!」
その時、ヴェンバイは何かに気づいて、ハッとした表情でギロリとクロニアを睨んだ。
ヴェンバイも知らなかった、この意思を持って喋る剣には、クロニアが何か絡んで……
「貴公は! 聖命の紋章眼で、我が魔王剣に命を与えたなッ!」
あっ……そういや……クロニアの紋章眼……すっかり忘れてた。
すると、クロニアは、殴りたいほどイラッとするテヘペロ顔をした。
「オフコーーーース! いや~、三年ぐらい前にほら~、宴会やってて魔王様その剣を見せびらかせたまま寝ちゃったでしょ~? その時に、私も試しにやっちゃったら、できちゃいましてね~。んで、魔王剣のマオちゃんが完成したのデストローイ!」
こいつ、何やら凄そうで神話にすら出てきそうな伝説の魔剣になんちゅうことを!
「というわけで、マオちゃーん! 私と~、この目つき悪いお兄さんには攻撃しないでね♪」
「勿論です~、クロニアちゃん! 私の初めてのお友達のクロニアちゃんとは、まだまだ遊びたいですーっ!」
「おい! 魔王剣よ! 我が魔王剣よ! 主である我を無視して何を! ええい、ならばこのままたたっ斬ってくれようッ!」
ヴェンバイがもう構わねえとばかりに、コウモリの翼を羽ばたかせて、魔王剣を振りかぶって俺たちに斬りかかる。
そりゃ、剣なんだから、意思なんて無視して斬りかかれば……
「暴力やめるです~~~!」
「な、なにいっ! け、剣がッ!」
と思った瞬間、ヴェンバイが振り下ろした魔王剣の刀身が、鞭のようにしなって直角に曲がり、俺たちを避けたのだ……
「ふ~んだ、クロニアちゃんイジメル主様嫌いです~。クロニアちゃんと戦うなら、主様の魔力なんて受け付けないですし、戦わないです~」
魔王剣が頬を膨らませたようにプイッとヴェンバイからソッポ向く。更に、その剣に伝わっていたはずのヴェンバイの魔力が逆流して、ヴェンバイに戻っている……
「お、お、おのれええええ! クロニア! き、貴公は、なんてとんでもないことを! 魔王剣をいつの間に懐柔しているとは!」
「わっはっは! 空気は読めなくても、友達百人作るのは、私の前世からの特技なんですよ! 私は、魔王剣だって、ツンデレヤンキー君だって、仲良くなっちゃうので、シクヨロ!」
ったく、こいつは本当にイラつかせたり驚かせたり、相変わらずだ。
「くはははは、イラつく気持ちは分かるぜ、ヴェンバイ! 俺も、その被害者だったから良く分かるんだ。こいつは、空気が読めないんじゃねえ。その場の空気を自分色に染めちまうんだ!」
そうなんだよ。相手が強すぎたり、どんな奴だったとしても、気づけばこいつのペースに巻き込まれる。
「くっ、もうよい! もう一度寝ていろ」
「あああん、後で起こしてくださいです~、クロニアちゃんと遊びたいです~!」
「そもそも最強なのは、この我が肉体だ! 剣などに頼らずに、この四肢、そして膨大な魔力にて貴公らを圧倒してやろう!」
さすがに、ヴェンバイもこれはアカンと思って、せっかくカッコよく出した魔王剣をもう一度異空間の中に返した。
にしても、あのヴェンバイが、随分とキャラが崩壊しているじゃねえか。いい兆候だ。
「どれが本物? どれが本物チャララララ~~~~♪ 天候魔法・
おお、分身! しかも俺もだ! クロニアが、俺と二人の蜃気楼分身を空中に何十も配置してヴェンバイを撹乱。
「くだらぬッ! 全て消し去ってくれよう! 魔指連弾!」
「うわっちゃあ、なにこれ! ちょ、撃ちすぎ撃ちすぎっ! 蜃気楼が全部消されちゃってるッ! タンマタンマ、プリーズッ!」
「うっざたいわァッ!」
魔力弾のマシンガン連射! しかも、一発一発が強く重い。さっきだって俺は防ぎきれなかった。
だが、
「もう、させるかよおおおっ!」
俺の前でもう二度と、惚れて『いた』女を傷つけさせるかよッ!
できない? だったら、死ぬ気でどうにかしろ! 体を張ってどうにかしやがれッ!
「突き上げろ海流! ふわふわ海流アッパーッ!」
「な……にいッ! ヴェルト・ジーハッ!」
気流と魔力の壁に、更に辺り一面に広がる大海原だ。分厚い円柱状の海水の柱を突き上げて、ヴェンバイの弾丸を防いでやった。
「お、おおお、ヴェルト君、ナイスッ!」
「不良もやるときゃやるんだよッ!」
「合点承知! なら、このまま連携いっちゃおー! ヴェルト君、そのまま大津波を!」
「ああ! 初めての共同作業ってか!」
「ヴェルト君、ちなみにさっきからチョイチョイ口説いとるんですかい?」
「…………チガウ……口説イテナイ……嫁二内緒御願イ」
「しゃーないな~もう、んじゃあ、文字通り、水に流してあげちゃおうっ!」
「くははは、魔法連携はアルーシャ以外とは初めてかな?」
「ああ、それなら絶対綾瀬ちゃんことアルーシャちゃんには内緒ね。私がアルーシャちゃんに殺されちゃう。ヤキモチで」
クロニアとの連携? くははは、こいつ、今度は何を一緒にやってくれるんだ?
だが、俺に反対する理由なんて微塵もなく、俺は大量の海水を掻き集めて、巨大なヴェンバイを飲み込むほどの大津波を注文通り起こしてやった。
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