第616話 魔王の力
それは、真っ黒いローブで頭からつま先まで全身を覆った謎の人物。
声だって初めて聞いた。
しかし、姿も顔もまるで不明のその何者かが現れた瞬間、イーサム、そしてジャレンガが口元に笑みを浮かべた。
「ぬははははははは、ず~いぶんと大それたことをやろうとしているようじゃのう、のう? ラクシャサ」
「あははははははは! よく出てきたじゃない! ……で? 僕たちヤヴァイ魔王国の支配下となった人がさ、何をやらかそうとしているの? ねえ? ねえ? ねえ!」
二人は現れた人物に正体を問う前に既にラクシャサと確信して言葉を発した。
「おい、愚弟」
「ああ。あいつみたいだな……俺もまだ一度も話をしたことねーんだけどな」
正体も、その歴史も、力も、あらゆるものが正体不明。歴史に埋もれてこれまでずっとベールに包まれた魔王。
「ボスッ! そ、そんな、なんで! 今は、封印の祠の防衛に当たっているはずでは!」
「逃げてください、ボスッ! ボスを失ったら私たちは戦う意味を失ってしまいます! 私たちの野望をかなえるためにも!」
敵の総大将がいきなり現れたことは、百合竜たちにとっても想定外だったのか、慌ててラクシャサに下がるように言っている。
だが、この大乱戦の中、一人プカプカと空中に浮かびながら、静かに佇んでこちらを見ているラクシャサはまるで百合竜の言葉を意に介していない。
だからこそ、何を考えているのかが全く分からなかった。
「はあ……ダンマリか……本当、元魔王のくせにイライラするね。一言以上の言葉を決して話そうとしない。ねえ、本当にあなた……何考えているの?」
「ぐわはははは、無駄じゃ、ヴェンバイの息子よ。こやつはこういう奴じゃ。むしろ、一度口を閉ざせば数年は黙っているとまで言われている変わり者じゃ。実際、ワシも、長い年月で二言三言ぐらいしか声を聞いたことがないからのう」
現れたものの、何をする気なのか分からずに黙ったままのラクシャサ。流石に短気なジャレンガはイライラしているようだ。
だが、これじゃあ埒が明かねえ。お喋りが苦手だろうと、話をしない限り一向に問題は解決しな―――――
「………………………………………………」
「えっ、ボス、どういうことですか?」
「…………………………………………」
「このままでは勝てない? 確かに厳しい状況ですが、今、リリイ同盟の戦力を割けないことは理解しています! だからこそ、私たちが命に代えても……えっ? 何を仰るのですか、ボスッ!」
………………? どういうことだ? なんか、トリバが一人でブツブツ呟き出したが…………
「ああ、念話だね」
「ジャレンガ?」
「多少親しい人とかとは、あの人はあれで会話するみたいなんだよね。おかげで、回りは何を話しているのか全然分からない」
なんともまあ、めんどくせえ……ニートを遥かに上回るコミュニケーション能力が欠けた奴だな……
だが、それはそれとして、何の話をしているのかは非常に気になる。
何故ならば、念話を使ってラクシャサと話をしていると思われる、トリバとディズムの二人の顔色が徐々に青ざめているからだ。
「そ、そんな……ッ! いくらなんでもそれは! 私とディズムの二人の力だけで何とかしてみせます!」
「待ってください、ボス! まだ、私とトリバちゃんの『必殺フォーメーション・貝合わせ』があります! その力は、あの四獅天亜人にだって! だから、ボスッ!」
なんだ? 流石にこのメンツを相手に百合竜だけじゃキツイってことで、ラクシャサが参戦するのか?
だが、それでどうにかなるものか?
すると……
「だから、待って、ボスッ! 確かに私たちは命を懸けるつもりだけど―――――」
「それだけは許してください! トリバちゃん以外を受け入れたくない……私が私じゃなくなるなんて嫌アアアアアアアッ!」
違う! 何か様子がおかしい。ラクシャサが普通に参戦するってわけじゃねえ。何か別のことをやる気だ。
この世界では歴戦の猛者であるはずの百合竜が揃って、弱々しい女のように叫びだすなんて、何をする気だ?
そう思ったとき……
「古代禁呪……使い
それは、とても小さく呟かれた僅かな言葉。
しかし、激戦の音が飛び交う海上で、何故かその言葉は俺たちの耳にしっかりと届いたような気がした。
するとどうだ?
「ッ、な、……えっ?」
「どうした? ドラゴンが急に全部動きを止めたぞ?」
そう、交戦しいていた何百匹というドラゴンが全て、咆哮をやめ、攻撃をやめ、動きも硬直したように止まった。
そして、百合竜の二人もまた……
「ぼ、す……ぎ、……あと、で……もど……すって……でも、こ、れは……」
「いや……よご、され……ちゃう……トリバちゃ、い、がい……に」
動きが止まったんじゃない。強制的に止められたんだ。百合竜の二匹は、その何かに抗おうとするも、身動き取れずにただ体をピクピクと痙攣させている。
だが、その抵抗もむなしく、その数秒後には何かに引っ張られるように百合竜が、そしてドラゴンが……
「ッ、おい、ラクシャサ! テメエ、何をやろうとしてやがるっ!」
この場の海域に存在していた全てのドラゴンが一斉に、一つの中心地に向かって引き寄せられ、その空間が禍々しい黒い瘴気のようなものに包まれていく。
あれは……なんか、まずい気がする!
「させるかよっ! ふわふわキャストオ―――」
何か分からないが、これをこのままにしたらまずい気がした。だから、俺はその何かを引き剥がそうと、ふわふわキャストオフを発動させようとした。
だが――――
「……
これまで何度もやってきたこと。空気中に感じるものを俺の魔法で引き剥がす。
今やろうとしているのは、突如ラクシャサがドラゴンたちに使ったと思われる魔法の引き剥がし。
だが、それなのに俺の魔法は……
「ぶほおおお、なななな、なんで服がいきなり脱げるんだなーっ!」
この世界の誰もが喜ばない、キモーメンの服を何故か脱がしていた。
「そ、そんな! 何で? くそ、もう一度、ふわふわキャストオフ!」
「ぬわああ、パンツが脱げたんだな! 何でなんだなー!」
こっちが何でなんだな、だよっ! どうしてだ? 魔法が全然思ったように発動しねえ。
「ちっ、婿よっ! 無闇に魔法を使うでない! 神経撹乱系の魔法じゃ! おぬしの感覚が奴の魔法で狂わされているぞい!」
「なっ……神経……撹乱?」
イーサムの言葉に、俺は自分の体の異変に気づいた。これまで当たり前のように感じていたはずの体の中に流れる魔力の感覚が、いつもと全然違うことを。
これじゃあ、魔法を発動しようにも、全然繊細なコントロールができねえ!
「おい、愚弟! なにしてやがる!」
ダメだ、魔力の流れや空気の流れが全然掴めねえ。クレオの暁光眼すら打ち破れたってのに、魔法そのものが発動できねえ。
アレと似た感覚だ……フォルナの『封雷世界』やウラのツボ押しみたいなもんだ……引き剥がすに引き剥がせねえ!
実際この二つを同時に食らった日なんて俺は身動き取れずに二人にそのまま寝室に拉致され……あの夜は全てされるがままで男の尊厳もあったもんじゃなかった。今思い出しても……って、今は俺の合体の話はどうでもいい!
問題なのは今の俺のこの状況。
そして……
「…………クイ……」
ラクシャサが指を俺たちの後ろへ向かって指した。
そこには、百合竜含めたドラゴンたちが得体の知れない何かに引き寄せられ、収縮され……
「な……なんだ……あれは……」
闇が晴れ、何かが世界に飛び出した。
一面の海や、浮かぶ島、漁船、そのすべてを覆い隠すほどの巨大な何かが、まるで雲のように俺たちすべてに影を落とした。
それは、島よりもでかい、海に突如出現した山。いや、山ではなく、それは超巨大なドラゴン…………ドラゴンなのか?
「化け……もの……」
ドラゴンじゃない。なら、なんと表現すりゃいい?
「おい、クソどうなってやがる!」
「真理の紋章眼解析ッ! …………ッ、これは! 契約を結んだ使い魔たちを…………強制融合させているっ!」
この世界に生きてきて、カラクリドラゴンや、超巨大ヴァンパイアやダンガムとかゴッドジラアとか、異形のものはいくらでも見てきた。
これもまた、その部類に入る、規格外の何か。
デカく、そして眩い宝石の散りばめられた鱗や爪など、そこまではいい。巨大な胴体、そこまではいい。だがその『一つの胴体』に対して、ドラゴンの頭が何百以上も生えている。あれは何だ?
最終決戦で俺とコスモスとドラで生み出した三つ首の竜・キングドラどころじゃねえ。前世の空想上の化け物として知られていたヤマタノオロチ? いや、もっとだ。まるで、髪の毛の一本一本の全てが蛇だというメデューサとかいう怪物のように、何百もの首を生やしたドラゴン。
だから、もうそんなものはドラゴンなんて呼べない。
化け物としか呼べない。
「……………千の顔を持つ……邪竜王アナンタ……召喚」
ラクシャサがポツリとそう呟いた。
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