第614話 兄弟で友

 その時、騒がしかったはずの店内も、シャッター音だけはどういうわけか運悪く店内に居た連中の耳にはしっかりと届いていた。

 慌ててスカートの裾なり胸元なりを、コスプレした女店員たちが自分の手で隠して、回りを鋭い目で見渡す。


「ちょ、どなたか知りませんけど、撮影は禁止ですよ! それに、無断で撮影したら、それはもう盗撮ですよ!」

「信じられない、そんなことする人が居るなんて……誰?」

「向こうの方から聞こえたような……」


 テメエらなんか撮ってねーよ! 俺が撮ったのは……


「にゃははは、いや~、えっちいお客さんも居るんですな~。まあ、私らもこんな格好しといてアレですけども~」


 スゲー呆れた顔で苦笑している神乃! や、ヤバイ、なんか店の女たちが急に集まって、犯人捜しみたいなのを始めようとしてやがる。

 もし、俺がやったとバレたら……


「ねえ、あっちからだよね。ちょ、今、携帯電話を取り出している人はしまわないで!」

「絶対とっつかまえてやるんだから!」


 くそっ! そりゃー、携帯を取り出しているのは俺だけじゃねえけど、シャッター音がした方角とか、子連れの母親とかそういうのがどんどん消去されていくと、すぐに俺まで……

 ヤバイ。喧嘩で警察に世話になったことはいくらでもある。でも、こんな隠し撮りで問題になるのは、スゲー恥ずかしい。っていうか、死ぬ! 

 くそ、ここは怒鳴って誤魔化して、さっさと店を出るか……いや、わざとらしすぎる! 

 ヤバイヤバイヤバイ、どうすれば…………



「禁止なのは分かっている。罪だということも承知している。でもそこに、そそるものがあるのなら……撮らずに後悔するなら、撮って後悔する……それが俺っちの生き様だから」



 その時だった。俺の一つ斜め前の席で、一人の男が手を上げた。

 俺は、今この瞬間までその男がそこに座っていることに全く気づいていなかった。

 それは、どこまでも真っ直ぐで清々しい瞳を輝かせ、やらしい笑みを口元に浮かべた男。

 片手に携帯、片手にデジカメ、そして頭にタオルを巻いた男。

 あまりにも不審者全開の男。

 だが、俺はその男を知っている。クラスメートだ。


「ちょ、あんたね、今写真を撮ったのは! 禁止されてるって分かってるでしょ?」

「奥の部屋に来てください。話を聞きます。あと、カメラとか没収だから。データも全部します」


 何で……? あいつも同時に写真を撮ったのか? それで、自首して……いや!


「ニカッ!」


 あいつ、こっちを見て笑ってる! じゃあ、あいつは俺に気づいて? まさか、あいつ、俺の代わりに? 何で!


「ちょおおおおおい、江口くんじゃねええかいいい! ぬわああああにやってんでーーーい!」

「なに。俺っちの履歴書なんて、元々エロエロだらけ。この程度、なんともねえぞ、神乃!」

「って、そんなんじゃないでしょうがやきいいいい! しかも、何も悪びれてないじゃない!」

「仕方ねーだろう? ピュアな心から生まれたエロを、罪だと罵倒される兄弟の姿を、俺っちは見たくなかったのさ」

「……兄弟~?」

「そう、人間、エロマインドを共有できれば皆兄弟、皆親友だ!」


 顔を真っ赤にしてプンスカ状態の神乃。だが、江口は俺のことは一切話さず、ただ笑っているだけ。


「だいじょーぶだいじょーぶ、写真は全部消したって。ほらほらほら、見てよ~」

「うっそで~、君なら消去したデータを復元できるって知ってるんだからね~」

「うっは~、それも知られてたか。ん~、この十万のカメラを手放すのは惜しいが……まっ、仕方ねーか」


 そう言って、江口は身につけていたカメラ、携帯、そしてついでに所持していた鞄の中にあったビデオカメラ、何かのアルバム、レンタルDVDの束……っておいおい、なんか本当に不審者じゃねえのか、あいつ。

 でも、そんな男が何で俺を庇った? あんな高そうなカメラ没収されてまで……


「ちょっと、あんたなんで笑ってんのよ!」

「オーナーに言って今後出入り禁止にするし、学校にも連絡するからね?」


 店員の女たちが汚物を見るような目で江口を罵倒するが、江口は清々しい顔で……



「まっ、十万のカメラより……パンチラ、ムネチラ、コスプレ写真より……もっと尊いものが手に入ったから、俺っちにはいいんだけどね」


「ん? 江口くん何を……」


「エロが繋ぐ……友情って奴をね………」



 そう言って、店の奥に連れてかれた江口は案の定ファミレスに出入り禁止となった。

 その時、俺とすれ違い様に、俺だけに聞こえる僅かな声で、江口は確かに呟いた。


「今度、シャッター音の消し方を教えてやる」


 その後、江口は多くの大人たちに囲まれて、それはもう怒られたようだ。

 隠し撮りということだが、データは消したし、カメラも没収したし、店、連絡された小早川先生、そして奴の両親にメチャクチャ怒られたこともあり、一応は大きな処罰もなかったようだ。

 ただ、その噂が学校中に流れ、江口は学校中の女から……元々メチャクチャ嫌われていたが、余計に嫌われた。

 しかし、奴はそれも特に大したことと捉えずに、言い訳もせず、真実を誰にも告げず、江口は変わらずにエロ道を突き進み……まあ、その後、なんやかんやで……












「その後、なんやかんやで俺と江口はダチになったとか……言えねえ……言えるわけがねえ」


 俺が神乃の隠し撮りをしたことがバレそうになったことを江口が庇ったのが、仲良くなったきっかけとか、今の嫁たちにバレるわけにはいかねえ。だって、情けなさ過ぎる! かっこ悪すぎる!


「なっつかしいね~、いや~、あんときは俺っちもビビビっと来たんだよ。神乃を目で追いかけて、無意識に胸チラ姿を隠し撮りした朝ちゃんに、俺っちは、エロはボーダレスだと改めて認識したんだから」

「つっ、あんときは俺も本当にどうかしてた。多分、夏の日差しに頭をやられたんだよ」


 サバス島へ向かって、俺の魔法で上空を駆け抜ける船の上で、俺とフルチェンコは思い出したくもない俺の黒歴史を話していた。


「とにかく、その話は墓場だけじゃなくて輪廻の果てでも秘密にしておいてもらいたいもんだぜ。嫁にバレたら俺のイメージが崩れかねねーしな」

「それはヴェルちゃん次第~? つっても、大丈夫じゃね? 嫁って、アルーシャ姫……綾瀬とかでしょ~? むしろ君の隠し撮り事件より、彼女の方が色々とドン引きするような過去が……」

「………えっ? なに? なんか今、すごいゾッとすること言わなかったか?」

「へへ~ん、やっぱり、な~い~しょ♪ やっぱ、学園のマドンナという夢は壊したくないし~」


 江口ことフルチェンコと再会して、何やかんやですぐに海に出て戦闘に入ったから、あんまりゆっくりと話はできていなかった。

 だから、移動の少し間が空いたときに、俺たちは自然と二人で話をしていた。

 昔のくだらない話や、今の自分のことも含めて談笑した。

 すると、俺の黒歴史の話題になって、そのことを秘密にするように改めて話をしたら、フルチェンコが少し真面目な顔をして、まっすぐ空の向こうを見ながら俺に聞いた。


「でもさ、ヴェルちゃん、前世のことなんだし、ぶっちゃけ、今さらそんなの嫁にバレても、あんまり問題ないんじゃね?」


 こいつ、急に真面目な顔をしたと思ったら何を!


「って、ダメに決まってんだろうが! どこの世界に、テメエの旦那が昔ヨソの女の写真を隠し撮りしたなんて聞いて、平常で居られるんだよ」

「いや、だからさ、それはもう前世の話じゃん。今は今なんだから関係なくね? それに、当の本人の神乃ことクロニアだっけ? 別に嫁じゃないんだから、よくね?」

「…………………いや、そうは言うけどよ……」


 前世の失態だし、クロニアは俺の嫁じゃないんだから、バレても別によくねえ? いや、よくねーだろ……

 だが、フルチェンコはどこか確信したかのように……


「嫁七人も居るくせに、クロニアに嫌われるのがそんなに嫌かい?」

「ッ!」

「おいおい、そりゃ嫁さんたち可愛そうなんじゃないの?」


 クロニアに嫌われるのが嫌? いや、そもそも俺はもうクロニアとの……神乃との想いに決着はつけたはずだ。

 半年前の最後の戦いで、朝倉リューマが神乃美奈が好きだったことを明かした。

 だから、その想いの代わりに、ヴェルト・ジーハがクロニア・ボルバルディエの力になる。

 それが全てだ。じゃあ、何で俺は……


「ヴェルちゃんよ~、家出してきた理由をさっき聞いたけど、嫁が怖いとか拘束するとか嫉妬深いとか夜中に襲われるとか言ってるけど……それって何でか分かる?」

「…………それは……」

「不安だからに決まってんでしょ。形や法的には夫婦になってんのかもだけど、今日再会したばかりの俺っちにすら、クロニアに対するヴェルちゃんの特別視が手に取るように分かるからねえ」


 少し、悔しかった。


「まあ、俺っちみたいにエロと愛は別腹と割り切ってるならいいけど、ヴェルちゃんはそうじゃなくて、更には真実の愛やら強い愛やらを語る人間として改めて百合軍団と戦うんだから……」


 反論できなかったからだ。


「言われていることは分かるが…………テメエに言われると、なんか腹立つな」

「はは。だが、何百人と色んな女の子と面接してきた俺っちならではだ。参考にするんだね。まっ、百合竜とナシつけるんなら、そこらへんをハッキリしといた方がいいんじゃねえの?」


 俺の想い……そういや、神族世界でクレオと戦っている時にもそんな話になったな。

 正直、口に出すのは恥ずかしかったが、あん時の戦いで出た言葉が俺の本音なのは変わりねえ。

 でも、それはそれとして、結局クレオを連れ帰っちまったし、ギャルゲーやっているところ見られたり……まあ、確かにフォルナたちが色々と気が気じゃねえのは仕方ねえのかもしれねえな。

 俺に対する不安があるからこそ、ヨメーズ定期報告会とかやっているわけだしな。

 俺がフォルナたちにどうしてやるべきか……正直その答えはもう出ている。ようするに、俺がハッキリとしてやることだ。あいつらが不安に感じねえように。

 だから、ちゃんとそれを実行してやるためにも……



「島が見えたぞ――――――ッ! サバス島だーっ!」


「見ろ、ドラゴンの群れが島を包囲している! やっぱり間違いない! 奴らはあそこに居る!」


「っていうか、あの島……襲撃されてないか? 火の手も上がって、多くの漁船がドラゴンに応戦しているぞ!」



 そのとき、ゴチャゴチャとした気分を吹き飛ばす大声が聞こえた。

 船のマストの上で前方を望遠鏡で覗いて監視している奴らの声だ。


「ありゃりゃ、ビンゴだね、ヴェルちゃん」

「だな。ったく、なかなかのんびりと落ち着けねーな」

「はは、そうだね。まっ、他にもエロエロと話すことはあるけど、まずはこっちの片をつけるとしましょうか」

「確かに、色々と片をつけねえとな」

「にしても、この船を貸してくれたサバス島に、こんなに早く船を返しにくるなんてね」

「だが、ちゃんと利子を付けて返してやれよ。早期返済とはいえ、キッチリとな」


 サバス島はマッチョな漁師たちが集う島。前世のクラスメートのラグビー部がマッチョ文化や筋トレとかを浸透させている島ということは知っている。

 今は、そのクラスメートを筆頭とする主力の漁師たちが遠洋漁業に行っているから守りは手薄だと考えた俺たちは、例のリリイ同盟がその島に上陸すると予測し、そこへ向かった。

 案の定、視界に入った小ぶりな島の上空を、多数のドラゴンが飛んでいる。

 そして、その中には……


「あっ! ト……トリバちゃん! 後ろをッ!」

「えっ? なっ、あ、朝倉たちっ! ウソ……どうしてこんなに早くッ! 奴らは、あのまま深海世界を探すために、海を漂っていると思ったのに!」

「まさか、私たちの行動を読んで?」

「そんなはずは……くそ、守りが手薄だって聞いてたのに、島に残っていた漁師にここまで手こずるなんて……」

 

 輝く宝石竜二匹は遠く離れていても一目でわかる。

 驚いた顔してこっちを見ている。


「まずいよ、トリバちゃん……このままじゃ、サバトの準備もできない! 急いで、サルトビさんや深海賊団を呼んだ方が……」

「無理よ……あいつらは、『例の国』との交戦に備えて、封印の祠の防衛に当たっているんだから……そんな余裕はないわよ……私たちだけで、やるしかないわよ!」


 どうやら連中は、俺たちの存在を恐れて、早急に例の危ない儀式をやろうと思って、その準備の一環でサバス島を奪取しよとしていたらしいが、そう簡単にはいかなかったようだな。

 おまけに、俺たちが想定以上の速さでここに辿り着いたことが、奴らの計算外でもあったようだ。

 だが、例の深海族や忍者集団、それにヤシャの姿は見えねえな。

 まあ、神出鬼没な奴らだ。周りをとりあえず警戒しつつ、今はこの追いかけっこに終止符を打つのが先か。


「さーて、カブーキタウンのエロ兄弟たちよ! この光景を見るがいい! 俺っちたちの超重要顧客でもあるサバス島の皆様に、彼らが望まぬ女たちが宛がわれているではないかい! 顧客を満足させる女の子たちを常に手配する俺っちたちが、サービスの悪い女に迷惑をかけられているお客様を見て見ぬふりしては、カーブキタウンの名折れってもんだ!」


 敵の姿を見るや否や、フルチェンコが先頭に立ち、再び黒服たちを鼓舞する。

 そして、俺も……


「だな。今度は逃がさねえ。ワリーが、瞬殺でいくぜ」


 前世の因縁含めて、ソッコーで片づけてやるとするか。

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