第610話 衝撃の事実二連発

 イーサムの思わせぶりな顔。何に気付いた?


「あ~とりあえず、怪我人の人数や、スライム娘たちの手でアヘアへした黒服たちの人数を俺っちに報告して」

「んもう、もっともっと楽しみたかったんだな! でも、あいつらのアジトに行けばプニプニぬるぬるの深海族の子が……むふふふふ、なんだな」


 敵が消えて戦闘が終わった。

 随分と肩透かしな気もするが、戦いの緊張から解放された黒服たちがドッと疲れた表情を浮かべながら船の甲板に座り込んだ。

 とりあえず、空中に浮かせていた船はゆっくりと海へと降ろし、フルチェンコが中心となって被害状況を確認してから、ここから先どうするかを決める。

 だが、その間に俺たちは俺たちで、確認することがあった。


「おい、イーサム。なんか心当たりがあるみたいな言い方をしていたな?」

「ん? まあの……」


 ついさっきまで血だらけだったのに、全くなんともないようにケロッとしているイーサムの回復力は本当に化け物だった。

 だが、問題なのは、そのイーサムと正面からやり合うことができるほどの実力を持った、ヤシャという鬼。そして、深海賊団や、あのサルトビを始めとした忍者集団が、何者かの手によって強制的にワープしたかのように消えて退却した。


「そうですね。話してくれませんか、イーサム。あの召喚魔法陣……それをあれほどの数……一体誰が……」

「そうだ。しかも、あんなにたくさんの人数を、あんな簡単に転移させられるなんて、戦争でも見たことねえ」

「世界が知らない強豪……そんな存在は居てもおかしくはないです。しかし、彼女たちは組織としての力が桁違いです。一体、誰が黒幕なんですか?」


 怪我自体は浅いが、それでも敵の力を肌で感じ取った、ロア、バーツ、シャウトも、流石に今回のことは納得できていないようだ。あれほどの実力者たちを、しかも組織となって、一体誰が束ねているのか。

 そのとき、船の壁に寄りかかって座っているジャレンガにファルガが近づいた。


「……おい、クソ吸血竜」

「はっ? なに? 今、僕はあのヤシャに腹をズタズタにされて気分最悪なんだよね? 殺しちゃうよ?」

「いいから教えろ。テメエもあのヘンテコなクソ黒頭巾集団に、何か思うところがあったみてーだな」

「…………ああ……そのこと……」


 ジャレンガも? つっても、ジャレンガは連中と関係のあったハットリと旧知なんだから知っていても……


「愚弟。半年前の最終決戦で現れた、ハットリとかいう野郎。詳しい関係は聞かねえが、テメエの旧友だったな」

「ああ」

「そして、奴らはそのハットリという名を、『先代』と呼んだ。そして、そのハットリとやらは今回のこととは無関係だと」

「……だろうな。まあ、俺もあいつのことをよく知らねーけど、あのサルトビたちの話から察するにな」


 それは、ジャレンガの様子や奴らの話からみても多分その通りなんだろう。ハットリは今回のことと関係がない。だが、ファルガが気になったのはそこじゃなかった。


「奴らは自分たちの頭を、『ボス』と呼んだ。そして、クソ吸血竜。テメエは最初にあの黒頭巾共と相対したときに、確かこう聞いたな? 暗殺ギルドを『創設したと思われる人物』は、今回のことと何か関わりがあるのかと。それは、一体誰のことだ?」

 

 そのとき、俺たちも「あっ」となって、そのことを思い出した。

 確かに、ジャレンガはそんなことを奴らに聞いていた。

 まあ、奴らはノーコメントだったが……


「そうですね。もし、その暗殺ギルドの創設者という方が……今、彼女たちをまとめている黒幕なのだとしたら……、そしてイーサム、あなたもその人物を誰か知っているのですか?」


 ロアがイーサムを見る。それにつられて俺たちもイーサムを見た。

 イーサムは、ケロッとしながらも、どこか遠くを見るような目をしている。それは、何か懐かしいものを思い出しているかのような。


「イーサム。あの忍者集団は、亜人だったな。テメエもよく知ってるやつなのか?」


 すると、俺がそう聞くと、イーサムは頷いた。



「あのオナゴ共、身のこなしや耳や尻尾など、紛れも無く亜人のものじゃった。しかし、魔法を使った。亜人はエロスヴィッチやカイザー、幻獣人族などの例外を除いて、基本的に魔法を使えぬ。しかし、使った。それで十分じゃ」


「どういうことだ?」


「亜人大陸で噂になっておった。妖怪でも幻獣人族でもなく、魔を操る亜人の『組織』が存在する。それは戦争等の表舞台で披露するものではなく、闇に紛れて現れて影の仕事をこなす暗殺ギルド……」



 暗殺ギルド……そして、奴らは言っていた。自分たちのことを。魔獣忍軍と。

 しっかしまあ、バルナンドがシンセン組を作って侍を世に広めたと思えば、ハットリの野郎は忍者を広めていたとは、何考えてたんだかな。


「おい、ジャレンガ。その暗殺ギルドとやらとハットリはどういう関係なんだ?」

「うん、元々ハットリくんは、暗殺ギルドの創設者に仕えていたんだよ。その後、しばらくは指導者として組織に席を置いていたみたいだけど、もう脱退している」

「……なんで、あいつは脱退したんだ?」

「さあ? でも、僕たちが彼と……いや、クロニアと彼が出会ったとき……お互い初対面のはずなのに、なぜか互いを知っているような様子で、僕たちの知らない何かが二人の間であったみたいでね。その直後、彼は仕えていた主から離れて、クロニアと行動するようになったんだ」


 その話を聞いて、この場にいる俺だけが分かった。

 どういう経緯でクロニアとハットリが出会ったのかは分からない。

 でも、出会ったときに、二人は互いが前世のクラスメートだと知ったんだ。

 そして、その再会がきっかけで、ハットリはクロニアの傍に……



「でも……その彼が本当に今回関わっていないとなると……ハットリくんは、暗殺ギルドの創設者のあの人に、完全に決別されたってことになるのかな? ……いや、問題はそんな小さなことじゃないか……」


「あん? どういうことだよ、ジャレンガ」


「問題は……今回の黒幕が『あの人』だとしたら、ヤヴァイ魔王国は……いや、魔族大陸そのものも、ちょっとバタバタするかもね……せっかく無理やり安定させてきたのに、裏切り者が出ちゃうんだから」


 

 それは、全く意味不明な言葉だった。それは俺の頭が悪いからでなく、ロアたちだって首を傾げている。

 だが、その意味不明な言葉に、イーサムは頷いた。



「まったく、その通りじゃ。さらには、百合竜に深海族……更に、どう口車に乗せたのか、ヤシャまで引き込むとは…………ふん…………あやつめ、何年たってもオナゴに対する考えが根本的にワシとは違う」



 いや、何でだよ。だから、そこは百合竜や深海族は置いておいて、問題なのは……



「いや、だからなんでだよ。その暗殺ギルドとやらや、創設者やハットリ、その魔法を使える亜人たちがどうとかってのは、亜人の世界での話だろ? なんで、ヤヴァイ魔王国とか魔族大陸がそこで出てくるんだよ」



 そう、あいつらは亜人だ。亜人の暗殺集団が中心となって、深海族や百合竜を巻き込んで、リリィ同盟とかいう組織を立ち上げた。それが何で、ヤヴァイ魔王国とか、魔族大陸の問題になるんだ?



「ふふ、それはヴェルト君、それにロア王子やファルガ王たちが暗殺ギルドのことを全然知らないからだよ。暗殺ギルドに関する問題は、これまで魔族と亜人の間だけでの問題だったんだ」


「その通りじゃ、婿よ。そもそも暗殺ギルドとは、亜人大陸内の要人を暗殺するために、『魔族』の手によって送り込まれた、改造された亜人の集団だからじゃ。つまり、暗殺ギルドは、魔族の手によって作られた組織なのじゃ」



 ……………?



「そもそもじゃ、さっきワシが言ったように、魔法を使える亜人なんておったら、それこそエロスヴィッチやカイザーのように戦争の表舞台に立って、亜人の代表として戦ってもらうが、それをできないのは、そやつらが亜人のために戦う亜人ではなく、亜人を殺すための亜人だからじゃ。実際、過去にはワシも狙われたしのう」


「そういうことだよ。亜人の姿かたちをした、魔族の手先。亜人大陸内で自由に行動できる。正に、暗殺にはうってつけだよ。実際、過去の七大魔王国の一部の魔王は、それを利用していたしね」



 それは、あまりにも意味不明すぎて、俺たちは思わず反応に困った。

 亜人を殺すために魔族が送り込んだ亜人?



「ちなみに、ハットリくんは妖怪。彼は、魔人族と猫人族の混血。異形の存在として、亜人大陸から魔族大陸に逃れてきて、そして、そこである人物と出会った。暗殺ギルドの創設者とね。その人とハットリくんは、暗殺集団を作り、創設者が亜人を改造し、改造された亜人をハットリくんが指導……そうやって、暗殺ギルドは創設されたんだよ」


「誘拐されたのか、洗脳されたのか、素性が一切不明の亜人たち。分かっておるのは、奴らが魔法を使える亜人であり、亜人大陸内部で暗躍しているということ。そして、魔族大陸のそれぞれの国家から依頼を受けて任務を遂行するということじゃ。まあ、黒幕の目星は着いておるし、半年前の婿の建国宣言の際にこっそりと、そやつに暗殺ギルドの解散と亜人大陸からの追放を申し入れたんじゃがな……」



 そして、意味不明だけじゃなくて衝撃的過ぎる。

 これには流石にロアたちですら声を荒げた。



「待ってください、イーサム! その……魔族が亜人を改造して暗殺集団として亜人大陸に解き放ったと……それが本当だとしたら大変な事実ですが、そんなことを一体どこの国が! いえ、誰がそんなことをできるというのですか? しかも、半年前の建国宣言の時って……あの中に居たのですか?」


「そうじゃ。それは魔法というよりも呪い………どのような種族も、どのような人種も、どのような才能の持ち主も、たとえ本人が望まなくとも、オナゴを魔法の使える『魔女』に変えてしまうという力の持ち主。奴ならば……亜人すらも魔法を使える存在へと変える事ができるかもしれんと思って問い詰めた。まあ、すっとぼけられたがのう」



 そうだ。あの時、世界と歴史が変わった瞬間。あの場には世界の主要な奴らが大集結していた。

 あの時、俺たちはそれまでの過去や種族の壁なんて物を全て乗り越えて一つになった。

 そんな中に?


「のう、ロア王子よ。おぬし、四獅天亜人や七大魔王とこれまで戦ってきて、誰が一番強かった?」

「えっ? な、何故急にそんなことを……」

「いいから答えよ」


 その唐突な質問に何の意味があるか分からない。とりあえず、ロアは少し考えながら……


「勿論、どの方も強敵でしたよ。カイザー大将軍、魔拳シャークリュ……三大称号にこだわらなければ、ヴェルトくんも。ですが、単純に一番強かったというのであれば、やはり魔王キシンですね……」

「ぬははははは、そうか。まあ、キシンなら文句なしじゃろう。ワシも結構、手を焼いたしの」


 キシンか……まあ、ロアにしてみりゃそうだよな。実際、あいつは一人で十勇者を壊滅させたほどだしな。


「ワシも、ヴェンバイ、キシンとも戦ったし、人間ならカイレばーさんやファンレッド。み~んな強かったぞ」

「……どうして急にそんな話を?」


 そう、「誰が一番強かった」ってのは、なかなか興味深い話ではあるが、今の状況とどういう関係があるのか分からなかった。


「ワシも、これまで戦った中で『誰が一番強かった』と問われれば頭を悩ませる………じゃがな、もう二度と戦いたくないという者は、いつだって一人しかおらん」


 すると、イーサムは目を細めながら海の彼方を見つめた。


「あやつと戦ったのは一度だけ。しかし、一度で十分じゃった。強い弱い以前の話。戦っても熱くならんかった……あやつの国も、兵も、全員……ワシらとは見ているものが根本的に違っていた……ゆえに、言葉でも、そして剣でも拳でも語り合うことは不可能じゃった……まともに殺し合えば、ワシらよりは遥かに弱いのだろうがのう」


 そしてイーサムれはどこか複雑な表情を浮かべながら……


「その者こそ、キロロとヴェンバイの二大魔王時代と化した今より前、旧七大魔王の一角だった者じゃ」


 その時、不意に俺の頭の中には、ある一人の魔王の姿が頭の中に浮かんだ。

 それは、俺だけでなく、ロアたちも今のイーサムの言葉で気付いたようだ。

 そしてジャレンガが全ての答えを口にした。


「その通りだよ、イーサム。あなたの予想は当たっているよ? 暗殺ギルドは……旧七大魔王国家の『クライ魔王国』で誕生した」


 そのとき、俺の脳裏に浮かんだのは、あの魔王だ。

 頭に王冠と、最初から最後までず~っと黒いフードつきの外套を纏った怪しい奴。

 


「ハットリくんは、ヤヴァイ魔王国に来る前までは、その国に仕えていた。クライ魔王国の……『冒涜魔王ラクシャサ』に仕え、二人で暗殺ギルドを作った」


―――――――――ッ!


「冒涜魔王ラクシャサの、禁断の魔法……『サバト』を使ってね」



 俺は、その魔王と二回会ったことがあった。


「これは、僕たち魔族大陸での認識だけど、ラクシャサ自身は昔から世界の覇権にまるで興味がなかった。暗殺ギルドだって、小国のクライ魔王国の維持のためのお小遣い稼ぎみたいだったしね。せっかく作った魔法を使える亜人たちが、世界の表舞台で大暴れしてなかったのも、それが理由だよ」


 半年前の最終決戦。そして、その数日前。

 そう、俺がヤーミ魔王国でシャークリュウのアンデットと戦い、ウラにプロポーズをした時だ。

 あの時、奴はギャラリーとして戦いを観戦し、そして最後は俺たちを祝福してくれた。

 そういえば……サルトビのやつ……



―――流石は、ボスが認められた御方だ……男とはいえ感服しますよ、リモコン様……



 そういう……ことか……


「そういうことじゃ。色々と何やら複雑なことになりそうじゃ。半年前は最後の最後まで静観しておったあやつが、なぜ今になって、しかも深海族まで巻き込んで動き出したのかは分からん。それに、攫われたオナゴたちもこのままではどうなるか分からん」


 そして、イーサムの言葉で俺たちはハッとなった。

 そうだ、相手は女を「魔女」に変えられる魔法を使う……だったよな……

 それによって、どれほどの変化があるのか分からねえが、どっちにしろ、事態は軽くねえ。


「全く難儀じゃのう。太古の六百六十六魔王なんぞまで持ち出して、あやつ自身はどうするつもりなのやら。おまけに、『キシンの嫁のヤシャ』まで、な~んで関わっておるのか意味不明じゃしのう」


 そう、それにあのヤシャっていう強力なキシンの嫁が…………キシンの………えっ?



「「「「えええええええええええええええええええええッ!」」」」


「……ん? なんじゃ、おぬしら知らんかったのか? というより、婿よ。おぬしもか?」



 いや、……ワリ……俺には、そっちのほうが衝撃だったわ。



「だがのう、婿よ。これは認識しておくのじゃ。もはや問題は、オスメスがどうのこうのの問題程度では収まらぬ……世界を揺るがすどでかい問題に発展しそうじゃ」


 

 口を半開きにして衝撃の事実に固まっている俺たちに向かって、最後にイーサムは真顔でそう付け足した。

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